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第二十三話 牛鬼

 虚無が襲う。


 怒りで我を忘れて血の涙を流したオルドは、自分の今の状況が分からず困惑の極みにあった。


 あらぬ方向に折れた左腕も、重く引きずった足も、心臓を叩き潰された跡も何も残っていない。目で確認する事は出来ないがきっと折れた自慢の角も何事もなかったように生えていることだろう。


 目を凝らしてキョロキョロ辺りを見渡す。何も無い。暗く永遠に続くような広い空間。自身の体がほんのり発光しているくらいで他に明かりは存在しない。


「ココハ……何処ダ?俺ハ……死ンダノカ?」


 返ってくるはずもない質問を虚空に投げかけた。きっとこれが死後の世界なのだと悟る。結局どうする事も出来ずに死んだ不甲斐無さだけがオルドの心を蝕む。床に膝をついて悔しさで頭を抱えていると何処からともなく声が聞こえてきた。


『ククク……その通りだ。貴様は死んだ』


「……誰ダ!?」


 バッと顔を上げる。見渡しても姿を見ることは出来ないが、男の声であることだけは分かった。


『我が名は創造神アトム。貴様の無念を憂い、この場に召喚した……さぞ悔しかった事だろう……』


「ソ、創造神……ダト?」


 宗教や神といった存在に全く興味のなかったオルドの前に神と名乗る存在が語りかけてきた。無念や悔恨といったことに言及しているが、一体何の為に自分をこんな所に召喚したというのか?


『貴様に今一度チャンスを与えてやろうではないか。その想いの丈を……恨みを晴らして来るが良い。我がその力を貸そう』


 つまりどうする事も出来なかった自分に鬱憤晴らしをさせてくれるという事だ。世界に絶望しながら死んだオルドへの最後の贈り物。オルドは片膝を立てて、何処にいるかも分からないアトムに……神の御前に跪く。


「……創造神アトム様。ソノ オ気持チニ感謝申シ上ゲマス。シカシナガラ、俺ハモウ何カヲシヨウ等トイウ気ハ御座イマセン。貴方様ノオ気持チデ胸ガ一杯デス。ドウカコノママ黄泉ノ国ヘ連レテ行ッテ頂ケレバ……」


 自分に舞い降りた蘇る機会。その機会が得られたという事だけでも幸せだ。リカルドJr.に最早期待していないし、国の運命は崩壊、魔獣人は絶滅。ならば生き返る価値など皆無。このまま消滅する事こそオルドの願いだ。


『……フンッ馬鹿が、もとより貴様の意見など聞いておらん。我が復讐の為にその魂を使い潰す』


「ハ?ナ、何ヲ言ッテ……!?」


『もちろん、拒否権など存在しない』



「一匹たりとも逃すな!女子供でも容赦なく囲んで殺せ!!おいっ!そこ一人でやるな!!訓練通りにやれ!!」


 バクスは大声で支持する。ガノンたちから離れたバクス一行は少し遠回りとなったもののカサブリア城に到着した。銀爪の同士討ち攻撃のせいで逃げ場を失った魔獣人たちが城の広い庭の隅っこに、ガタガタ震えながらひと塊りになっていたのを発見。直ちに掃討を開始した。


 アニマンの軍と黒曜騎士団の魔獣人掃討作戦。


 ガノンの相棒であるアリーチェの支援もあって、苦戦していた魔獣人との戦いは思いの外スムーズに事が運ぶ。疑心暗鬼となった魔獣人たちが恐怖で戦意喪失していたのも上手く作用していた。銀爪の爪痕をチラリと見る。魔力の衝撃波で押し潰れた悲惨な死骸が、何とも言えない物悲しさを語っている。それに拍車をかけたのは今にも動き出しそうな牛の魔獣人の死骸だ。目から血の涙を流して憤怒に彩られた表情は、触れるものに呪いを掛けるのではないかと思わせる。


「ったく、気味の悪い……」


 バクスは苦々しい顔で呟いた。しばらくすると部下の何人かが息を切らせてバクスの元に走ってきた。


「バクス隊長!この場に集まっていた魔獣人の掃討が終了しました。次の指示をお願いします」


「おお!思ったより早かったな!死体をかき集めて一箇所にまとめろ。焼却処分するぞ」


 こうも簡単に陥落して良いものだろうか。紛争時を狙ったとは言え、魔獣人側の瓦解の仕方が凄まじかったと感じる。白の騎士団の強さもさることながら、魔王の存在が如何に影響していたかを物語っていた。バクスも手を貸しながら焼却作業を始める為に死体を引きずる。

