第十三話 吹っ切れた脅威
「激化してるじゃ無いか……」
ラルフは魔法で映写された戦争の様子を見ながら頭を抱える。
予定通り三日で到着したところ、目に見えるほど大きく火柱が上がって驚いていた。望遠魔法でくっきりと映し出された戦いの爪痕は凄惨という言葉に尽きる。この積み上がった数ある死体の中にジュリアがいても何ら不思議はない。
カサブリアに向かう前のベルフィアの「行くだけ無駄では?」という意見が頭を過る。ふと前にも同じような事があったのを思い出した。それはゴブリンの丘でのベルフィアの一言だ。あの時から一つも成長していないことの表れではないだろうか?ベルフィアも「それ見たことか」といった顔で鼻を鳴らしている。
「まだ生きてると良いけどね」
ミーシャは凄惨な光景を見ながらまるで他人事のような口ぶりで何気なく呟く。ミーシャの周りは今にも戦いそうなほどガチガチに鎧を着込んで剣も帯刀しているというのに呑気なものだ。
昨日からどうも闘争の空気を感じていたアスロンはベルフィアに報告し、デュラハン達に騎士衣装で望むことを促した。その為ここに集まった九体全員が鎧を着込んでいる。その中の三体、長女のメラと八女のティララ、そして十一女のイーファが同行する。この三体は一応デュラハンの剣の腕前トップ3。長女が一番強く、その下にティララ、イーファという順だ。他の六体と非戦闘員のウィーはお留守番である。
ブレイドとアルルもカサブリアに降り立つ為の準備をしていた。ラルフもお留守番……と言いたいところだが子供二人が戦火に飛び込むのに自分が行かないのは気が引けるし、何より言い出しっぺの自分が知らぬ存ぜぬを決め込むのは流石にどうかとも思った為だ。最近ウィーに新調してもらったダガーナイフに触れながら色々考えていた。
「浮かない顔しとルノぅラルフ」
ベルフィアが横から話しかける。それに気付いたラルフがダガーナイフを腰の鞘に差しながら頭を振る。
「いや、何でもない……事もないな。ジュリアの事が心配ってのもあるけど、戦争なんて真っ平だって思ったんだよ。単純に死にたくないだろ?せっかく境界線引いて領地を確保してんのに、それをわざわざ侵してまで戦うなんざ馬鹿げてる。大体魔族と俺達人類が話合わないのがそもそもの間違いじゃないのかよ」
側で聞いていたミーシャがふとラルフに反応する。でも質問の答えが見つかる事なくそのまま沈黙した。それを見てベルフィアが苦笑まじりに答えた。
「……それを考えタノがそちだけだと思うノか?そちが知らんだけで数多くノ著名人が考えタとは思ワんか?そして実行に移しても何も変ワらんかっタから永遠ノ戦争となっておルんじゃろうが。何を今更……ふっ、そちノ事じゃ、既にそノ過程を想像し、結論に行き着きながらも言ワずにおれんかっタんじゃろうが……」
行く前からお通夜の様な妙な雰囲気になる。ブレイドには特にその言葉は刺さった。自分の種族はここに居る者達と比べればかなり特殊だ。
半人半魔という異形。人族であり魔族であるこの体は、永遠の戦争に矛盾している。それを察してアスロンが口を開こうとした時にイーファが被せた。
「やる前から答えの出ないこと言って煙に巻くのは、やりたくない事に対して駄々を捏ねる行為と同じですわ。ラルフの意見を真面目に聞かない方がよろしいかと」
その発言はここにいる全員を納得させるだけの力があった。と言うよりラルフはちょくちょくこの手の煙に巻く手法を日常的に使ってなぁなぁにしている癖がある。三日という短い間ではあったが、イーファはラルフの付き人の様なことをしていてよく理解していた。
「……ラルフ」
ミーシャが訝しい顔でラルフを見る。戦争に関する疑問を素直に心から思っていた事だとしてもこれを擁護する味方はいない。
「……あの、はい……そろそろ、行こうか」
自分を擁護したところで負けは濃厚なので諦めたのだが、ラルフのこの反応も良くない。今の戦争社会に一石を投じたつもりが、単に駄々を捏ねて行きたくないわがままな奴に変わった瞬間だった。イーファは当然の事を言った顔で澄ましているが、姉妹的に見れば妹が男を経験してすっかり変わってしまった様に見えた。
「イーファ……貴女……」
メラはそれ以上言うまいと口を閉ざす。イーファの達観した雰囲気に妹を守れなかった不甲斐なさを感じたから。ティララの方は潔癖症な一面があるので妹のその振る舞いに嫌悪を抱き、ラルフに対する目は排泄物でも見る様な目に変わっていた。
「ん〜……それでどうやって降りるんです?いつもの様に浮遊魔法で徐々に降りるとかですか?」
アルルは槍を振ってアピールする。
「ま、それしか無いでしょ。侵入も外からしたし、飛んでいくしか無いよね?」
