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第二十七話 勝利の余韻

 レギオン消滅。

 魔獣人掃討作戦から一転、アンデッドの掃討戦に代わりつつも人類は勝利を収めた。


 レギオンから命からがら逃げたアニマン達と騎士達は協力して死体の焼却に勤しんでいた。もうアンデッドが生まれないようにする為、先ほどの失敗に学んだ両軍は集めるより先に焼却を行い、街の至る所に煙が立ち上っていた。

 最初こそゼアルやバクスの命令が飛び交っていたが、アンデッドとの戦いを終えた部下やアニマン軍はその脅威が身に沁みて分かっているので、話半分で大急ぎで街に散らばった。直にこの国から魔獣人の影も形も消え去ることだろう。そんな様子を尻目に、ラルフ一行はジュリアとの再会を果たした。


「アタシカラ戻ルト言ッタノニ何ダカ迎エニ来テモラッタ様デ……不甲斐無イ……」


「何言ってんだよ。この惨状を見たら誰でも無理だってことが分かるぜ」


 ラルフは辺りを見ながら答える。ブレイドやアルルは「そうですよ」と同調し、ラルフの横に立つミーシャは頷く。ベルフィアは鼻を鳴らし、ジュリアと初対面のデュラハンとアンノウンは反応することなく見に回った。


「まぁそれ以上に空飛んだり、魔法で転移をしてたりしたから探せねぇだろうと思ってな。丁度良かったって言うかさ……その……大丈夫か?」


 おちゃらけた風を装いながらカサブリアの惨状とジュリアの心情に問いかける。


「大丈夫……ト言エバ嘘ニナル。アタシモ実感ガ湧カナクテ……」


 アトムとの戦いの中、呼吸を封じられても取り零さなかった兄の牙を見る。その牙を見たラルフは悲しみのあまり押し黙った。言わなくても分かる。この牙はきっと……。


「それ何?」


 ミーシャはキョトンとした顔で聞く。ジュリアの元々の行動理由を考えれば分かりそうなものだが、ミーシャの事なのでストンと抜け落ちている可能性も否めない。


「……恐らくお兄さんの牙ではないでしょうか……」


 ブレイドがこそっとミーシャに伝える。ラルフ同様ブレイドも勘付いていたようだ。耳に触れた返答を聞いて「あっ」と何かに気付いたように納得する。それはブレイドの横にいたアルルも同じで両手で口を押さえていた。


「となルと……形見、かえ?」


「……アア、マァ……ソウナル……」


 再度手に包み込むと顔を上げ、ミーシャを見る。


「コレデモウ アタシ ニ心残リハアリマセン。ドウカ旅ノ一助ニ オ加エ下サイ」


 頭を下げて頼み込むジュリア。


「顔を上げろ馬鹿者。元からそのつもりだ」


 ミーシャは踏ん反り返ってフンッと鼻で笑う。嫌味の無い、どちらかというと可愛らしい動作だった。


「ということは私と同期生ということになるのかな?私はアンノウン、よろしく」


 アンノウンはスッと手を出した。その手を不思議そうに見て、アンノウンの顔と差し出された手を二度往復してから握手に応じた。


「ド、ドウモ。アタシハ ジュリア。……同期生ッテ何?何ノ事?」


「ああ、このチームの仲間入りを果たした日が同じだねって事。聞いていると私より先に契約してたみたいだけど、入ったのは今日みたいだから何となくそう言っただけ」


「アア、ナルホド……?」と半分納得して手を離した。


「……アンノウンはそろそろ本名教えてくれても良く無いか?」


 ラルフとブレイド以外の面々はこぞって「え?本名じゃ無いの?」と言いたげな顔でラルフとアンノウンを交互に見た。


「ずっとこのままでも良いかなって思えてね。そうだな、いつかの折にまた話そう。今は気分じゃ無いし……」


「いいの?私それで覚えたら中々変えらんないけど?」


 ミーシャは困惑気味に話す。これに関してはアルルも「それ、私もです」と同調した。


「アンノウンで良いよ。何ならここから縮めても構わない」


「あだ名ですか?良いですね。あ、私はアルルって言います。お二人ともよろしくお願いします」


 アルルはぺこりと頭を下げた。「コレハ ゴ親切ニ……」と女だらけのメンバー内に入るのにたじたじなジュリア。二人男と一人性別不詳な人物もいるが数で言えば女性が圧倒的に多い。男性ばかりで常に紅一点となっていた”牙狼”時代と違うから勝手が分からなくて困っていた。


