第二十話 流血の先に
銀爪がキレた。
今までは不安定になる前に物に当たったり、他者を殺したりして何とか精神を保ってきたが、眼前の敵は一筋縄では行かない最強の戦士たち。
ドワーフに放った攻撃以外は決定打にならず、逆に血を流した最悪の展開。訓練ですらかすり傷の一つも負った事がない銀爪にとってこの事態は許せなかった。目をギラギラさせて殺す対象たちを見渡す。
四人の中では一番若いヒューマン、傷付いたくせに立ち上がるドワーフ、鬱陶しいデカブツ、そしてこの傷を付けた雌アニマン。
「……テメーらはここで死ぬ……ああ、そうだ。跡形も無くなぁ……」
一人で頷きながら自己陶酔している。頭に血が上りすぎて脳内麻薬に浸っているのが見て取れた。銀爪の奇妙な言動に恐怖を感じつつ、いつ動かれても対応できるように身構える。先ほどの雰囲気とは一線を画す魔力の放流に気を取られ、正孝は一瞬集中力が切れる。
「……おいっ!」
ビクッと体を揺らした正孝は声のした方を横目で見た。
「……馬鹿が、あいつを見てろ……ビビんのは分かるが常に気を張れ」
ガノンは正孝に目もくれずに一喝する。この空気の中にあって周りが見えていることに驚きだが、助言がガノンから出たことにも驚いた。”狂戦士”という二つ名が付くほど危険な男は、その実対局を見極めて行動しているということだ。
「さっきとは格が一つ違うのぅ……こりゃ力を合わせんとどうしようもないぞい」
アウルヴァングも一発殴られただけあって警戒も人一倍だ。いつもなら率先して攻撃を仕掛けてヘイトを集めるところだが、ことここに至っては協力の要請を持ちかける。今度のは殴られて失神では済まないからだろう。有効打を与えたルールーも手をこまねき、銀爪の動き出しを常に観察している。
互いに膠着状態が続く中、真っ先に動いたのは銀爪だ。バッと勢いよく体を開き、体から放出する魔力を手にかき集めると、無造作に魔力の衝撃波を飛ばした。
「「「「!?」」」」
銀爪自体が来ることを想定していた四人は、この遠距離攻撃に若干驚く。正孝、ルールー、ガノンが避けることを選択する一方、アウルヴァングは対抗することを選ぶ。雄叫びを上げながら斧を振り下ろすと、斬撃が空中を切り裂いて向かってくる衝撃波と交わる。
「何やってんだ!避けろ!!」
ガノンは大声で危険を知らせるが、既にかち合った衝撃波の応酬は止める事が出来ない。アウルヴァングの斬撃は瞬き一つの間打ち合っていたが、途中で完全に打ち負けて消失し、アウルヴァングに迫る。
「ぬっ!?」
一気に窮地に立たされたアウルヴァングだったが、間一髪のところで真横に飛び、緊急回避に成功した。銀爪の衝撃波の前には人類最高峰の斧の技も為す術が無い。完全に隙を与えたアウルヴァングだったが、銀爪がその脚を使って追撃をすることはなくなっていた。その代わり、先の衝撃波を目一杯飛ばしてきた。
「ぬおおおおっ!!」
アウルヴァングは普段機敏に動く事がない体を、転がったり安全地帯に飛び込んだりと無様に跳ねる。ルールーもガノンも正孝も何とかギリギリで避けつつ、銀爪の方を見る。
(野郎……近寄らせねぇ気か……!?)
銀爪との戦いでどうにか拮抗出来ていたのは銀爪が接近を許していたからだ。近寄れなければ自慢の剣も斧も拳も当たることはない。
「チィッ!!燃えろォォォッ!!」
正孝は攻撃の合間を縫って何とか反撃に出る。凄まじい業火で空気を焼くが、銀爪の魔力に阻まれて吹き飛ばされた。
「……っだよあれ!!層が厚すぎて突破できねぇ!!」
正孝は避けながら悪態をつく。
「イヤ、ソノママ攻撃ヲ続ケロ!!」
「ああ!?何で!?」
「良イカラ!!」
ルールーは正孝に炎を出すように告げる。よく分からない正孝はとにかくヤケクソで火を放つ。銀爪の攻撃を避けながらなのでまばらではあるが、正孝はさっきより積極的に攻撃を繰り出していた。
「クソが!オラァ!!」
「無駄だ無駄だ!!テメーら糞虫どもはこの俺に二度と触れることは出来ねぇんだよ!!」
魔力の衝撃波は絶えず飛んでくる。銀爪の魔力が枯渇するか、こちらが死ぬかの戦い。
そこでガノンはある事に気付く。
(……そうか!ルールーの奴考えたな!)
