第七話 緊急速報
「この度はブレイドと孫のアルルがお世話になり、誠に感謝しておりますじゃ。ラルフさんミーシャさん」
「あ、どうもご丁寧に。てかお世話になっているのはこちらの方というか……」
ラルフとミーシャが要塞の大広間に到着したと同時に真っ先におじいさんに出迎えられた。突然の出会いに驚いたが、話を聞けばアルルの血縁という説明を受けた。それからはペコペコ頭の下げ合いになっていた。
大賢者アスロンは勇者ブレイブの良き理解者であり最強の仲間でもあった。戦争には一切顔を出さなかったラルフにとって縁遠い人ではあったものの有名人は小耳に挟んでいる。人生の先輩が目の前に立ってこうして頭を下げて来ると礼を尽くすどころか遜ってしまう。
「この槍に記憶を植え付けたから肉体が死んでもこっちには関係ないとか凄い魔法ね。記憶の複製ってどんな感じなの?」
ミーシャはアルルの持つ槍を突付きながらアスロンを見る。アスロンは肩を竦めてひょうきんな顔を作った。
「変な感じじゃ、自分が二人も三人もいるからのぅ。でも不思議と悪くない。儂は人生の黄昏に使命を得た。何人の儂が死んでも、最後の一人が目標を完遂することを願って逝けるのは、何というか……希望が持てる」
「記憶を継承する限りは死んでないも同じ、か。ある意味じゃ不死身ってわけだ……」
ラルフは感心する。これは人生を謳歌して後世に託すだけとなったアスロンだから出来た事だろう。若い頃なら決して考えないような倫理を外れた行いだ。いや、倫理や常識などほとんど関係ない。単純に複製して沢山自分を作るなんてナルシストでもない限り嫌だろう。それを使命の為に使い捨てる残機システムを魔法で生み出した。流石は大賢者と讃えるべきだろう。
「ちょっとおじいちゃん、もう死ぬとかそういう不謹慎なこと言わないでよ。私たちがどれだけ悲しんだか知ってるでしょ?」
「はっはっは、悪かった悪かった。しかし乗り越えてくれて儂はすごく嬉しかったんじゃ。許せアルル」
アスロンはカラカラ笑いながらアルルに頭を下げた。
「そういえばアスロンさん。先程緊急の報告があるとかで俺らもお預けくらってるんですけど、何があったんでしょうか?」
ブレイドは話の筋を戻す様に横から口を挟んだ。
「おお!そうじゃったそうじゃった!」
大広間に鎮座する大きな机に近寄り、表面に触れると机上が薄っすら青く光り輝く。その光景を見ていると青い光がだんだん立体的になり、何やらどこかの地形と建物が精巧に映し出された。
「「「おお……!」」」
その立体映像に感動した多くの声が漏れる。誰も見た事がない芸術の様な魔法に心を奪われたのだ。これには壁際で黙って立っていたデュラハン達もポカンッと間抜けな顔を晒す。
「実は今向かっておるカサブリア何じゃが……何やら争いの様相を呈しておる。まだちょっとハッキリせんが、火の手が上がっとる様なんじゃよ」
「単なル火事では無いかえ?」
アスロンの報告に即座にベルフィアが物申す。
「それがいくつも煙が上がっとってな?魔鳥人も飛び回っとるし、様子がおかしいんじゃ……」
「戦争じゃない?あそこは毎年の様に小競り合いが続いてるし、今がその時期とか?」
アニマンも魔獣人も落ち着きがなく、ちょこちょこ争いを繰り返している。ミーシャが円卓に入ってからカサブリアの小競り合いを聞かない会議がないほど前の銀爪が報告をあげていた。思えば現在の銀爪は初会議の場で報告を上げていなかった。前の銀爪死亡後は少し落ち着いていたのかも知れない。
「それにしても良くここから見えたな。まだ陸は見えてないだろ?」
「ふむ、この要塞に搭載されていた遠くを見られる望遠魔法を少し弄ってみたんじゃ。儂の目には現在のカサブリアが見えるんじゃ。少々ボンヤリしとるがの」
