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第十話 オークルド

 西の大陸。事実上オークが支配するこの地は、わずかばかりの人間の土地である居住区”ジュード”と、オークの国”オークルド”でイルレアン国を巻き込んだ停戦協定が密かに結ばれた。


 居住区”ジュード”の領土拡大を認可する代わりに出された交換条件は、人類が作成した通信機の提供。イルレアンの宮廷魔術師が中心となって開発に成功し、ここ十数年で革新的なまでの進歩を遂げた人類の要ともいえる技術。この技術の提供は、彼の"魔断"すら躊躇させるものだった。

 しかしマクマイン公爵は意外にもアッサリこれを受理。旧型の通信機とはいえ、人類側にとって魔族側に技術提供をした初めての事例となっている。お陰でジュードは西の大陸で歴史上類を見ない土地の広さを手に入れた。

民衆はオークの襲撃を恐れて中々新しい土地に手を出せていないが、ジュード政府が土地開発の為に土壌調査を行なっている。


 協定締結後も相変わらず野盗や罪人等の野良オークがやって来たが、その頻度は日増しに減っていき、今では戦士風のオークが時間毎に巡回しているという珍事を見かけることもある。オークは見た目以上に頭が良い。もしかすれば今よりずっと未来では人とオークが手を取り合っている可能性もあり得るのではないだろうか。

 希望的観測であり、結界を解くなど絶対できないから夢物語でしかないが、少なくとも停戦協定を結ぶ前に比べれば今の方が遥かに平和だと断言できる。

 人の生活区域が平和である中、オークルドに建てられた魔王の居城内部で第八魔王”群青”は忙しなく動いていた。

群青がいつもの会合を済ませ、次の公務に勤しんでいると伝令が舞い込む。誰にも聞かれぬよう耳打ちされたその内容に群青の目は大きく開かれた。


「それは(まこと)か……!?」


 群青は開かれた羊皮紙を丸めて公務を中断すると足早に書斎から出て行く。城内の一区画を目指して移動する最中、群青は最も信頼する秘書のアーパに色々質問していた。


「いつじゃ?」


「つい先ほど」


「感度は?」


「良好です」


「まさかこんなに早く成果が出るとは……」


「ドワーフを処刑せずに置いておいたのが功を奏しました。運が良かったと言えるでしょう」


「うむ、武器や防具の製造技術だけではなく、これの応用までも可能とは流石ドワーフ。人間の技術革新の大元に彼奴等がいると思えば納得の存在よな」


「多少横柄な態度ではございますが……」


「構わん。好きなように言わせ、欲しいものを渡せ。決して手放すな。彼奴等が居ればオークの繁栄は留まることを知らないのだからな」


「御意に……」


 そうこうしている間に開発所に到着する。ここでドワーフたちがオークの為に日夜働いている。扉を開けると、ドワーフたちの目が一斉に群青に向かった。


「おぉ!これは群青様!お待ちしておりました!」


「うむっ、皆息災で何より。儂らの為にいつもすまんなぁ」


「何をおっしゃいます。これも全て群青様のお慈悲あってのこと。儂らは誠心誠意、群青様に尽くさせていただく所存。如何様にもお使いくださいませ」


 捕らえてきたばかりの当初、無理やり働かせていたがどうも効率が悪かった。それもそのはず、オークには悪い印象しかないし「殺す」などの脅しでは怯えるばかりで失敗が目立った。

 そこで芝居を打つ。悪い看守がビシバシ無理難題を課し、それを王が是正するというものだ。看守を悪者に仕立て上げ、偶々その状況を見た優しき善の王”群青”がドワーフたちを助ける。「これ程の技術者を前に何事か!」とか何とか一喝し、看守を総入れ替えした後、冷たく暗い牢獄暮らしが豪華な部屋と豪勢な食事と高級な酒を提供される夢のような事態に早変わりという単純な作戦。

 芝居作戦の結果はこの態度を見て分かる通り成功。ドワーフは人情に弱い。それを知ってか知らずか群青の人心掌握が見事にハマり、王の為なら努力を惜しまない様になる。そのお陰で今まで筋肉頼りで薄かった鎧の装甲は厚くなり、武器も刃が欠けた斧や重いだけのハンマーが激変し、ツルツルの刃と軽くて丈夫なハンマーに変化。それも驚くべき速さで量産され、軍の装備が一新された。ドワーフの技術で強力になった軍は控えめに行って無敵だった。


