第九話 焦り
城にいるだろう銀爪を監視している傍ら、ジャックスは激しくなった戦闘の臭いに神経を研ぎ澄ませていた。
(マサカモウ攻撃シテ来ルトハ……シカシ妙ダナ、シザー隊長カラノ情報デハ アニマン ハ動イテ無イト聞イテイタガ……)
この事態に考えられるのは二つ。
一つは接近を知っていたが敢えて黙って様子を見ていた。
一応シザーから言い渡されたのは監視のみ。思えば未だ戦闘部隊が顔を見せていなかったし、人類の猛攻を機に戦力を削り、タイミングを見計らって攻撃を開始する手はずだったのかも知れない。そうだとしたら一応No.2の自分に伝えないのはどう言った意図があるのか計りかねる。
二つはアニマンの軍がいつもとは違った移動方法を使用した。
経験則に無い動きに気付くのが遅れ、接近を許してしまったという事。だとするならやはり軍経験者が少ないからと言って、民間人に監視を任せたのは間違いだったと答えが出た。
前者なら仮にも策あっての事、後者なら今頃シザーも慌てふためいてどうすべきか模索しているだろう。いずれにしてもかなり緊迫した状況なのは間違いない。ジャックスの予想は後者。
(外ノ様子ヲ初メカラ知リ得タ俺達デスラ接近ニ気付カ無カッタ。トスレバ銀爪側ハモット慌テテイルニ違イナイ……)
これはまたと無い好機。銀爪がビビって今以上に愚かになれば更に離反する者が出て来る。特に「王の護衛」が味方に付けば、一気に形勢が逆転する。ジュリアにも伝えたいところだが、ジャックスと同じく監視を命じられて別の場所にいるので、動かない方が逆に安全だ。ジャックスは一人移動を開始した。
*
城から薄っすら見える戦闘を眺めながら銀爪は訝しんでいた。
「……おい、どういう事だ?アニマン如きに遅れを取っているのか?」
本当ならいの一番に駆け付けて戦争に参加する所だが、火柱が上がった時からどうも様子がおかしい。今相手にしているのが本当にアニマンなのか疑った為に出る事が出来なかった。そこでリザードを走らせて情報の収集に向かわせていた。
周りに侍る虎の魔獣人は微動だにする事なく激戦が行われているであろう場所を眺めていた。当然答えられるはずがない。だってずっと一緒にいたのだから。それを知りつつも銀爪は自分の問いに答えない「王の護衛」の面々にイラつきながらリザードの帰りを待つ。その思いが通じたのかガチャガチャと音を立ててようやくリザードが帰ってきた。
「銀爪様!!」
「遅ぇぞ!!さっさと状況を伝えろ!!」
リザードはさっと姿勢を正して報告を行う。
「ハッ!失礼シマス!敵ハ白ノ騎士団ヲ連レテ王都ニ攻メ入リマシタ!!大猿部隊「岩拳」ヲ筆頭ニ応戦シテイマスガ、圧倒的戦力ニ為ス術ガゴザイマセン!!コノママデハ……!壊滅モ……」
そこまで言って段々と声も縮小する。この報告は先の大戦を思い起こさせた。亡き前王リカルドが”魔断”のゼアルに致命傷を負わされたあの時の事を。
「……白の騎士団だと?っつーとあのふざけたデカブツか?あいつなら俺がボコったはずだが?」
銀爪はリカルドの死以降の戦争、アニマンの追撃で白の騎士団の一人である”剛撃”を叩き潰した。これは父親にも出来なかった快挙である。
「前回ノ アニマン デハゴザイマセン!リカルド王ヲ倒シタ、アノ”魔断”デス!!」
その報告を受けた時、「王の護衛」にも緊張が走る。魔断の力は彼らも目の前で見ている。危険は重々承知だが、銀爪に進言するのは気が引けた。癇癪を起こすと何を言い出すか分かった者ではないからだ。
銀爪はその名前を聞いておし黙る。父親の死に関連する敵だし、銀爪にも思う事があったのだろう。一度外を見た後再度リザードに向き直る。
「……お前ら引き続き警戒に当たれ。誰も城に入れさせるな」
銀爪はいつもの調子を隠して部屋を出て行く。部屋に残った部下たちはお互いの顔を見合ってどうすべきかを考える。方針が決まったのか、お互いに一つ頷くと彼らも部屋を出て行った。
銀爪は足早に自室に戻ると、散らかった部屋の中で唯一綺麗な棚に手をかける。その中にあった高級そうなオルゴールを手に取るとソファに座り、目の前の机の上を全部床に落とした。何もなくなった机の上にオルゴールを乗せて蓋を開けると、その中には綺麗な水晶が埋まっていた。
これは緊急の通信機。イミーナより文字通り緊急事態に備えて渡された。最初こそ断ったが念の為にとうるさいのでしまっておいた物だ。ブツブツと起動の呪文を呟くと輝き始める。程なくして通信が取られた。
『これは銀爪様。お元気そうで何より……ところでこのチャンネルは緊急用ですが、何かございましたか?』
「……チッ、馬鹿か?緊急だから使ってるに決まってんだろ。今俺の国に白の騎士団が攻めてきてやがる。すぐに援軍を送れ」