正孝の攻撃は銀爪に当たることはないが、注意を引きつける事に成功していた。銀爪も単純な性格ゆえ、攻撃が来ると攻撃に対処しようと少なからず考えてしまう。その結果本来こちらに飛んでくる攻撃は正孝の炎に優先され、ほんの少しの隙間が出来ていた。
現にルールーはほんの少しずつだが衝撃波の合間を縫って前に出る事に成功している。これに気付いたガノンも同様に前に出られる。正孝はよく分からないままヘイト管理に回され、アウルヴァングは俊敏性の無さが仇となり、二人とも討伐する気概はあっても近寄ることが出来ない。
しかし、これもまた銀爪との戦いに大きく貢献していた。徐々に近付く二人と、攻撃しながら避け続ける二人。攻撃にリソースを割く銀爪はこの中で一番先に倒れそうなドワーフと、攻撃を仕掛ける正孝に夢中になってガノンとルールーを見逃しがちになっていた。肉迫出来れば攻撃ができ、ひいては勝利の道筋も見えてくる。
そんな希望が見えた気がした。
ボッ
「なっ……!?」
「クッ!!」
ガノンとルールーは近付いていた距離を一気に離される。魔力による攻撃はガノン達が来ることを予想していたように突如軌道を変えて地面を抉った。
「浅いんだよ!テメーらの考えはよぉ!!」
横薙ぎに手を振るうと縦の攻撃から一転、全方位を埋め尽くす衝撃波が飛ぶ。その攻撃に対処出来たのはルールーと正孝。バッと体を低く保ち、魔力の塊を潜る事に成功する。アウルヴァングは元々無様に転がっていたので大丈夫だったが、後方に飛び上がっていたガノンはまともに食らう事になる。
「オラァ!!」
魔力の衝撃波に対して大剣を振り下ろす。バギィンッという硬質な音が鳴り響き、ガノンの大柄な体が吹き飛んだ。背後にあった建物まで運ばれてその壁にめり込む。
「がはっ……!!」
全身を強かに打ち付けて白目を剥く。丈夫な筋肉、丈夫な骨、化け物じみた耐久力を持つガノンですら体の軋みを感じるほどの威力。
「はははっ!!まずはテメーから……!」
ガノンに追撃をしようと魔力を溜めた時、妙な違和感を感じる。今まで感じたこともない野生の勘と呼べるような感覚。
その違和感は頭の上から来ていた。上を見たいがその暇はなく、追撃したいのにそれどころじゃない危機察知。そして見える幻視。この戦いよりもっと前に戦った翼人族が頭上から槍を掲げて真っ直ぐに急降下してくる。
(あれ?殺したはずじゃ……)とか(何だこの映像)など頭に浮かぶ「何故」を振り払い、銀爪はバックステップでその場から離れた。
チュドッ
するとどうだろう、今見た映像の通りアロンツォが頭上から攻撃を仕掛けていた。
「!?……バレていたか……?」
アロンツォはここぞというタイミングを見計らって銀爪に特攻を仕掛けた。完全な死角からの攻撃は銀爪の首を易々と貫けるほど完璧だったはずだった。が、そうなる事はなく、アロンツォ自慢の槍は地面にクレーターを作るだけに留まった。アロンツォが降ってきてくれたお陰で攻撃が止む。
(……勝機!)
ルールーは低い姿勢から素早く行動し、銀爪に向かって双剣を振るう。そこで銀爪の目に映ったのはルールーの攻撃の軌道。走り出しから切りつけるまでの流れが、まるでコマ撮りのように見えた。全く意味が分からず剣の軌道から離れると、ルールーはその軌道に合わせて剣を振るう。
銀爪はそこに既にいないので空振りに終わるわけだが、その後も次々に繰り出されるであろう軌道が読める。剣の軌道に体が触れないように下がると勝手に避けられる。突然最小の動きで避けられ始めたルールーは危険を感じて後方に飛びのく。しかし、ルールーの後方ジャンプに合わせて、銀爪が同じ距離を保ちながら前に出てきた。驚いたのも束の間、銀爪はルールーの顔を鷲掴みにして地面に叩きつけた。
双剣を捨てて全力で後頭部を守るルールーだったが、地面にめり込むほどの一撃に耐え切れずに気絶してしまった。
「ルールー!!」
アウルヴァングはルールーが殺されると思い、斧を持って突撃する。
「このぉっ!!」
ブンッと横薙ぎに振るうが、銀爪はまるで何事もないかのようにそれを避けた。正孝も攻撃しようと考えた時、銀爪に止められる。
「やめろ。今は攻撃をするな」
その言葉に手をかざしたままピタリと止まる。一瞬命乞いかとも思ったが、不思議そうな顔で手を眺めている。なにやら不気味な感じに手が出せないでいると、銀爪は堰を切ったように笑い始めた。
「……っはははははは!これかぁ!!これが特異能力って奴か!!親父はこんなもん持ってたってのかよ!!ははは!全く手が出せなかったわけだぜ!!」
突然わけも分からないことを言い出す銀爪に若干引きながら様子を見る。ひとしきり笑った後、ゆっくりと敵を見渡す。その目は爛々と輝いて、好奇心を満たそうとする子供のような雰囲気を漂わせた。
「ククク……未来予知か……俺の時代来たなぁ、これは……」