ミーシャならひとっ飛びで行けることは間違いないが他は違う。第一デュラハンたちはどうやって地上に降りていたのか気になるところ。
「それには及びませんミーシャ様。そうじゃな?アスロン」
ベルフィアが声をかけると「うむ」と頷いた。
「この要塞には外出の為の転移装置が付いとる。地上まで難なく降り立つ事が可能じゃ。帰還に関してはここの元主人が使用していた杖が鍵になっておる。帰る時はベルフィアさんが連れて帰るから安心せい」
「なるほど、ベルフィアが連れ去られたのは転移によるものだったのか……」
ラルフは当時のことを思い出して一人納得していた。
「それじゃあ、どこに降ろそうかのぅ?どこも安全とは……言い難いが」
*
「?」
歩は自分の感知に引っかかる何かに注視する。それはなんと言うか場違いなまでに強大で、圧倒的な存在感だった。
「……なんすか?……どうかしたんすか?」
その表情に不安を感じた茂が声をかける。「いや、あの……」と吃る歩に被せる様にゼアルが声を上げる。
「アロンツォが攻撃を仕掛けた!私たちも続くぞ!」
シザーを倒したゼアルは剣を掲げて前方を見る。皆その指揮に従って城を目指して侵攻を開始した。
城を飛び出したアロンツォは空中で銀爪に攻撃を仕掛けるも、自分の領域だと言うのに全て回避される。体を捻ったり回転したり、相手の動きを見ながら反撃を見送り、観察に専念する銀爪。着地してからは両者共にさらに速度を上げて攻防を繰り広げる。
城門に避難していた魔獣人たちもその姿を見て驚き戸惑った。城に篭ってばかりだったのにいざ動くと凄まじいまでのキレを見せる。戦闘だけなら父親より、誰より上だ。
「ハハッ!中々やるじゃねぇか!アニマンの間抜けに比べたらテメーの方が殺り甲斐あるぜ!」
「反撃がないな。ただ避けるだけか?」
息一つ乱さず動き続ける。銀爪は軽やかな動きで壁際に移動する。壁際に追い詰めたと考えるアロンツォは技を使用した。
「槍技”風の牙”」
アロンツォが踏み込んだその瞬間に無数の刺突する槍の穂先を幻視する。その一つ一つに魔力が含まれ、長年培われた技術と合わさり、たった一人に使うには惜しいと思えるほどの凄まじい衝撃波が襲う。
嫌な空気を感じ取った銀爪はその衝撃が届く直前、直感的に危険を察知して本気で真上に飛ぶ。なんとか回避に成功したが、放たれた壁は言うまでもなく大穴が開く。
ズガァッ
アロンツォの握る細い槍が物理的に不可能な穴を開ける様子は見るものを恐怖させる。もしあの壁が自分だったら、ここに遺骸が残っていたかも怪しい。
「ハハハッ!良いねぇ!!面白くなってきた!!」
銀爪は両手を広げて魔力を高める。アロンツォは城壁に登った銀爪を見る為に背後を確認しながら後退する。銀爪もアロンツォを確認するとさらに魔力を高めた。
「おや?良いのか?ここで放てばそなたの国民も巻き込むことになるが?」
まさにその通りだ。興奮から気付かなかったが、アロンツォの背後、城の前にはアニマンと白の騎士団から逃げ延びた魔獣人たちの姿がある。攻撃すればオルドに言われた「国民を攻撃するな」という事に反する。
「……だからどうした?」
銀爪の顔はニヤリと醜く歪む。
「俺の国民は俺に反旗を翻したりしない。従ってこいつら全員俺の敵だ」
「ほう?孤独の王か。……それは王なのか?」
アロンツォは困惑気味に自分で言ったことにツッコミを入れる。
「……死ね」
両手を交差させると不可視の衝撃がアロンツォに迫る。本当に攻撃してきた事に多少の驚きこそあったがアロンツォは冷静に対処する。自分で作った壁の穴目掛けて一瞬で前進し、壁を潜って門外に飛び出す。背後には悲鳴と城の崩れる音が聞こえ、地獄の様相を呈す。
「気ん持ちぃぃぃ……!」
我慢に我慢を重ねた国民に対する不満はここで一気に解消した。国民も国民で誰を相手に戦っていたのかを思い知る。恐怖のあまり固まっていた数十の魔獣人はバラバラになり、城の瓦礫に埋もれて無残な最期を遂げていた。それも自分達の王の手によって。
逃げ場を失った魔獣人たちは絶望と恐怖で動けなくなっていた。泣いて謝っている魔獣人もいるくらいだ。その様子を建物の陰で見ていたジュリアは目をギラつかせていた。
「ヤリヤガッタワ……兄サンノ予想通リダッタワネ」
国民が蔑ろにされ、銀爪についている部下もこっちに寝返る。そこまでは良いが、この力の差は想定外ではないだろうか?こうなればカサブリアを捨てるくらいじゃないと魔獣人の行き場所がない。
(今アッチハドウナッテルノ?シザーサンカラノ指令ハマダ何モ……トリアエズ兄サント合流ヲ……)
スンッ
その時感じた臭いは先日嗅いだばかりなのに遠い昔のように懐かしい臭いだった。距離はずいぶん遠いが、何故かふと香ってきた。
「嘘……コノ臭イハ……ラルフ?」