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第十一話 恐怖と反逆の狭間で

 城の門付近に集まった虎の魔獣人部隊「王の護衛(ロイヤルガード)」。外では今も剣戟と喧騒が入り乱れ、戦いに備えている部隊にプレッシャーを与える。

 特にリカルド王を死に追いやった”魔断”がいるというのは恐怖でしかない。栄誉や復讐に駆り立てられても良さそうだが、命の方が大事である。チキチキと金属の擦れる音がそこらかしこに聞こえる。鎧の擦れる音。恐怖による震えだ。それを咎める者などいない。咎められる筈がない、全員が震えているのだから。


 カチンッ


 その僅かな音に身構えると同時にギギギッと門が開く。携えたハルバートを突き出し、いつでも斬るぞと脅しかけるが、現れたその姿に瞠目してしまってつい話しかけた。


「……キ、貴様ハ……!何故ココニ……!?」



 城の内部をのっしのっしと踏みしめるように、だが急ぎ足で銀爪のところに向かう。部屋の前に着くと銀爪がちょうど出てくるところだった。手には相変わらず酒瓶が握られている。


「……ん?オルドじゃねぇか。何だテメー、部下が戦っているのに帰ってきたのかよ」


「銀爪……ココカラ逃ゲルゾ」


 それは歴戦の勇士から出たとは思えない耳を疑う言葉だった。


「はぁ?何日和った事言ってんだよ。頭になんか湧いちまったか?」


 オルドは鼻息荒く顔を背けた。


「報告ガアッタ。オ前モ聞イタダロウガ、奴ガ……”魔断”ガコノ国ニ来テイル。相対スレバ無事デハ済マナイ。ココハ一度退避シテ……」


「馬鹿言ってんじゃねぇ!!そんな事したら……人間共を前に逃げたなんて円卓に知られてみろ!二度と上に上がれなくなっちまうじゃねぇか!!論外だ!そんなもん!!」


 銀爪は吠えながらオルドに酒瓶を投げつけた。頭で受けた瓶は粉々に砕け散り、中に僅かに残っていた酒をかぶる。そうされても文句が言えないほどに戦士としての誇りも何もない提案だ。

 一度失った信頼が元通りにならないように、逃げたという汚名はいつまでも付きまとう。それだけではない。銀爪の名ばかりか、魔獣人の存在すら軽んじられ、今後魔獣人の居場所がなくなってしまう可能性すらある。


「ソレガ何ダ!!」


 喉の奥底を唸らせる心胆まで響く声で銀爪を黙らせる。肩で息をしながら興奮するオルドだったが、細く長く息を吐いて自身を落ち着けると静かに話し始めた。


「……馬鹿ヲ言ッテイルノハ オ前ノ方ダ……今重要ナノハ、オ前ガ生キ残リ未来ニ繋グ事ダ。銀爪トイウ旗頭ガアレバ何度デモ再起出来ル」


「……つまりお前は俺が負けると思っているんだな?俺は親父の万倍強ぇんだぞ?考えるまでもねぇ、俺が”魔断”を殺せばそれで丸く収まるって事だ。簡単な話だな」


 銀爪は両手を広げてアピールする。銀爪の言っていることは概ね間違いではない。この男はカサブリアの歴史上一番強いと言って過言ではないからだ。オルドの懸念も”魔断”にある。”魔断”さえ殺せれば銀爪の名も魔獣人の尊厳も、そして亡き王の復讐すら果たせる。殺せればだが。


「……オ前ニハ何ガアルンダ?」


「……は?」


「特異能力ダ。何ガアルノカ聞イテイル。ソレ如何ニヨッテハ無謀トモ思エル戦イニ身ヲ投ジヨウ」


 魔法でもスキルでもない、この世界の理にすら干渉する「その者」に与えられた才能。神に祝福された能力。限られた極一部にしか与えられない強大な力。


「ねぇよ、んなもん。噂には聞いたが、本当に実在すんのかよ?」


 オルドはため息を吐いて頭を振る。呆れて物も言えないと言った感じだ。


「オ前ノ親父モ持ッテイタ。ソレデ魔王ニマデ成リ上ガッタト言ッテ過言デハナイ……」


「あったのかよ!どんな能力だ!?」


「今ハ オ前ノ能力ノ方ガ先ダ……イイカ?素ノオ前ガドレダケ強クテモ ソレダケデハ絶対ニ勝テンノダ」


 オルドは銀爪の肩を掴む。


「何デモ良イ!特異能力ダ!特異能力ヲ……無イナラ今スグニ発現シロ!!」


「無理だ!!知らねぇもんはどうにも出来ねぇ!!」


 オルドは何度か銀爪に揺さぶりをかけるが、頑なに否定し続けて最後にはオルドの手を振り払う。


「しつけぇんだよ!!俺が勝ちゃ良いんだからテメーは黙ってろや!!」


「……駄目カ……ヤハリ逃ゲルシカ……」


 悲嘆に暮れた顔でオルドが呟いた時、廊下の端からスッと人影が出る。その気配に気づいてバッと身構えるが、そこに立っていたのは人狼(ワーウルフ)。反乱軍の副隊長ジャックスだった。


