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第二十四話 レギオン

「……恐ロシイ」


 ジャックスの死を受け入れる為、側に寄り添っていたジュリアは外の騒がしさに窓から顔をそっと覗かせていた。城に辿り着いた人間たちが魔獣人を襲い始めたのだ。人間に狩られている姿は痛ましいの一言だったが、逃げることも戦うことも放棄した同胞は命を手放したのも同義。兄も死んだ今、一人で向かうのは自殺と考えて動けないでいた。

 そんな時に突如出現したアンデッドの集合体「レギオン」。その中心にいたオルドを驚愕の眼差しで見ていた。


「ブモオオオォォッ!!」


「……ソウマデシテ……アンデッド ニ成リ下ガッテマデ銀爪ニ尽クソウト言ウノ?」


 外の死骸がアンデッドと化して巨大化する中、城内部にも異変が起こる。パキッミキッという音を立ててオルドに捻り潰された虎の魔獣人が起き上がったのだ。ハッとして振り向くジュリア。アンデッドは生者を襲う。今ここにいる生者はジュリアのみ。バッと身構えて応戦しようとするが、アンデッドたちはジュリアに目もくれずに階段に向かった。


「何?ドウイウ事?」


 ふらふらと力なく歩いているが、どこかを目指して進んでいる。まるで出口を目指している様な足取りだった。


 ガラッ


 壁にめり込んでいたジャックスも例外なくアンデッド化した。目が赤く輝き、ぺしゃんこになった胴体を何とか持ち上げてバランスを取りながら、他より足取り重く歩き出した。


「兄サン!!」


 このアンデッドたちの最終目的地は十中八九オルドだ。兄ジャックスはレギオンに取り込まれ、死の集合体として使われることになるのだろう。


「駄目!!兄サン!!」


 ジュリアはジャックスの前に立ち塞がる。彼女の存在に気付く事なく前に進む。アンデッドとなったジャックスはかつての力を忘れ、ジュリアに簡単に押し戻される。どれだけ阻まれても疲労することがないアンデッドはちょっと後退しても、また歩き出して変わらず出口を目指す。


「駄目!駄目!絶対行カセナイ!!アンナ化ケ物ニナッチャ駄目!!」


 何度も何度も押し返していると、外から怪物の様な鳴き声が聞こえた。


「ギュアアァァッ!!」


 ビリビリと建物が震えるほどの咆哮に耳を塞ぐ。外で何かが起こっている。そう感じるも、外を覗く暇のないジュリアはジャックスを抑え込むのに必死で外の状況をあえて無視する。


「兄サン!ヤメテ!!二度死ヌ事ハ無イ!!」


 その発言にピタリと足を止めた。今まで前だけを見ていたジャックスはその赤い目をジュリアに向ける。自分の声が死んだはずの兄にもう一度声が届いた。顔がほころび、ジュリアはジャックスの牙を握りしめた。


「兄サン……!」


「……ジュ……リア……オ……前ハ……何ヲ、シテイル……」


「……エ?」


 喋ったと思えば突然の質問。


「何ヲッテ……兄サン?」


「……何故……戦ワ無イ……何ノ為ニ……オ前ヲ鍛エタト思ウ……?ドウシテ同胞ヲ見捨テタ……」


 段々と言葉がハッキリしてくる。紡ぐ言葉はジュリアを責める言葉だった。


「……オ前ナラ下ノ民間人ヲ救エタ筈ダ……身命ヲ賭シテ戦ウ事コソ我ラガ使命。ソコヲ退ケ……兄ハ不甲斐無イ オ前ノ尻拭イヲシテヤル……」


「……誰?兄サン ジャ無イ……兄サンハ アタシ ニソンナ事言ワ無イ!」


 バッと構える。


「兄サンヲ返セ……兄サンノ尊厳ハ誰ニモ踏ミ(にじ)ラセナイ!!」


 ジュリアの言葉にジャックスの顔がニヤリと醜く歪む。


『せっかく体を使ってまで会話してやったというのに薄情な妹だ……』


 ジャックスから放たれた言葉に怖気が走る。全く知らない男の声だったからだ。


『貴様の方がこの雄の尊厳を踏み躙っているという事に気付くべきではないか?最後まで戦い抜き、死んでいった兄を見送ってやろうとは思わないのか?』


「……兄サンノ体カラ出テ行ケ、化ケ物!」


『失礼な雌だな……我が名はアトム。創造神アトムである。……はぁ、もう良い。興が削がれた。あれだけの肉体があればこの体など用を成さぬわ』


 そういうと目が光り輝いた。まるでライトを付けたように光る目は段々と口や鼻、身体中のありとあらゆる傷口から光を放ち出した。


「……マサカ……止メロ!!」


 手を伸ばして一歩前に踏み出したが何もかも遅い。


 ボンッ


 ジャックスの体は跡形もなく吹き飛んだ。その威力に吹き飛ばされて壁にぶつかり、(うずくま)るジュリア。


「兄サン……兄サン……兄サン……!」


 ずっと握りしめていた兄の牙を胸に抱く。兄の死は、誇りは、尊厳は踏み躙られた。突如現れた神を名乗る化け物によって。

 ジュリアの奥底に眠っていた怒りが噴出する。この世で最も邪悪なのは人族でも魔族でもない。この世界を高みから見物する超常の存在。その存在を知ったジュリアは夢とは別の次なる目的を見つけた。奥歯を噛み締めその名を口にする。


