第二十六話 打倒アトム
ミーシャが吠える。
その瞬間にラルフ達の一斉攻撃が始まった。
正確にはラルフ以外のミーシャ達が仕掛ける。ミーシャは変わらず魔力砲を撃ち、ジュリアはアンデッドと化したオルドに攻撃を仕掛ける。ブレイドもガンブレイドで魔力砲を放ち、アルルは火炎魔法を大きな球状にして飛ばす。アンノウンは強力な召喚獣を出そうと魔法陣を組み、ベルフィアは手をかざして何やらブツブツと独り言を話している。
「……なあ、何してんだよ?」
いつもなら何も考えずに飛び出していくような奴が、冷静かつじっと何かしている。ラルフは不思議に思ってベルフィアに尋ねた。
「ふむ、少し確認をな……」
かざした手を下ろすとラルフに顔を向ける。
「アンデッドは灰燼ノ領分。もしや逆手に取れルかと思っタが、未知ノ術式が組まれておって入り込めんかっタ。残念じゃが全部滅ぼすしか道は無いノぅ……」
「お前そんな事出来んのかよ……!」
灰燼を取り込んでからというもの、出来る事が増えたのも相まって気持ちに余裕が出来たようだ。ミーシャ達の猛攻で徐々に削られるアトム。ただ死者の数が多く、まだ余裕がある。後ろで控えていたゼアル達はこの戦いについていけず、指を咥えて見るしかなかった。
「団長……我々にはあのデカブツに攻撃する手段はありません。ここは一時撤退した方が……」
レギオンを前に弱気になる部下達。当然だろう。幾ら黒曜騎士団とはいえ、幾ら訓練をしてきたとはいえ、想定される敵の大きさは最大でも3m以上5m以下。ドラゴンより大きな城のような化け物を相手にするなど規定にない。
「馬鹿者!!何を弱気になっている!我らは黒曜騎士団だぞ!!」
第二隊を預かる男、バクスはゼアルの代わりに部下を鼓舞する。熱い男だ。実力も確かだが、五つある隊の二番目を与えられる理由はこの熱さにこそある。ゼアルも何度この男の真っ直ぐな心意気に助けられたことか。しかし今はその時ではないと部下達は陰鬱な空気でおし黙る。
「くっ……お前ら……!団長からも何とか言ってやって下さい!」
「……」
ゼアルとしてはバクスに肩入れしたい。レギオンは見た通りのアンデッドで生者の敵であり、ここで殺し切らなければ後々面倒なことになるのは必死。レギオンはその特性上、殺した者を取り込んで大きくなる。このデカさを生かした大ぶりの攻撃は掠っただけでも致命傷となるだろう。無闇に死地に向かわせればその体をさらに大きくさせるのは火を見るよりも明らか。動くのが怖いのはゼアルとて同じだった。
「大の大人が情けないっすねぇ。ま、仕方ないかぁ。あの大きさじゃぁね……」
茂は煽るような発言でレギオンを見上げる。歩はガタガタ震えて体を抱える。美咲はさっきの事があったからかブスッとして戦いに乗り気じゃない。
「戦いもしねぇ奴が随分な言い様だな。策でもあんのかよ茂」
「え!?やだなぁ……正孝さんがいれば何の問題もないっすよ〜。俺なんて対人専用だし?」
ヘラヘラ笑いながら返答する。元より戦う気がないと公言しているも同じだ。
「じゃ煽んな」
前方でラルフ達がゴチャゴチャやっているのを尻目に白の騎士団と正孝は臨戦態勢に入る。ゼアルは覚悟を決めた目で部下に向く。
「貴様らよく聞け!不安はもっともだ。逃げたいと思う気持ちを私は否定しない。しかし!ここで退けば、いずれ大きな災いが降りかかる!今後も人類の剣として戦うなら……私に続け!!」
剣を構えてゼアルは走り出す。
「ゼアル手前ぇ!目立ってんじゃねぇぞコラ!!」
「儂らも行くぞ!!」
「僕の矢が効きますかね?」
「フッ……案ずるな、余がそなたの代わりに最高の一撃を決めてやる」
ルールーを除く白の騎士団は我先にとレギオンに攻め込む。それに追従する形で部下達も飛び出した。ベルフィアは接近戦で超巨大アンデッドに挑もうとする無謀な輩を見て呆れるような、それでいてニヤリと嬉しそうに笑う。
「全く、どいつもこいつも馬鹿じゃノぅ……どれ、手助けしてやろうか?」
手をヒラリと振るうと、平たく薄く引き伸ばした魔力の斬撃を飛ばした。その鋭利さは何ものも切り裂き、止める事は出来ない。
ゾンッ
レギオンの腕を担う部分を体から分割した。腕は肉体から離れ、力なく地面に落ちた。
「!?」
