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第十四話 崩落の足音

 ラルフたちが降り立ったのは街並みの整った比較的綺麗な場所だった。と言っても外壁が崩れたり、窓が割れていたり、偉い人と思われる胸像が壊されていたりと争いがあったことを思わせる光景だった。

 ミーシャは無残に倒れてしまった胸像を難なく持ち上げる。その顔は見慣れたドッグタグを付けた筋肉過多の偉丈夫。ゼアルの剣に倒れた亡き第七魔王”銀爪”の像。


「こんなものが作られるくらい人気だったんだ……」


 ミーシャは銀爪の顔をまじまじと見る。


「見てよ銀爪、これが今のお前が作った国だよ。息子に継がせるなんて馬鹿なことしたよね……」


 しみじみと言っているが、死人に鞭打つ行為にラルフも困り顔だ。


「おい、やめろって……せめて「この戦争は私が止めるー」とか「後は任せてー」とかそういうポジティブなのにしろよ……」


「?……別に私たち戦争を止めに来たわけじゃないよ?」


「いやまぁそうだけど……なんかこう。死人に追い打ちを掛けるようなのはさ、違うと思うのよ俺は」


 ミーシャの天然な感じに頬を掻きつつ指摘する。「ふーん」とミーシャは胸像をポイッと投げ捨てた。「あっ、もー……それそれぇ」とラルフはミーシャの言動に文句を垂れる。


「さて、ミーシャ様。何処に参りましョうか?あノ人狼(ワーウルフ)に接触すルなら有象無象が集まっていル城に行くノがヨろしいかと思いますが?」


「戦争の最前線に?……危険ではないでしょうか……?」


 ベルフィアの言葉にブレイドがそっと物申す。チラリと見た視線の先にはラルフの姿があった。ようやく装備を充実させたからと言ってラルフがこの中で一番弱い事に変わりない。


「何、心配ない。そうヨなデュラハン共」


 メラもティララも舌打ちしそうな程顔を歪めて「ええ」と肯定する。デュラハンの役目はラルフの護衛だ。それ以上でもそれ以下でもない。ラルフの行く先について行き、必要に応じて戦う。元々敵だったことを思えば護衛を任せるのは不安が残るが、彼女たちは”血の契約”によってベルフィアには絶対服従だ。


「だ、そうだ。何ノ問題もない」


 ブレイドは複雑な表情を作りながらも頷く。アルルはブレイドの肩をポンと叩いた。


「大丈夫よ。それこそ私たちよりずっと経験が上なんだし、逆に私たちが万が一の事がないようにしなきゃ」


 ラルフばかりではない、自分達の方が危険の可能性もある。デュラハンの盾もない。常人の三倍以上強くても命の危険があるのが戦争なのだ。そんな話を薄っすら聞いていたラルフは達観した二人に敬意を評した。


「全く……出来た子達だよな……よしっ!グダグダやってても始まらないし、城に行こうぜ」


「おーっ!」


 ミーシャ達八人は戦争に行こうというのに、場違いなまでに呑気に歩き出した。そんな八人の到着を知らないカサブリア城敷地内は騒然としていた。当然だ。銀爪はオルドが伝えていた禁忌を破り、ついに国民を攻撃し始めたのだ。国の修復はこれにより絶望的となったのだが、銀爪は戦闘が解禁された今の状況に心の底から喜んでいた。


「……はぁ、何ビビってたんだ俺は……ちっと捻りゃあこのザマだ。はははっ見ろ翼人族(バード)!テメーにこんなことが出来るか!!?」


 銀爪は高笑いしながらアロンツォに振り向く。城壁の外に逃げたアロンツォは穴から敷地内の惨状を見る。


「ふーむ、余には不可能であるな。敵ならまだしも守るべき民を虐殺するなど、正気の沙汰では無い」


 冷ややかな目で銀爪に視線を移す。その鋭き猛禽類の様な目をしたアロンツォに、銀爪が癇癪で殺してしまったビルデ伯爵が重なる。自分を非難して王の座から引きずり下ろそうとした不届き者。


「気に食わねぇなぁ……」


 アロンツォは確かに強い。しかしその強さは戦ってみて分かったが自分には遠く及ばない。銀爪はその手にまたしても強力で強大な魔力を溜める。


「その目ん玉ぶっ潰してやるよ」


 ズアッ


 迫る魔力の衝撃。アロンツォは今度はじっと観察していた。そしてススッと軽やかな足運びでほんの少し動くとそこにとどまった。ズンッと凄まじい力が地面とすぐ側の壁を抉る。しかしアロンツォは全くの無傷。放たれた魔力の隙間を見つけて最小の動きで避ける事に成功した。


「テメー……」


 国民に使用した攻撃の痕を見て隙間がある事を見抜いたアロンツォは挑発も兼ねてこの様な行動に出た。


 ズガンッ


 銀爪は城壁を蹴ってアロンツォに突撃を仕掛ける。まともにぶつかるのは瞬時に危険と判断したアロンツォは一気に空に飛ぶ。銀爪は一度地面に下りるとアロンツォを追う様に垂直に飛び上がる。


(速いな……)


 アロンツォから攻めていたので今改めて気づいたが、銀爪の身体能力は人知を超えている。それでも完璧に銀爪の攻撃を全て去なす。野獣の様に真っ直ぐなだけの攻撃は、いくら速くてもアロンツォレベルの戦士には効くはずがない。攻撃の軌道が丸見えだ。

 だがそんなアロンツォでもカウンターを放つのは至難の技だった。一瞬でも気を抜けば死ぬだろう。ここだと思えるところが見つかった時は容赦無く攻撃すると考えたその時。


 バシュッ


 銀爪の爪がわずかに額をかすめる。皮膚が切れた上、頭を殴打された様な一撃にアロンツォの視界がブレる。


(しまった……!)