「ほほぅ便利な奴じゃノぅ。勝手に更新していく自動制御装置になりおっタワ」
「おまっ、やめろよ人を道具みたいに……大賢者様だぞ?」
ベルフィアの失礼な物言いに苦言を呈す。
「知らんなぁ、人間なんぞどれも同じヨ。ノぅデュラハン共、アスロンという賢者を知っておルか?」
「ちょっ……失礼だろ……!」というラルフの言葉が挟まるがメラがそれに被せる様に姉妹を代表して答える。
「いいえ、わたくし達は存じ上げません。ベルフィア様の言う通り人間に加担するあらゆるものは全て敵であるという共通点のみで、それ以上の事は知ろうともしませんでしたわ」
何とも魔族らしい傲慢な答えが返ってきた。この思想が魔族の隙となっているのは言うまでもない。ラルフ達の味方になった以上は改めてもらう必要があるわけだが。
「はっはっ!良い良い、侮ってもらわねば儂ら人間には勝ち目がなくなってしまうからのぅ」
「アスロンさんが気にしないなら……まぁ……」
「しかし、戦争とは穏やかじゃないですね。どうしますラルフさん?このまま行ったら巻き込まれるんじゃ……」
ブレイドの懸念はもっともだ。戦いに巻き込まれたら面倒は必至。万が一ジュリアが死んでいたりしたら無駄足になる。無いとは思うが要塞を墜とされでもしたらせっかくの寝床までパァだ。
「でもでも、ジュリアさんが待ってると思いますよ。迎えに行ってあげましょうよ」
「フンッ、あやつは戻ルというとっタんじゃ。放っておいてもいずれ嗅ぎつけて来ルじゃろ」
元から合流場所など定めてなかったしジュリアもそのつもりだったろうが一つ問題がある。
「いや、不可能だろ。空飛んでるんだぞ?地上にいるならまだしもいくら嗅覚が優れてても出来ない事があるって」
ラルフのツッコミももっともだ。このままでは一生かかってもジュリアはラルフ達を見つけることは出来ない。
「……じゃあ……行く?」
「それは……」
ジュリアが探索不可能という意見を採用すれば迎えに行く以外合流の手だてはない。だが戦争に飛び込む事になる。戦いを避けて来たラルフもついにこの時が来たのかと腹を括る。
「……アスロンさん。到着はいつになりそうだ?」
「はぁ……」ベルフィアからため息が漏れた。「またかよ」って顔で。ブレイドは剣の柄に手を置いて撫でる。アルルは嬉しそうにニコリと笑う。デュラハン達は静かにその様子を見守っていた。
「ふぅむ、早くて三日というところかの?」
「三日か……その頃には戦争も治っていると良いけどよ……」
ラルフはハットを被り直して周りを見渡す。最後にミーシャを見て腰に手を当てながらハットの鐔をチョンと摘んだ。
「うん、じゃ決まりね。このままカサブリアに行きましょう」
結局目的も目的地も変わる事なく進行することになった。大広間に弛緩した空気が流れ始めた頃、ノックの音が聞こえてイーファが入って来た。全員の目がイーファと後ろからついて来たウィーに集まる。イーファはその目に萎縮してペコリと頭を下げた。ウィーは気にせずラルフのもとに走った。
「お?もう出来たのか?仕事が早いなウィー」
「ウィー!」
柄のついたダガーナイフを受け取るとそれをじっくりと眺めた。しばらくそうしていたが、ふと顔を上げる。
「……こいつは最高の武器だ。ありがとうなウィー」
「ウィー」
ウィーは満足そうな顔で頷く。ラルフは倉庫からくすねたダガーナイフを取り外してゴブリンダガーを腰の一番収まりが良いところに佩く。勿論くすねたダガーはそっとジャケットの内ポケットに仕舞った。
「出来るだけこいつを使わねー事を祈るぜ」
拭いきれぬ不安がラルフの呟きに表れる。到着前から現地で起こった争い。想定し得る最悪の事態は三日の後にやって来るとこの時のラルフたちは知る由もない。