『……ほう?白の騎士団が……ついに魔獣人を滅ぼそうと攻撃を仕掛けましたか。以外にのんびりしているというか、何というか……』
イミーナは含み笑いで足を組み直しながらリラックスしている。
「おい聞いてんのか!?すぐに助けに来い!」
『ん?ふふっ……何を焦っているのです?貴方の実力はお父様を悠に超えております。何を恐れる事がございますか?前回アニマンの最強の一角を潰されたのは幻でしょうか?』
銀爪の焦りに対してイミーナは煽り始めた。何か言おうかと口を開くが、何も言えないまま口を閉じる。事実銀爪は父親よりも強い。腕力も魔力も攻撃力ですら。見た目の筋肉量と威厳では勝ち目がないが戦闘能力では完全に優っている。
しかし、残念な事に一度も父親から一本を取った事がない。訓練でも日常のちょっかいでも、暗殺だろうと全て回避された。父親には「経験の差だ」と襲う度に一蹴されたが、そんなはずないだろう。何らかの特異能力を用いて回避したことは明白。戦闘能力で優っていたにも関わらず頭が上がらなかったのはこの特異能力の秘密を暴けなかったからだ。
あの日親の死に目に駆け付けたが、特異能力を持つはずの父が”魔断”の攻撃からは逃げられずに致命傷を負ったことに恐怖を感じた。”魔断”と聞いてその恐怖が蘇り、こうしてイミーナに頼る事になった。
「真面目に聞け。……今俺の国は内乱のせいで面倒な事になっている。それに追い討ちを掛ける人間共の強襲だ。俺一人で解決する範疇を超えてるんだよ」
『はぁ……内乱ですか……』
別段驚いていない。現在のカサブリアが内紛状態に陥るのはイミーナには簡単に想像付く事だったのだろう。銀爪は一瞬後ろを振り向いたり忙しなくキョロキョロした後また口を開く。
「……前回までのテメーの失敗は全部水に流してやる。だから早く助けに来い……!」
『私の失敗を?それはまた……誠に寛大なお言葉ですねぇ』
半笑いで椅子にもたれ掛かる。
「そうだ。今までの失敗はチャラだ。分かったら急いで部下を送れ」
イミーナの顔が一瞬無表情になる。だがすぐに微笑を湛えると優しい声で言い放つ。
『承知しました。すぐに兵をかき集めて向かわせます。出来るだけ早く向かわせますが、今から準備いたしますので銀爪様の活躍には間に合わないやもしれませんね。それでは……』
「あ、おい!いつ着く……」
銀爪が言い終わる前に通信を切られる。焦って何度か掛け直すも出る気配がない。癇癪でオルゴールを壊しそうになるがグッと堪えて机を破壊した。
「落ち着け……俺ならやれる……俺ならやれる……」
自己暗示をかけて自分を鼓舞すると、おもむろに立ち上がり、ベッドのすぐ横に置いていた整髪剤で髪を整え直す。彼のやる気スイッチは自慢の髪の毛を逆立てさせることにある。鏡で仕上がりを確認して自信をつけると部屋から出て行った。
*
通信を切ったイミーナは肩を震わせて我慢していた。フーッと細く長い息を吐いて自分を落ち着けるが、先の銀爪の顔を思い出したら我慢出来なくなった。
「ぷっ……あははははっ!!」
ここまで大きく高笑いしたのはいつ以来だろう。そばに侍るメイドも驚きの表情を見せる。
「はー……おかしいぃ……ふふ、あの馬鹿ももう終わりか。呆気ないものね。まぁ大方利用したしもういいでしょう」
すっと椅子から立つと移動しようとする。側で聞いていた家臣が訝しげに質問した。
「あ、あの、朱槍様。それで如何程カサブリアに?」
イミーナはフッと慈愛の表情を浮かべる。
「……『もういい』と言ったのよ?兵は送りません。それにここからどれだけ早く飛んで行っても二、三日で着く距離ではないので向かわせるだけ無駄です。カサブリアには一度滅んでいただき、後々また取り返しましょう。私には他にやる事があるのでここを離れますが、もうよろしいですか?」
「はっ。失礼いたしました」
家臣は頭を下げて下がる。イミーナは退室しながら重鎮と呼ばれる連中に辟易していた。
(どいつもこいつも馬鹿すぎる……私を満足させる部下が欲しいものですね……)
イミーナは自国の改革を真剣に考える。イミーナが王の座を奪い、新しい王になったことを機に老害を排除することも視野に入れるべきでは?と画策していた。
(候補生を探しましょう。蒼玉に相談すれば少しはマシなのを紹介してくれるやもしれませんねぇ……)
銀爪のアホさ加減を見て益々部下の入れ替えに力を入れたいと心の底から思わされた。皮肉も通じない間抜けに今後の世界を生き残るのは不可能だ。
(しかし、白の騎士団がカサブリアに……公爵からは何も報告はありませんでしたが、このまま泳がせるべきでしょうか……蒼玉に相談してみましょう。先の件も合わせて報告すればいい話のネタにもなりますし)
イミーナの自室に戻る足は実に軽やかだった。