 その時、ガキャッバキッという蟹の甲羅を思いっきり引っ剥がした時の様な音が聞こえた。不思議に思い、その音が聞こえた場所に目をやる。


「……死んでなかったってのか……!?」


 怒りと苦悶の表情で死に絶えていたはずの牛の魔獣人が手を前に出している。牛の魔獣人の死体を運ぼうとしていた騎士たち二人の頭をまとめて握りつぶしたのだ。グッと握ったまま潰した頭ごと騎士の体を持ち上げると首から下が千切れて力無く転がった。


「う、うわああああっ!!」

「ニ、逃ゲロ!!」


 近くで見ていた騎士やアニマンが悲鳴を上げてその場から離れる。目を真っ赤に染め上げた牛の魔獣人は太い首を左右に振りながら現在の様子を確かめる様に視線を配る。メキメキと音を立てながら既にボロボロの足で立ち上がり、天高く思いっきり声を上げる。


「ブモオオオォォォッ!!!」


 喉の奥底からの咆哮に耳を塞ぐ。恐怖が足にきて、騎士たちは途端に動けなくなった。


「……アンデッド?蘇る瞬間を初めて見た……」


 アリーチェも驚きと恐怖で体を震わせながら何とか呟く。その言葉を耳に掠めたバクスが(なるほど……)と心の中で納得する。


「アンデッドか……腐った死体や骨なら戦った事あるが、新鮮で筋骨隆々となると……撤退だっ!!」


 バクスは大声で命令する。オルドの手から落ちた兜付きの二つの頭は原型をとどめておらず、一個の赤黒い鉄塊と化していた。見た目こそボロボロだが、痛覚のなくなった体に凄まじい筋力。その力は魔王に最も近いとされる上級魔族を彷彿とさせる。

 黒曜騎士団が勝てる手合いはせいぜい中級まで。ゼアル団長という規格外を除けば平均値は軒並み下がる。つまりオルドには勝てない。


 その言葉を聞いたオルドはバクスに焦点を当てる。既に意識も希薄な中で優先すべき敵を探り当てた。この場の司令官、バクス隊長。


「ブモオオオォオォッ!!」


 ビキビキと骨の折れた体を軋ませながら前に進もうとする。しかし体が思う様に動かず、二歩目で足が崩れた。


「隊長!今ならやれます!!あれを倒してしまいましょう!!」


 他の部下から進言される。剣を構えて牽制する部下を尻目に観察を怠らないバクス。


「……待て!様子がおかしい!攻撃するな!!」


 待機を命じるバクスに対して訝しい顔を向ける部下たち。仲間が目の前で握り潰されて憤慨しているのだろう。復讐したいが為の苛立ちだろうが、これはバクスの判断が正しかった。

 オルドは側にあった死骸を一つ手に取ると足にくっつけた。それを機に側にあった多くの死骸が一斉にオルドの体を補強していく。元々2mを超える巨躯はさらに大きくなっていった。アンデッドの集合体、その名も”軍団(レギオン)”。小さなアンデッドの集合体はよくある事例だが、ここまで大きなレギオンは見たことがない。


「ブモオオォォォォォオオオォッ!!!」


 さっきまでの崩れる様な危うい体はもう存在しない。そしてレギオンのこの咆哮をきっかけに、今ここで死んでいった魔獣人たちも、その無念を晴らそうとアンデッドと化して立ち上がる。


「ヒィッ……!!」


 死体を運んでいたアニマンと騎士たちは急いでアンデッドから離れる。このアンデッドたちは生者に目もくれずにレギオンに向かって歩いていき、辿り着いたアンデッドは自らの体を差し出して取り込まれていった。どんどん大きくなっていく見るも無残で悔恨残る死の集合体。万が一ここで死ねば自分たちも彼らの仲間入りを果たすだろう。


「……ギュエアアァァッ……!!」


 絶望に心を染め上げるそんな中、空から怪物の鳴き声を聞いた。アリーチェがその鳴き声に目を向けると、赤く光る大きな塊が羽を広げて猛スピードでやってくるのが見えた。


「ドラゴン……!?」


 バサァッと急停止したドラゴンの風圧で目を開けられないアニマンと騎士たち。風が止んで目を開けるとドラゴンがレギオンの前に立ち塞がる光景が目に飛び込んだ。


「ギュアアァァッ!!」


「ブモオオオォォォッ!!」


 ドラゴン対レギオン。

 その様は怪獣映画を彷彿とさせた。アリーチェは呟く。


「何……これ……!?」


 その光景はまるで悪夢から切り取った様で、突然現実味に欠ける場面に困惑を隠せない。ここから始まるであろう凄まじい戦いを連想しているアリーチェたちの元に緊張感のない言葉が轟いた。


「うわっ!何だこいつキモっ!!」


「到着して早々こんなの見せないでよね!」


「……いや、知らないよ。私に言わないでくれる?」


 ドラゴンの背に乗った三人はわーっきゃーっ叫んでこの場の空気を破壊した。アリーチェは呟く。


「何……これ……?」

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