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第二十二話 死

(ありえねぇ……どうなってんだ?いきなり馬鹿になっちまったのか?)


 自分を手助けする筈の能力が、まるで自分の死を望んでいるかのようだ。その上、先ほど細部まではっきりと見えていた幻視(ヴィジョン)もカットされたように重要な部分が見えない。自分が攻めたと思いきや突然腹を貫かれる。どんなアプローチの仕方をしても結果は同じ。


 キィンッ


 目が虹色に光り、この状況の打開を図る。攻めれば腹を貫かれる。ならば全力で逃げたらどうか?本来そんなことを考えるのはプライドが許さない。しかしながら能力に疑問を持つ今は別だ。もし能力が本当に馬鹿になっているなら未来は変わらず腹が貫かれることだろう。


 そして能力が問題なく発動することを知る。死に方が違ったのだ。背中から魔力砲で体を貫かれる未来。重要なのは逃げ方によって貫かれる場所が違うという事と、さっきと違って体が消し飛ばされる事。逃げる事はつまり跡形もなくこの世から消える事を意味する。


「は?……俺は死ぬのか?……時代はまだ始まったばかりだぞ……?」


 体の奥底からふつふつと憤りが湧いてくる。


 キィンッ


 癇癪を起こしても駄目。


 キィンッ


 ジッとしても無駄。


 キィンッ


 幾通りの死。

 諦めが心を支配する。だが一点だけこの死の運命から逃れる方法があった。もしそれをしたらこの場を乗り切ることが出来る。それをしたら今後一切でかい顔が出来ないほど心に大きな傷を負う。今まで生きてきた中で親にすらした事のないアレをここでする。考えただけで吐きそうだ。


 銀爪は力なく地面に膝をつく。その姿にミーシャは少し開いた手をぎゅっと硬く握り締めてその拳で銀爪のハラワタをぶちまけるべく力を込める。


 次の瞬間


 バッ


 銀爪は手を地面について額を地面に擦りつけた。


「……すいませんでしたあぁぁっ!!」


 突然の土下座。頭を地面に打ち付けるような下げ方にここにいた面々の頭に疑問符が浮かんだ。


「はぁ?」


 ミーシャも素っ頓狂な声を上げて銀爪の動向を探る。あれだけイキっていた奴が突如頭をこん限り振り下ろして謝罪し始めるなど見たことがない。ベルフィアでさえ立場を理解してから頭を下げたというのに、こいつには矜持というかそういう守るべき芯がないのだろうか?


「何だよ……それ……」


「さ、さっきまでの威勢はどこへ行ったんじゃ?」


 正孝もアウルヴァングもあんぐりと口を開く。肩透かしを食らった形だ。興が削がれたミーシャは握った拳を解いた。呆れたようにため息を吐くと、見下したように銀爪を見る。その目は冷ややかで、ヘドロや排泄物を見るような引きつった顔だった。


「なんだこいつは……これがあの銀爪の息子か?」


 初めて見た時からくだらない奴だとは思っていたが想像以上のくだらなさだった。


「ハッ……!ん?何だどうした?」


 ラルフがようやく意識を取り戻すと、周りはしんっと静まり返っている。ドラゴンからそっと降りて状況を確認すると目の前に土下座した何者かが見えた。


「あれぇ?……何これどういう状況?」


 キョロキョロ見渡してみれば、錚々(そうそう)たるメンバーが集まっていた。


 天空の覇者”風神”のアロンツォ。超一級品の鎧を纏う鉄壁の守り”嵐斧”のアウルヴァング。怪力の国陥とし”狂戦士”ガノン。地面に埋もれて見る影もないが、流麗なる破壊者”激烈”のルールー。


 皆、吟遊詩人にその名を歌われた最強の戦士たちだ。それにアンノウンと同じ守護者の一人がいる。この中にいて倒れているのが騎士団の一人であることを思えば騎士団でも上位に食い込めるレベルで強いということだろう。と勝手に感じていた。

 これらの力ある戦士たちが圧倒されたという事は当然魔王クラスの敵がここにいるという事だ。まさか気絶している間にミーシャが追い詰めたという事はあるまい。となれば土下座しているこの男が魔王という事だろうか?