 こうならない様に集中していたのに、カウンターを入れる事を考えたわずかな隙がこの一撃を許した。致命傷では無いが、次の攻撃は避けられないだろう。アロンツォは左手で自分の羽根の一枚を取ると銀爪の顔に指で弾く様に投げる。


「はっはぁっ!もらったぁ!!」


 調子に乗って攻撃を仕掛けようとした時に右頬に羽根が刺さった。


「!?」


 チクっとしたのに驚いた銀爪は咄嗟に顔を守ろうとしてアロンツォへの攻撃を外した。狙っていたことが上手くいき、お互い危険を感じて間合いを開ける。額の傷から血が吹き出して目に入るが、拭う暇もなく銀爪を見る。銀爪は自分の顔に当たったのがアロンツォの羽根だった事に気づいて舌打ちする。


「千切れた羽根が偶然当たったか?運の良い野郎だ……」


 あと一撃というところを運で回避されたと思った銀爪は自由落下に身を任せながら攻撃の仕方を考える。


「……めんどくせぇ!吹き飛べ!!」


 手に魔力を溜めて解き放つ。指を振った形に飛んでくる衝撃波は交差していて、さっきの最小の動きで回避とはいかない。羽ばたいてさらに上昇し、上へ上へと逃げる。


「馬鹿が!そんなもんで逃げられるほど俺の魔力はやわじゃねぇぜ!!」


 雲の上まで上昇したアロンツォは雲の陰に隠れつつ急加速で横に逸れる。銀爪の魔力は雲を突き抜けてさらに上昇を続けた。脳震盪の痛みから完全に復活していないアロンツォは隠れながら回復に専念する。敵の陰を完全に見失った銀爪はそこで興味を失い、次の獲物を求めて歩き出した。



 グシャッ


 その音は城の廊下に響き渡る。

 陶器の様な白い器と、それに詰まった肉の塊はひき潰されて辺り一面を血の海に変える。オルドの怪力が虎の魔獣人の頭を握り潰したのだ。一進一退の攻防が繰り返されていたのか、辺りは瓦礫と血と肉で染められていた。

 結果はオルド一人に対し、王の護衛(ロイヤルガード)が全滅。廊下の突き当たりにはジャックスが壁にめり込んで死にかけていた。もちろんオルドも無事に済まない。身体中切り傷だらけで自慢の角も一本折れたし、左手もあらぬ方向に曲がって腕の骨が飛び出している。外からは見えないが内臓もかなり損傷していた。まさに満身創痍。


 めり込んだ壁からジャックスが抜け出して床に手をつく形で着地する。


「……フンッ、気絶シテレバ良イモノヲ……」


 オルドは動かなくなった肉の塊から手を離してジャックスを睨みつける。ジャックスはゴホゴホ咳払いをしながら口から血を流す。呼吸器系を傷つけたのだ。二人とも長くは保たないだろう。


「ハァ、ハァ……アンタガ死ネバ……俺達ノ……ガハァッ……ハァ、勝チダ……!!」


 ほとんど動かない手足を無理やり上げながら構える。オルドはそれに対して仁王立ちで迎える。


「言ッタダロ……俺ガ死ンデモ ジュニア ガ生キテイレバ旗頭ニナル。俺ノ死ハ決シテ無駄ニハナラン」


「コッチモ……言ッタハズダ……ハァ……アレニ、旗頭ノ価値ハ……無イ……ハァ、ハァ……」


 ジャックスは今にも倒れそうに息継ぎをする。もう一度膝をつけばそのまま死ぬほどに消耗している。


「モウ休メ。オ前ニハ止ドメヲ刺スマデモ無イ……無イガ、立チ塞ガルナラ容赦ハセンゾ?」


 のっしのっしと無防備に歩くオルド。その言葉通り立っているのもやっとなジャックスには意識を保つのすら難しい。


「……オルド戦士長……貴方トハ……タ、戦イタク……無カッタ……」


「アア、ダロウナ……」


 力の差があり過ぎて嫌になるというものだ。一対一ならとっくに死んでいた。しかし戦いたく無いのはそんなチャチなことでは無い。オルド戦士長を信頼していた。英雄視し、尊敬していた。この人に成りたいと努力し、その内に達人と呼ばれる領域に到達した。


「本当ニ……戦イタク無カッタ……」


「……問答ハ終ワリダ」


 オルドが右手を前に出しながらジャックスに近づく。ジャックスは細く長く息を吐きつつ最後の息を整えた。


「フゥゥゥゥッ……コノ技ヲ、貴方ニ捧ゲマス……」


 御構い無しにオルドが間合いに踏み込んだその瞬間、ジャックスの目が鋼の輝きを取り戻す。


「……”疾風怒濤(しっぷうどとう)”オォッ!!」

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