「これこれ、挨拶は後にせんか。こやつとも合流を果タせタ事だし、拠点に戻ろうぞ」


 ベルフィアは空中浮遊要塞スカイ・ウォーカーへの転移装置である杖を振るいながら帰還をアピールする。確かにいつまでもここにいるのは得策ではない。とっとと戻って安心したいし、情報の交換も視野に入れた話し合いも設けたいところだ。


「よしっ!それじゃ戻る……か……?」


 これから移動しようって時に、ふと殺気を感じる。ラルフが振り向くと、そこには剣を抜いて立つゼアルと白の騎士団の姿があった。


「ちょ……おいおい、まさか今からやり合おうってんじゃないよな?」


 後から参戦したラルフ達より体力が消耗しているはずだし、何より化け物揃いなこの面子に勝てるとは思っていないだろう。レギオンに向かっていった気概をここでも見せようとでも言うのか?


「……そのつもりだ」


 見せる気の様だ。


「いい度胸だが、万全でないお前らでは面白みに欠ける。またの機会に持ち越せ。それもまた作戦というものだろ?ゼアル」


 要約すると「今日のところは見逃してやる」と言っている。その言い草に面白くないガノンは口角を歪めて反抗的な意思を見せる。

 アウルヴァングはチラリとゼアルを見た。事と次第によっては共に戦おうといった風だ。裏を返せば今の状況を鑑みてあまり積極的ではないとも捉えられる。元から白の騎士団の一人の様な風格で立つ正孝は頭を掻きながらそっぽを向いている。ハンターとアロンツォはどこ吹く風だ。敵意というものを感じない。

 ゼアルの考えではここで死ぬ事になってもラルフだけはどうにか殺したいと思っていた。身分も装備も実力も数十段格上の自分がまるで何も出来なかったあの日。辱めるだけ辱め、痛みと主人の怒りを一身に受け、辛酸を舐めた出来事を割り切れるほど枯れていない。

 ラルフを見る度、思い出す度、あの屈辱を思い出す事だろう。どうにかここで精算したいが、何せ分が悪い。ゼアルは数々の葛藤を心の奥底に仕舞い込んで剣を鞘に戻す。


「随分と悩んだノぅ。ミーシャ様が直々に許されタノじゃぞ?泣いて喜んで媚びへつらうノが常識というもノじゃ。ほれほれどうしタ?寛大な御身に平伏し奉らんか、ほれ」


 よくもまぁ口が回るものだと感心する。自分が吹っ切れたからといって図に乗りすぎだとも思ったが、ベルフィアが楽しそうなので放っておく事にした。


「……ラルフ」


 ラルフはゼアルに呼ばれた事に驚く。正直自分など眼中に無いだろうと思っていたので一瞬返答に困る。


「え?……えっと、何だ?」


 改めて白の騎士団最強の男から自分の名前が発せられている事に違和感を感じるラルフ。ベルフィアも「妾を無視すルとは……」と不貞腐れている。


「貴様……何故私を助けた?」


 そんな質問が来ると思っていなかったので一瞬頭に疑問符が浮かんだ。


「いや……あの……」


「そこの子供達は貴様の仲間だな?その子供達を助けずに私を助けた理由を聞いている」


「ああ……俺からじゃ二人には間に合わないと思ったからベルフィアにブレイドとアルルを任せたんだ。他のはこの三人に何とかしてくれる様に頼んで……」


「それでは理由になっていない」


 ピシャリと返答を叩き落とされた。


「何だよ……別に理由なんざ何でも良いだろ?助けられる範囲で行けそうだったから助けただけだ。文句あるのか?」


「私は敵だぞ……それを助けたいから助けたなどふざけるのも大概に……」


「ん?ラルフはそういう人だけど?」


 ミーシャが割って入った。その存在にハッと何かに気付く。当然だろう。死にかけていたかつての”(みなごろし)”はラルフのお陰で息を吹き返した。明確な理由など存在しない。「とりあえず危なそうだから助けよう」という精神がゼアルにも適用されただけなのだ。