「……アトム!!」



 メギメギメギ……


 レギオンはこの場にあった死体を取り込み、ドラゴンを遥かに超える大きさへと変貌する。この国すべての死体を取り込めば山の様に大きなレギオンができる可能性がある。


「うわーっ……こりゃヤバイな……おいっ!そこ下がれ!!さっさと逃げろ!!」


 恐怖に支配されたアニマンと騎士たちは足が竦んで逃げられないでいた。ラルフが大声で警告するも結果は同じ。ラルフはドラゴンから降りると、動けないでいる連中の頭を叩いた。


「いっ……!?」


「とっとと下がれよ!死にたいのか!!」


 バクスはラルフに叩かれて我に返る。ドラゴンとレギオンの睨み合いに気を取られてボーッとしていたことを恥じる。


「て、撤退だ!!撤退しろぉっ!!」


 わっと蜘蛛の子を散らす様にアニマンの軍も騎士団も方々に逃げる。その動きを見たレギオンは死体が折り重なって出来た巨大な腕を振るって何人かを取り込んだ。レギオンは生者を殺してすぐさま身体の一部に変えるという荒技をし始めた。遅かれ早かれこうなる事は目に見えていたが、その巨体がとうとう動き出した。


「マジかよ……」


 撤退のタイミングで動き出したのに責任を感じるラルフ。案外じっとしていた方が助かったのかもしれないと後悔していた。


「これは相当な悪食ね。生き物なら何でも良いって感じ?」


 ミーシャは怪訝な顔でレギオンを見る。魔力を溜めて圧縮した魔力弾を試しに放つ。ドッと軽快な音で体の一部を削るが、取り込んだ死体たちが抉れた部分を補強して元の状態に戻るのを確認した。


「うーん、全部消し飛ばさなきゃダメか……」


「ちょっと良い?私に考えがあるよ」


 アンノウンが横から口を出す。


「こういうの想定外だったけど、召喚したのは幸いにもファイアドラゴン。ほら、よく言うよね?アンデッドモンスターは火属性攻撃に弱いってさ」


 アンノウンがサッと手をかざすとドラゴンは息を目いっぱい吸い込んで炎のブレスを吐いた。


 ゴォッ


 凄まじい火力で体を焼いていく。火からは遠いが熱風がここまで難なく届く。「うおっ!」とラルフが顔を隠して避けようとするが、そのままではどうしようも無い。しかし一向に熱風が届く事はない。それもそのはず、ミーシャが魔障壁を作って熱風を避けてくれていた。


「……あ、ありがとうミーシャ。助かったぜ」


「どういたしまして」


 近くにはアリーチェも自分で魔障壁を作ってバクスを守っていた。


「ブモォォォオォッ!!?」


 高威力の炎にさらされてグズグズに崩れるレギオン。体が徐々に炭化していく中、ドラゴンに対して攻撃を仕掛けた。


 ドンッ


 両腕で挟み込む様にドラゴンに攻撃し、ドラゴン自慢のブレスが止まる。その隙をついてレギオンの胴体部分が形を変えて大きく伸びる。まるで破城槌の様な高威力の攻撃でドラゴンの体を押し出した。


「おっ!?」


 アンノウンも想定外の攻撃にドラゴンと共に吹き飛ばされた。ガガガッとすべての足を駆使してブレーキを掛ける。互いの距離が取れたところでレギオンの中心であるオルドの口が開いた。


『この馬鹿が!誰がこの世界に召喚してやったと思ってる!!我に楯突くな!!転生者どもはこれだから始末が悪い!!』


「しゃ、しゃべった?」


 アリーチェは驚きのあまり声が裏返る。アンデッド、特にゾンビが喋るなど聞いたことがない。多くの例外がアリーチェの知識に混乱を招く。この事態に冷静に対処出来たのはラルフたちだけだった。


「ん?この声……聞いたことあるかも……」


 ミーシャは首を傾げながらも記憶を探る。割と最近聞いた声だ。


「そうだな。この声は……お前アトムだな?」


 その質問に高笑いで返す。


『フハハハッ!!そうだラルフ!!こいつは貴様らを殺すために用意した特注品だ!存分に味わうが良い!!』


 死体で折り重なった太い腕を振り上げてラルフとミーシャめがけて振り下ろした。


 ベキンッ


 だが、どれほどの物量で攻撃したとしてもその体はミーシャの魔障壁を突破する事はない。押しつぶされそうになったと言うのに呑気に呟く。


「アトム?何だっけ?あのー……あっ、巫女に取り憑いてた奴だ。あれかな?幽霊みたいな奴なのかな?」


「……多分な。実体がないし、幽霊ってのはあながち間違ってないかも……はぁ、面倒だけどやるしかねぇよな……」


 ラルフも一応ダガーナイフを引き抜く。こんな小さな武器ではどうすることも出来ないだろうが格好は大切だ。


『今日こそ貴様らの最期だ!!』


「良く言うよ。あの時は”古代種(エンシェンツ)”持ち出したくせに、これで殺そうなんて劣化してんじゃん……馬鹿にしてるよね?」


「ああ、全くだ。つっても俺を殺すならオーバーキルだけど……アンノウン!力を貸してくれ!!」


 ラルフは大声でアンノウンに助力を申請する。


「……ん、当然。任せてくれ」

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