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第十二話 因縁

 ガキィンッ


 魔獣人の猛攻をあらかた防いだガノンは大剣を地面に突き刺して肩で息をしながら疲れを癒す。アウルヴァングもルールーも正孝も手を止めて周りを見渡す。魔獣人とアニマンの死体が折り重なり、血と狂乱の宴は今なお続いている。

 だがこの四人に近付く者はいない。少しでも多くの戦果を上げる為にはこいつらと戦ってはいけない。やるべきは戦争であって自殺ではないからだ。魔獣人が攻めて来ないのを良い事に正孝が口を開く。


「……よう、何人仕留めた?」


 正孝は早速勘定に入る。アウルヴァングは指を折って「ひー、ふー、みー……」と悠長に数え、少し考えるように首をかしげる。


「……三十……七じゃな」


「そんなにか?あんたの所の獣は少なく見えるんだけど、ちゃんと数えたのか?」


「おいおい、良ぅ見ぃ。細切れになっとるが、それもこれも違う獲物じゃよ」


 ゲシッと足で魔獣人から切り離された腕を蹴る。正孝はヘラヘラしながらルールーを見た。


「あんたは?」


「イチイチ数エンワ。……イヤ……マァ、強イテ言ウナラ四十二体グライ……」


 賭けは三人が勝手にやっていた事だったが、ルールーも気になって密かに数えていたようだ。


「負けず嫌いじゃのぅ。おぬし儂に勝つつもりか?」


 倒した数をサバ読んだと思ったアウルヴァングはルールーに威嚇するように上目遣いで睨みつける。ハンッと鼻で笑ってルールーは顔を背けた。


「因みに俺は四十五だな。あれ?何だ俺の勝ちじゃん?」


 勝ち誇る正孝。アウルヴァングは焦ったような顔をして正孝を見る。


「何じゃと?!そんなはず……!」


「何なら数えてみるかい?俺の獲物は焦げてるからあんたらより数えやすいぜ?」


 ぐぬぬっと口がへの字に曲がる。自分が一番狩れていない事実に悔しくて地団駄を踏んだ。それもこれもガノンがほとんど横取りしたせいだ。ガノンに集まった人数は総数で百は下らない。身体中に傷はついているものの、その分多く狩れている。一縷の望みもないがアウルヴァングはガノンにも声をかけた。


「ガノン!おぬしはどうじゃ!」


「いや、ジイさん。あれに勝とうなんて、そりゃ無理ってもんが……」


 正孝は呆れながら呟く。ガノンは肩で息をしているばかりで声が届いていない。今一度「ガノン!」と呼びかけるとようやく気付いたのか振り返った。


「……あんだぁ?」


「最初に賭けを振ったのはおぬしじゃぞ!?儂らは数を出したから次はおぬしぞい!」


「は?……ああ、賭けか……」


 ガノンは今思い出したと周りをキョロキョロ見る。魔獣人の死体を見ながら「あー……」と気の抜けた声を出して、困ったように正孝、ルールー、アウルヴァングの順に顔を見ていき「……百ちょっと……くらい?」と答えた。


「何じゃ!その曖昧な答えは!……おぬしもしや、数えとらんかったんか?」


「違う!数えてた!……最初の二十体は……」


 どうやら戦いに集中しすぎて賭けの事をとんと忘れていたようだ。


「じゃあ俺が一番だな」


「……ああ?何でそうなる?一番殺したのは俺だぜ?」


「賭けた以上、数を数えてませんじゃ通らねぇだろ」


 正孝は呆れた顔でガノンを見る。


「確かにの。数えとらんかったおぬしの落ち度じゃな」


 乗っかるアウルヴァング。


「ワダシニハ関係無イガ、一理アルト思ウデ」


「て、手前ぇまで……」


 ルールーも流し目で賛同した。味方を失ったガノンは吠える。


「……クソ!アリーチェ!!どこだ!いつもはあいつが代わりに数えんだよ!!」


「あの女なら後方支援組にいるだろ。つか女に頼んなよダッセェな」


 言われたい放題である。この中で間違いなく一番敵を倒したのはガノンだし、それは間違いない。が、審判もいなければ数も自己申告のこの賭けは、文字通り倒した数だけが唯一の裁定箇所。ちょっと盛ったところで分かるはずもないものの、数を一桁までキチンと刻まない場合は無効と言われても仕方がない。