「……貴様少しは自分の判断が命と直結していることを考えてから行動しろ」


「え?心配してくれんの?超優しいじゃん」


「貴様……!」


 イラっとするゼアル。覚えのあるイーファやアンノウン、ベルフィアといったラルフにイラつかされた被害者たちは「ああ……」とその時の気持ちを思い出していた。


「ふむ……しかし、見れば見るほどに普通のヒューマンよな。本当にそなたがラルフなのか?」


 アロンツォも気になって話しかけてくる。


「何で俺の名前があんたらの中で共有されてんだよ。俺みたいな木っ端を覚えてても意味ないぞ?」


「何を言うちょる。おぬしは現在人類の歴史上最高額の懸賞金を懸けられとる大悪党なのじゃぞ?どんな無茶をすれば鋼王の怒りを買えるというんじゃ?」


 アウルヴァングの物言いだといつの間にか王様を怒らせていたらしい。身に覚えがなさすぎて混乱する。


「ゴブリンの丘の襲撃か……何の為にそんな事を……?」


 ゼアルが発言した時、正孝とアンノウンがピクッと動いた。


「え?あれは私たちが来た時にはもうぶっ壊れてたよ?そのあとの襲撃の事を言ってるならあっちが勝手にやった事だし正当防衛って奴だよ。私たちは悪くないもん」


 ミーシャは怪訝な顔で反論する。


「?……話が違うなぁ……こりゃぁ一度鋼王に謁見するしか無さそうだ……」


 ガノンはニヤリと笑う。懸賞金が勘違いだったという事で取り下げられれば実質個人で一番懸賞金が高いのはガノンとなる。アリーチェに「ガノンより懸賞金の高い人が……」という変なマウントの取られ方をされなくなるという事だ。自分の自慢でもあったし、何よりアリーチェの鬱陶しさがなくなるなら話しに行くのもアリだと思った。


「いや、俺が直接話そう。誤解を解かなきゃ面倒だしな」


 ラルフは大きく頷いた。


「え?懸賞金を懸けた人に直談判ですか?そりゃちょっと難しいんじゃ……」


 話を聞いていたハンターは困惑からついつい口を開く。しかしそれは白の騎士団はもとよりラルフ側も感じたので、実質ラルフ以外の総意と取れる。


「何言ってんだ。ウィーを見てもらえば一発解決だ」


 やっぱり無理があるラルフの言い分に反論しようと誰かが口を開いたその時『……ラルフ……さん』と消え入るような声がどこからともなく聞こえた。


「ん?」みんながその声に集中する。今もまだ小さく聞こえる音をラルフは探り当てる。ポケットからスルッと取り出したのはネックレス型の無線機。


「あ、それは……!」


 ゼアルが反応する。元々はゼアルの持っていた無線機だ。


『ラルフさん!襲撃じゃ!要塞が攻撃されとる!!至急!戻ってきてくれ!!』


「アスロン爺さんか……って、襲撃だと!?」


「ベルフィア!!」


 ミーシャが叫ぶ。


「はっ!了解致しましタ!ほら行くぞ皆ノ衆!妾ノ側に集まれ!!」


 バッと一様に集まった。窮屈そうにしている中で、ベルフィアが杖を二回地面に突く。それと同時に空間転移の為の黒い渦のようなものが出現する。


「待て!!まだ話は終わってないぞ!!」


 ゼアルは呼び止めようとするが「悪い!またな!」と言って収束する渦に飲まれて消えた。残された人類の頂点たちは唖然とする他ない。


「くっ……覚えていろラルフ……今度こそ……」


 ゼアルはかざした右手を握りしめて拳をゆっくり下ろした。もうすぐ終わる魔獣人の焼却作業を遠目で確認し、とりあえずは勝利の余韻に浸るのだった。

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