「……ええっと……カサブリアの魔王は、確か銀爪だったか?まさかとは思うがこいつが銀爪なのか?」


 情けない醜態を晒すこれが魔王であるはずはない。ミーシャを前にしたからといって、魔王という立場にありながら、ここまでへつらうような奴を見たことがないからだ。


 ビキィ……


 その音は銀爪から聞こえてきた。ここで戦っていたガノンたちはその音の正体を知っている。銀爪が怒りで我を忘れた時の血管が浮かぶ音だ。


「こんな奴、魔王でも銀爪でもないよ。行こ、ラルフ」


 ミーシャがラルフの手を取って引っ張る。


「うおっ!ちょっと待てって……ってまたドラゴンに乗るのか……気が重いな……」


 その名前にガノンとアロンツォ、そしてアウルヴァングが目を凝らす。


「まさか……鋼王が懸賞金を懸けたあの……?」


「嘘であろう?こんな草臥れた男が……?」


「マジか……俺以上の懸賞金の……こいつがラルフか……」


 ラルフは自分に視線が集まるのを感じる。不思議に思っていると下から()め付けるような嫌な視線を感じる。

 その視線の先にいたのは土下座の格好から頭を完全に上げることが出来ない銀爪だ。驚愕と周知と恨み辛みの目線に晒されながらドラゴンに跨る。


「……お前ら、こいつを好きにしていいぞ。私はこいつに触れたくもないからな。殺すなら殺すが良い」


「マジで?ミーシャは手を出さないのか?あの”激烈”が伸されてるし、言っちゃなんだが不安が残るぜ……後で襲われるような事ないか?」


 ラルフは不安げにチラチラ銀爪を見る。


「考えても見なよ。こんな奴に何が出来る?私もミーシャの判断でいいと思うよ。どうせ後ろからゼアルって人の部隊も来るし、どうにかなるんじゃないかな?」


 アンノウンも銀爪の誇りを捨て去った姿勢を馬鹿にする。正直、ここにいる白の騎士団の面子で勝てないのにゼアル団長に勝てるかどうかは定かではない。というより無理難題だろう。


「うーん、団長さんか……いや、ベルフィアとブレイドがいるな。アルルもデュラハンもいるし、まぁ何とかなるか……」


 チームの面々なら信用に足る実力を持っている。自分がその中に含まれないのは残念な話だが、誰にでも長所短所があるだろうと自分を慰める。


「もー、いいから飛んでよ」


 ミーシャが駄々をこね始めた。「まぁ落ち着けよミーシャ」と言いつつアンノウンにウィンクで合図を送った。


「……ああ、行こうか」


 ドラゴンが飛び立つのと同時に背後から声が聞こえる。


「ミーシャ様ー」


 ミーシャが振り向くとベルフィアが手を振っていた。それに小さく手を振り返すと、そのままドラゴンは急加速して城に飛んで行く。ラルフの悲鳴が小さく轟いていた。

 それを目で追っていた騎士団と正孝たちの元にゴンッという音と振動が地面を伝って届く。何が起こったのか音の方を見ると、拳を地面に振り下ろし、悔しさのあまりバリバリと奥歯を噛みしめる哀れな魔族がこちらを見ていた。


「……んだよこれ……何なんだよ!!俺が何したって言うんだ!?何で俺がこんな目に!!」


 ゴンッゴンッゴンッ……と何度も何度も地面を殴る。その度に地面が揺れて鬱陶しい。正孝たちもさっきまでの恐怖が薄れて憐れな目で銀爪を見ていた。

 少し余裕が生まれたように思える状況だが、依然として銀爪が強いことに変わらず、むしろ特異能力を発現させた銀爪に勝てるものなど極僅かだ。憐れな存在だと卑下したとしてもこの面子では勝てない。銀爪はゆっくりと立ち上がる。


「……いや、あの化け物を前に生き残ったんだ……この力をもっともっと強くすればあいつを殺すのも夢じゃねぇ……」


 銀爪は冷静さを取り戻す。今回は無様を晒したが、生き残るのに重要な事だったのだ。次があるということは未来があるということ。

 死ななければ何度でもやり直せる。ブツブツと自己暗示しながら気を鎮めていると鉄靴を鳴らしながら後方部隊が到着した。


「む?ブレイド、アルル、あれを見ヨ。あれが噂ノ銀爪じゃ」


「へー、あれが……」


「結構ダメージ負ってる感じでしょうか?」


 ベルフィアが指し示した銀爪の外見に注目する。デュラハンたちは少し困惑する。


「前銀爪様が敗れたと聞き及んでいましたが、今はあの方なんですのね……」


「あのお方に比べると貧相に見えますわ……」


 ヒソヒソといった感じで正直な感想を言い合う。ゼアルは部下たちに手をかざして待機を命じると、ベルフィアたちを差し置いて前に出る。鞘から剣を引き抜きながら銀爪に迫る。銀爪はそれ以上寄るなと言わんばかりにゼアルの足元に魔力の衝撃波を飛ばし地面を抉って牽制した。


「……で?テメーはなにもんだ?」


「貴様に名乗る名は持ち合わせていないな……ここで剣の錆となるがいい」


 ザッと剣を構える。


「はっ!威勢がいいなヒューマン!」


 キィンッとその目を虹色に染める。銀爪は自分の未来を見た。自分がこの場に倒れて地面のシミとなる未来を。


「……え?」


 視界がズレて、足に踏ん張りが利かず、手も足も何もかもがバラバラに崩れ落ちる。


 ミーシャに殺されるまでもない。その未来は現実のものとなった。

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