「感謝する。……それで、あの通信機のことじゃが……」


 それを聞くなり眼鏡をかけたドワーフが前に出る。


「それは儂の担当でしてな。こちらです」


 小さく短い手をかざして誘導する。


「ほう、これが……ヒューマンから渡された時よりだいぶ大きくなっとる様じゃが、どの様な意図がある?」


「はい、範囲を相当拡大いたしました。こちらから通信の必要は無いとお聞きしましたので色々無駄を削ぎ落とし、試行錯誤の末にこの形となりました。現在は儂らの技術が追いつかず据え置き型となっとりますが、今後は小型化に向けて開発を進めて行きます」


「んん!なるほど仕事が早い!」


 パンッと手を叩いて喜ぶ。


「しかし”通信傍受”の魔道具を作れとは流石群青様!先見之明(せんけんのめい)がございますなぁ!」


「ガハハッ!儂は武闘家では無いぞい!そこまで洗練されておらんさ、単なる悪知恵という奴よ。特に儂と同じく悪知恵を働かせている連中に対するのぅ……」


 群青の鋼の様に冷たくキラリと光る目に若干寒気が走るドワーフだったが、気を取り直して羊皮紙を手渡す。


「こちらが先ほど傍受した内容となっとります。通信そのものを残しておく機能があれば楽なのですが、如何せんその技術は魔法に依存いたしますので……儂らでは初期の構築を書き換えられても新しい術式の構築は少々難しく……」


「良い良い、ここまで出来た事に感謝しておる。通信技術の応用は後々人類との会談の際にとっておこうではないか。それにしても、言わずとも内容を書き記すとは天晴れ!流石はドワーフよなぁ!同胞ではこうは如何ぞ?」


「恐れ入りまする」


 群青は高笑いしながら丸められた羊皮紙を開き、その内容を確認する。


「……これは……」


 その内容は驚愕の一言だ。朱槍と銀爪が結託しているのは何となくでも分かっていたが、まさか蒼玉も加担していたとは思いも寄らない。完全に想像の外だった。


(小童に小娘……あの者達なら”(みなごろし)”を陥れるのも理解出来るが……)


 蒼玉と鏖は円卓内で一番関わりが深くて仲が良かったと思っていたのだが本心はそうでは無い様だ。魔王同士がコソコソ円卓に隠れて何かやっているのは前例がないわけでは無いが、鏖の追放はやりすぎである。特に”古代種(エンシェンツ)”を倒した彼女には特段の価値がある。それこそ朱槍と銀爪など及びも寄らないレベルで……。


(思えば黒雲の奴は割と簡単に小娘を円卓に迎え入れておったのぅ……こうなると黒雲もグルか……?)


 思考の渦に飲まれ、口を閉ざしていたことに気付いた。羊皮紙を丸めて腰に巻いたベルトに挟むとドワーフに目をやる。


「……いやぁ、ご苦労であった。今宵は良き酒を送ろう。皆大義である!」


「いやはや勿体無きお言葉……」


 ドワーフたちは照れながら頭をコリコリと掻いた。ガッハッハと高笑いしながら出て行こうとするが、ふとピタッと止まって振り向く。


「皆、このことは他言無用で頼むぞ?これは言わば国家機密という奴じゃからのぅ。特に儂の血縁は頭が悪くていかん。王の血縁だからと図に乗っておるから規則も平気で無視じゃしのぅ……何を聞かれてもはぐらかし、万が一は嘘を教え、必要に応じて儂に進言せよ。何なら直訴で構わん」


 この話はオークの中でも秘書のアーパを含めて数人しか知らない。ドワーフもその事は重々承知だったのだが「直訴」という言葉まで出たのは驚きを隠せない。逆説的に口外すれば今度こそ命は無いと言い含められているも同じ事。ドワーフたちは緊張の面持ちで頷いた。

 群青は全員の顔を見渡して満足したのか秘書と共に部屋から出て行った。群青が出て行った後の室内は緊張が一気にほぐれ、腰を抜かしたドワーフもいた。


「……やっぱ、おっかねぇなぁ……」


 部屋を出た群青は廊下を歩きながら決心する。魔王同士が結託し、円卓を掻き乱すならば自分にも考えがあると……。


(儂が手を打たねばなるまい……若き愚者共の暴走を止める為にものぅ……)

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