「ジャックス……!?」


「ほう?いい度胸だなクソ犬。この混乱に乗じて城に単身で乗り込んで来やがったわけだ」


「勘違イスルナ、俺ハ正面カラ堂々ト入ッタ。コノ意味ガ分カルカ?」


 ジャックスが現れた廊下の角から門番をしていたはずの王の護衛(ロイヤルガード)がズラリと出てきた。


「!?……テ、テメーら……」


 ジャックスの後ろに着く虎の魔獣人はジャックスを攻撃、もしくは捕らえる事もせず、これから殺そうとするような冷徹な表情で銀爪とオルドを見ていた。


「オルド戦士長。先程カラ聞イテイタガ、幾ツカ言イタイ事ガアル……」


 ジャックスはスッと銀爪に対して指を差した。


「ソイツニ旗頭トシテノ価値ハナイ。俺達ガ反逆シ、国ガ崩壊シテイルノヲ忘レタトハ言ワサンゾ。生キ残ッテモドウニモナラナイ奴モイル……ソレガソイツダ。”魔断”ト戦ッテ死ンダ方ガ遥カニ役ニ立ツ」


「……言いたい放題だな……殺すぞ……!」


 ミキミキと奥歯を噛み締めて睨みつける。だがそれをオルドが手をかざす事で制する。


「ココハ俺ニ任セテ隠シ通路カラ逃ゲロ」


「あ”あ”っ!?テメーまだんなこと言って……!!」


 銀爪ががなり立ててオルドに掴みかかろうとした時、城が揺れる。ドォンッという爆発音。遠くから聞こえる程度のかなり小規模なものだが、確実に城の内部から起こったものだと振動で感じ取る。


「何だ……?!」


「……隠シ通路ハ気付カレタ時用ニ崩落サセル事ガ出来ル。オルド サン、貴方ガ逃ゲル様ニ促スノハ想定済ミダ」


 ジャックスの後ろで控えていた王の護衛(ロイヤルガード)の面々はさも当然のように言い放つ。この城にある数多くの隠し通路全てが塞がれたのだろう。皮肉にも王を護る為に組織された部隊が王を殺す手助けをすることになった。


「コノ……反逆者供……!!」


 顔中に血管を浮かばせながら怒りを露わにする。斧を握る手はミシミシと音を立てている。せっかくの逃げ道が塞がれた。こっそりとバレぬ内に逃がすつもりだったのに、それも出来なくなった。

 実際アニマンだけならどうという事はない、オルドも全く悩んですらいなかっただろう。この紛争を嗅ぎ付けてアニマンが攻めて来るのも分かっていたし、そうなれば反逆軍も正規軍もアニマンの強襲に対応せざるを得なくなり、最終的に銀爪の活躍で内紛も有耶無耶になるだろうと踏んでいた。

 全ての誤算は”魔断”の登場だ。こいつさえ居なければこんなにも考える事はなかったのに……


「銀爪……イヤ、リカルド=ガルザナフJr.!素晴ラシキ父王、亡キ銀爪様ノ名誉ノ為ニモ死シテ魔獣人ノ……コノ国ノ(いしずえ)トナレ!!」


「勝手なことぬかしやがって!!テメーら纏めてこの俺の手で殺してやる!!」


 両者構えて今にもぶつかりそうな程に気が立っている。その時


「……話は聞かせてもらった!」


 廊下に別の誰かの声が響き渡る。銀爪とオルドの背後に腕を組んで壁にもたれる優雅な男が一人。


「何だテメーは……どっから入った?」


 困惑気味に質問すると、男は背に生えた羽を大きく広げる。


「余の名はアルォンツォ=マッシムォ!白の騎士団の要、”風神のアルォンツォ”である!」


「白ノ騎士団ダト?翼人族(バード)カ……空ハ魔鳥人ガ守ッテイタハズダガ……?」


 アロンツォは手に持った槍を撫でる。


「実に快適な空の旅であった。その礼と言っては何だが、ジャックスとやらの願いを余が叶えよう……」


 シュババッという空気を裂く音が聞こえたと同時に槍が消えるほどの速さで回った。自分の体を傷付ける事なく凄まじい速度のパフォーマンスを見せた事からもその実力が窺い知れる。魔鳥人が簡単に屠られた事も手に取るように……。


「来るが良い銀爪!風神がそなたに裁きを下そう!!」

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