 言い出しっぺの自分が一番敵を屠っておきながら、周りの総意で失格となり勝手に負けとなる。ガノンは言い返す事が出来ずに肩を落とした。


「良き酒を期待しとるぞ!」


「……このクソジジィ……」


 ガノンの気がアウルヴァングに向いたその瞬間。目の前で倒れていたはずの熊の魔獣人が突如立ち上がり、ガノンを襲う。完全に油断していたガノンは剣を取ろうと手を伸ばすがワンテンポ遅い。その豪腕についた爪がガノンを襲う。


 ドッドドッ


 その音と共に魔獣人の頭と胸に計三本の矢が突き立つ。中々の高威力にノックバックして後方に倒れた。


「いやぁ……危なかったですね。お怪我はありませんでしたか?」


 声の先にはハンターが弓を構えて立っていた。流石の弓矢の腕は寸でのところでガノンを救った。


「いやぁん!流石ハンターさぁん!」


 美咲は発情した猫のような雰囲気を漂わせながらハンターを褒め称える。ハンターはそれに少し困り顔だ。


「ちっ……余計な事を……」


「そこはありがとうでしょ」


 ハンターと美咲の後ろにアリーチェが見えたところで後方組が到着したことに気づく。人類側がかなり押している。魔獣人は数を減らしつつ一時撤退していくのが見えた。先ほどまで内紛で攻撃していたはずの城が今は避難所の様に見える。籠城戦は時間が掛かるから逃がしたくはないが、無尽蔵に思えたガノンの体力も消耗していて不意打ちを許すほどだし無理をしていいこともない。


「いやぁ、あらかた片付いちゃいましたねぇ」


 茂は軽口を叩く。ひょいひょいと屍の上を歩いて、時には露骨に汚い物を見るような目で遺骸を蹴飛ばす。ニヤニヤしながら近づいてくる茂を見て正孝は苛立ちを覚えた。


「おい、茂。てめ何処居たんだよ。ビビって後ろで震えてたんか?」


 正孝は責めるような口調で詰め寄る。「いや、ビビるとか。そんな事……」と言い訳がましく目を逸らすが、胸倉を掴まれて動けなくなる。


「……俺にやらせてサボってたんか?マジ使えねぇ野郎だな……」


 今にも殴る寸前のその様子にアウルヴァングが止めに入る。


「喧嘩はやめんか。ここは戦場ぞ?後でやれ後で」


 その言葉に掴んだ胸倉を投げるように離す。茂はヘコヘコしながら「……すんません」と呟いた。


「戦線が大分前進したな。怖いくらいに予定通りだ」


 ゼアルは内心もう少し手こずると踏んでいたがそんな事はなかった。紛争が起こっているお陰でもあるのだろうが、まともな指揮官がいないのだろうと察する。


「よし、このまま前進して……」


 そう言いかけた時、歩が声を上げた。


「ん?……何か上にいます!」


 その声に反応してみんな上を見る。それは太陽を背に飛んでくる翼の生えた人型の魔族。鷲の魔鳥人その名はシザー。


「ゼアルゥ!!」


 構えた槍から射出されたのは周りの水分を凝縮して、冷やし固めた氷の礫。まっすぐゼアルに向かってくるそれを難なく切り落とす。それだけなら前回アルパザで戦った時と何ら変わらないが、今回は決定的に違う事がある。