いきなりのことに驚いたが、この攻撃自体にあまり効果はない。アンデッドはそう簡単には倒せない。落ちた腕を構成するアンデッド達は個々で動き始める。体から引き剥がされたら個別で動くことが出来る。だがこれこそがベルフィアの狙い。接近戦を得意とする騎士連中に戦いやすい場を整えてやったのだ。
「チッ……吸血鬼め、余計な世話を……」
と、悪態を吐きながらも内心戦いやすくなった事に感謝していた。これなら部下達にも勝機がある。というより負けることはなくなった。
大量のゾンビvs騎士団。両軍激突。
乱戦となった状況を遠目で見守る守護者達。
「おい美咲ぃ!お前マジで戦わねぇ気かよ」
「うっさいなぁ。まーくんだけで行けば?私知ーらない」
プイッとそっぽを向く。アンノウンに凹まされたのが機嫌の悪さに繋がっている。歩は震えているだけで動く気がないし、茂に至ってはいつの間にか歩より後ろに下がっている。
「……ちっ、どいつもこいつも……!」
正孝は一人走る。手に火を纏いながら戦いの真っ只中に飛び込んだ。
「うわぁ……なんすか?突然熱くなっちゃって……こっちの事情も考えて欲しいっすね」
「僕もアリーチェさんと後方にいるべきだったな……アニマンの女性を治すの見てれば良かった……」
「……てか、まだ間に合うくない?下がろ。ここ危険だし」
三人は踵を返してこの場を後にした。戦いが激化し、レギオンとゾンビ達のストックが目減りしていく中、アトムの焦りはピークに達した。
『何故だ!?何故これに向かって来れる!!貴様らに恐怖はないのか!!』
「黙レ!アンタノ声ハ モウ聞キタク無イ!!」
ジュリアがアトムが入った器を攻撃する。体が固定されている為に回避が難しく、何とか避けていた攻撃が入り始めた。肩を貫き、顎を砕き、最後に頭が弾け飛ぶ。精度の高い格闘士としての技量がアトムの回避力を上回ったのだ。
頭を吹き飛ばされ、静かに項垂れるオルドの体。勝負が決まったかと思ったその時、近くにいたアンデッドの顔がグルンとジュリアを見た。
『……よくもやったな?もう良い。お前らまとめて始末してやる!!』
何か来ると思ったジュリアはそのアンデッドに拳を叩き込んで頭を砕くが、一瞬の間も開けずに他のアンデッドが声を上げた。
『ここに集まる生者共!貴様ら全員息をするな!!』
「なっ!!嘘だろ!?」
ドクンッ
アトムは最終手段に打って出た。動けなくしてゾンビに喰わせる程度なら「動くな」でいいが、完璧に殺す為に自ら息を止めるように指示。アトムが今まで手加減していたのがよく分かる。
「カヒュッ……」
ジュリアが倒れ込んだと同時に、下でゾンビと戦っていた騎士の面々も息が出来ずに膝から崩れ落ちる。息をしようとするも、空気が入って来ない。今までどうやって息をしていたのか分からなくなるくらいだ。この時を待ってましたとばかりにゾンビが攻撃を仕掛ける。まさかの事態にゼアルでさえ死を覚悟する。
(……ここまでか……!?)
酸素が切れて手に力が入らず、剣を取りこぼす。ゾンビは頸動脈を狙って噛み付こうとその口を開く。
ザンッ
その上顎と下顎がダガーナイフによって切り離される。斬ったのはラルフ。
(ラルフだと……)
「スッゲェ切れ味。こりゃ良いや」
よく見れば他のところではデュラハンが剣で切りつけ、ベルフィアも負けじと魔法の刃でゾンビを粉微塵にしている。
「一気に倒そうとしたようだけどお生憎」
ドッと魔力砲がアトムが乗り移ったとされるアンデッドを周りごと消し飛ばした。その瞬間にアトムの言葉による洗脳が切れて皆一斉に息を吸い込んだ。
「それは私には効かない。ジュリア、退いて。そこにいたらそいつ殺せないから」
ジュリアは息を吐きながら「ハイ」と言って落ちるようにレギオンから離れた。難なく着地するのを確認して、ミーシャは両手を開く。巨大なエネルギーボールを両側に出現させると「えいっ」という可愛い掛け声と共にそのエネルギーボールでレギオンの胸に当たる部分に叩き込んだ。
ジュッという音で胸部を消しとばすと、そのまま上下に光の柱が伸びた。その凄まじい魔力に耐え切れないレギオンのおよそ九割が、このとんでもない一撃で消滅した。
まさに規格外。
息を吹き返した騎士の面々はゾンビを討ち滅ぼし、何とかアトムとの戦いに勝利を収めた。
「ったく……アトムの野郎。これっきりにしろよな……」
嫌気がさすほどの最悪な力。下手をすればブレイドとアルルの命はなかった。アトムとはもう戦いたくない。ラルフの正直な感想だった。




