第二十一話 予測可能、回避不可能
「いやっほ〜〜!行けーっドラゴーン!」
バサァッと羽を羽ばたかせて宙空を舞うドラゴン。その背中にはミーシャとラルフとアンノウンが三人で乗って空中遊泳を楽しんでいた。ミーシャはラルフのお腹に手を回してきゃっきゃしている。自分が飛ぶのに比べれば遅いものの、何もせずに飛んでいるこの感覚が楽しい気持ちを湧き上がらせる。
「うおおっ!!マジかよ……むちゃくちゃ怖え……!!」
ラルフは背中にあるコブのような突起に振り落とされないようにしがみつく。ほとんど半目開きで楽しむ余裕など存在しない。
「大丈夫!私が支えているからどうって事ないよ!」
ドラゴンの召喚者アンノウンはラルフの草臥れたハットが飛ばないようにそっと手を置いている。
「確かに大事なものだけどそりゃちょっと違うんじゃねぇの!?」
アンノウンの提案でこうして飛ぶ事になったが、軽く後悔していた。固定器具がないので手を離せば一巻の終わりという恐怖。アルルの浮遊魔法で浮かんでいる方が遥かに安全だし、地上で歩いて移動しているベルフィアたちが何倍も羨ましく感じる。背中にいるミーシャだけがラルフにとっての命綱だ。
先程、ゼアルたちと一時は戦闘一歩手前まで睨み合ったが、ハンターが恩を返すという名目で場を丸く収めてくれた。ちょっとした小競り合いこそあったものの戦う事なくみんなで城を目指すこととなった。
「こんな経験本来あり得ないよ?少なくとも私の世界には無かった!楽しまなきゃ損さ!」
その眩しい笑顔が目に入る。アンノウン。名前も存在すら謎めいた人物。守護者の中では一番大人びていて、どんな状況でも動じない芯の強さを感じさせる。
だがこの時の顔は本当に楽しそうに笑う十代の若者を連想させた。きちんと年頃の子供だと安心する。この状況には全く安心出来ないが……。
「ん?……おい!あれなんだ!」
ラルフは雲の上から急降下する人影を見た。天から舞い降りる天使の如き羽を生やしたその姿は翼人族だ。一見すると羽を傷付けて落ちて行くのを想像するが、槍を掲げて直下する姿は落ちる速度を利用した攻撃だと分かる。
「ああ!風神のアロンツォという白の騎士団の一人だろう!羽が生えていたのはあの人だけだったよ!」
その名前を聞いて目を見開く。
「アロンツォって……あのアロンツォ=マッシモか!?デーモン小隊を一人で壊滅させた天空の覇者の!?」
魔族が人族より強いのは周知の事実だ。軍の指南書には魔族一体に対し五、六人で囲むように書かれる程その差は歴然。特にデーモンは制空権を持つ面倒臭い魔族。地上戦ですら勝ち目がないのに、空中に飛ばれたら勝ち目など皆無。それに対しアロンツォは一騎駆けでおよそ二十体前後を死に追いやった。風神の名は伊達ではない。
「誰それ?」
「私も彼の自己紹介を受けただけでそこまでは知らないよ!やはり君は相当な情報を持っているみたいだね!」
褒められるほどではない。この世界で生きていればこのくらいの知識は嫌でも入ってくるだろうと思っているからだ。ミーシャにはこんな知識は必要ないから何とも言えないが、ラルフにとって情報は武器であり力だ。知らないよりは知っている方が得することが多いので収集しているに過ぎない。
「それほどでも!……というかアロンツォが突撃してるってことはあそこに何かあるのか?」
「行ってみるかい?私たちの目的地は一応城だけども?」
「行ってみようよ!そんなに城から離れてないからそのまま歩いていけるし!」
それはラルフにとって名案だった。ドラゴンの背中は不安定すぎてどうも落ち着かなかったから。
「ミーシャもこう言っていることだ!あそこに降りてくれ!」
「OK!」
アンノウンはサムズアップで了承するとその場所まで急降下し始めた。
「ぎゃあああああっ!!」
ジェットコースターに乗ったものなら誰でも体験するであろうあの浮遊感と速度を一身に受けたラルフはおもわず叫ぶ。(もうドラゴンの背中に乗るもんか!!)と心で固く誓った。
*
「……あ?」
特異能力が開花し、喜びから天を仰いだ銀爪の目に飛び込んできたのは紅く巨大な何か。よく見ればドラゴンであることが分かる。