 ドドッ


「……がっ!?」


 それは戦力の差だ。ハンターはすかさず弓矢を放ってシザーの翼を射抜いた。速すぎる矢に目が追いついても体が追いつかず、そのまま地面に落下する。直前で何とか体勢を立て直して着地するが、羽の痛みでガクッと膝をついた。


「このまま射殺しましょうか?」


 ハンターは矢を番える。しかし、それをゼアルが制した。


「……私がやろう」


 シザーの前に立ったゼアルは本気の時に見せる突きの構えをシザーに対して使用した。構えを見たシザーの背中が凍るように冷たくなる。尊敬していたリカルド王に放った最強の剣術。それを今まさに自分に使おうとしている。


「来いシザー。決着をつけよう……」


「……覚えていたか、吾輩の名を……くくくっ……」


 シザーはゆっくりと立ち上がって羽を射抜いた矢を引き抜くと、地上戦用の槍術に体勢を切り替えた。左足を前に出して右足を下げ、槍の矛先を下に、石突きを上に上げた突きの構えで応対する。


「魔断のゼアル。積年の恨み、今ここで晴らす」


 残った魔力を全開に引き出して対峙する。一対一の張り詰めた攻防。この戦いを邪魔しようなんて無粋な輩はここにはいない。この瞬間、静寂が辺りを包む。何か音が立った時、両者は動き出すだろう。

 一体何の音が鳴るのか?何処かで今も戦う誰かの鍔迫り合いの音か、風に煽られた壁の一部が崩れて落ちた音か、はたまた誰かのくしゃみか。それは意外な物の爆発音だった。


 ズガンッ


 銀爪が住まう居城、その中程より少し上の部分が突如内側から破裂する。それに気付いたガノンがシザーとゼアルの戦いから目を切ってそこを凝視する。ここからでは良く見えないが、多分アロンツォが人型の何かを追いかけているように見えた。


「……野郎、抜け駆けしやがった……!」


 ガノンの気が逸れたその瞬間シザーが踏み出す。シザーの突きは完璧で美しく、当たればひとたまりも無いことを如実に物語っている一撃だった。ゼアルはその突きが来るというのに一切動こうとしない。


(不味い……危険だ……!)


 狩猟をする際の一種の興奮状態に入ったハンターは、シザーの動き出しからゼアルの表情の有無まで確認出来るほど動体視力が上がっていた。間延びした空間の中でハンターが危険だと思ったのは無理もない。槍の穂先が顔に当たる寸前でもゼアルは動いていなかったからだ。

 だがゼアルを支援できる機会はとっくに失われている。もし今矢を飛ばしてもゼアルの顔面に突き刺さった槍をなかった事には出来ない。


 その時不思議な事が起こった。


 ザンッ


 ゼアルが消えてシザーの後方に出現したのだ。もちろん顔にはかすり傷すら無い。先の突きの構えから、剣を振り抜いたような構えに変わっている。


「……見事」


 その言葉を最期にシザーの体はバラバラに崩れ落ちた。音は一つだったと思ったのにものの見事にバラバラになっているのを見るとそれだけの速度で動いたという事。ゼアルは細く長く息を吐いて構えを解く。シザーとの決闘はあっさりと瞬時に終了した。呆気に取られる周りの面々に気付いたガノンが吠える。


「……あ、くそ!見逃した!!」


 その言葉に一気に弛緩した空気が流れる。魔王すら屠るその一撃は見る事すら出来ない。ハンターはゼアルこそ白の騎士団最強の称号を持つに相応しいと確信した。もう笑うしかない。


「これは……確かに人類の希望ですね……」


 ハンターはゼアルを見て肩を竦めた。光弓の死により急遽最強の集団に名を連ねる事になったハンターは、荷の重さを感じながら遠い目で空を眺める。気持ちの奥底に少し現実逃避も入っていた。空に浮かぶ一輪の花が見えても、それは雲の形がそう見えただけの見間違いだと自分に言い聞かせる程に……。

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