「何でここにドラゴンが……」
キィンッと目が虹色に光り、未来予知を発動させる。突如授かった能力故、まだ任意での操作は難しいが中々様になってきた。とは言え今回のは特に危ないことはない。どこに降り立つかが見えただけだった。
「なるほどね。俺に用があるらしい……」
これからこの能力を駆使して白の騎士団の面々を駆逐しようとしていた矢先、つまらない乱入者がやってきたようだ。無敵と化した今の自分に怖いものなど存在しないが、この手の巨大な魔物と戦うのは骨が折れる。面倒この上ないが、未来予知の試運転には打って付けだろうと自分を慰めた。ドラゴンは銀爪と騎士団の間に割り込むように降り立った。
「ギュエアアァァッ!!」
突然の襲来と咆哮に騎士団側は困惑を隠せない。アウルヴァングと正孝は耳を塞ぎ、強烈な鳴き声に耐える。
「……なんだぁ……?」
体の痛みを感じつつ、ゆっくりと立ち上がるガノン。意味不明な現状を何とか理解しようと目を凝らす。ドラゴンの背中に乗る人影が三体。敵か味方か定かではないが、ふとこんな言葉が頭を過ぎる。
「ドラゴンライダー……お伽話だと思ってたが、実際いるんだな……」
そんな詮無いことを考えつつ重たい足を引きずって戦いの場に赴く。ドラゴンが頭を振って銀爪を威嚇する中、呑気な声が聞こえてくる。
「あれ?正孝じゃないか。ここで戦っていたのか?どうりで居なかったわけだ」
「アンノウン!何でここに……てか何だよそれ!?」
正孝はアンノウンの存在に対して忌避感を感じている。能力を見せないことは置いといても、自分を一切晒すことのない気味の悪い存在だ。そんな奴が突然ドラゴンで戦いの中に入り込んできたら声も大きくなる。アンノウンの隣には目を回している男と髪の長い女がドラゴンに跨っていた。
「……雑談は後にしろ」
髪の長い女、もといミーシャはバッとドラゴンの背中から飛び降り、銀爪の前に降り立つと腕を組んで睨みつける。
「おいバカ息子。お前国を崩壊させるなんてバカなことしたもんだな」
「はっはぁ!鏖じゃねぇか!!ご無沙汰だったなぁおい!!」
ミーシャは眉をピクリと持ち上げる。
「私を前に随分余裕じゃないか?……今回はお守りが居ないみたいだが、一人で勝てる自信でもあるのか?」
「たりめーだタコ!俺は無敵の銀爪様だぜ?俺に殺されたくなきゃ尻尾巻いて逃げるこったなぁ!ま、逃げられりゃぁの話だがよぉ!」
髪が乱れて右頬と右肩に傷を負いながらもケタケタと笑う。周りを見渡した感じだと何人かの騎士団を相手に互角の戦いを繰り広げたと見える。一応一人は伸びているので銀爪が一歩リードといったところだ。
「余らの戦いに乱入するとは何者か?そこの魔王が鏖とほざいたが……まさか本物か?」
「おぉいコラ、唐揚げぇ……ママたちの会話に入ってくんじゃねぇよ。黙って成り行きを見守りな」
銀爪はとにかく上から目線で煽り倒す。
「良い度胸だ……ここで死んでも文句はないな、銀爪……」
「ん〜?つーことは逃げねぇのか?くだらねぇ意地張って死ぬこたぁねぇのに、よっと」
キィンッ
何度か使用するうちに特異能力の発動に慣れてきた。要はスイッチの切り替えだ。自分の能力さえ分かれば、その力を引き出すように精神の内側に訴えかける。これに慣れたら息をする様に能力の発動が可能となるだろう。自分の今後の可能性を考えてニヤニヤしていると幻視が見えた。
「……ん?」
その映像は全く好ましくないものだった。何が起こったか定かではないが、自分の腹がミーシャに貫かれている。
「スゥーッ……そんなはずは……」
自分の動き出しを変えてみる。さっきの映像は多分調子付いた際の油断が生んだ隙を突かれたのだ。やられてしまう光景まで見えるとは精神が病みそうだが、これはかなり良いことだ。この瞬きの間に何度でも試すことが出来る。
右から攻める。左から攻める。上から攻める。潜り込んで、遠距離で、フェイントを入れて……その後、十通りほど試して気付く。未来が変わらないことに。
「え?……あれ?嘘……え?」
脂汗がにじむ。
予知は示したのだ。
銀爪はここで死ぬと……。
「……覚悟は良いか?銀爪っ!!」