第五話 内紛
クレータゲート。銀爪の城に至る唯一の道に建つ関門。
ここを守るは魔獣人に尊敬される英傑オルド。筋肉で盛り上がった二の腕を胸の前で組み、力を振るう時を待つ。この時ほど魔鳥人が壊滅状態で助かったと思う事はない。
空から攻められたらこうしてこの場で食い止める様なことが出来なかった。特に「稲妻」は攻城戦に特化した合体魔法を用いるし、「竜巻」がいたら羽の生えた鰐”エアリゲーター”を食い止めるのにも苦心していた事だろう。
その上、「牙狼」がやられた事で偵察も疎かになりがちであり、こちらが圧倒的に不利とは言え、反逆軍側の攻めはかなり鈍化している。この三部隊がいない事はせめてもの救いと言えた。
そして幸運な事に虎の魔獣人部隊「王の護衛」と、武器武闘の達人集団である大猿の魔獣人部隊「岩拳」や、地上にて最強の熊の魔獣人部隊「豪傑」の所謂戦闘特化型部隊が軒並みこちらの味方という事。その他にも伝令係の蜥蜴の魔獣人部隊「壁走」や攻守ともにバランスの良い豹の魔獣人部隊「飛び牙」など「王を守る」という大義を持った兵士達が銀爪を守ってくれている。僅かばかりの魔鳥人が飛んで行っても銀爪に対峙するどころか顔すら見えぬ間に駆逐されているだろう。
しかしまだまだ気が抜けない。向こうは自分たちの生活と愛国心を掲げて国民を扇動したのだ。そのせいで街に兵士を配備する間に抗議運動からの紛争勃発。城内でも分裂が生じて逃げ場を失い、籠城戦に追い込まれた。支援物資、外からの援軍が期待できない以上牽制されたらジリ貧は目に見えているが、反逆者の多くがこれを最上の機会と思い込んで攻めてきているので、図らずも互角の戦いとなっている。
だが紛争が収束した時の事も考えると、あまり調子に乗って攻撃するなど出来ない。国民にはまた元の生活に戻ってもらわなければならないからだ。国は土地に出来るものではなく民が集まって出来るものである。それもあって戦闘特化の部隊を表に出せずに裏で腐らせていた。我慢を強いるのは酷だろうが、今後も銀爪の国である為に今は待たねばならないのだ。
オルドは突き立てた斧を引き抜くと前方を見やる。見えたのは大きく羽を開いた鳥のマークに雷のマークをあしらった魔鳥人部隊「稲妻」の旗。鰐に翼の生えたエアリゲーターの旗に、ビルデ伯爵の似顔絵の旗など多くの旗が上がっていた。一番多かったのは稲妻の旗で、そこには反逆軍リーダーのシザーがオルドを睨みつけていた。
「久シ振リダナ、シザー。国ニ尽クシタ貴様ガ反旗ヲ翻ストハ夢ニモ思ワナカッタゾ」
「買い被りだなオルド殿。吾輩はリカルド様に忠誠を誓ったのだ。あのバカ息子などハナっからどうでも良かった。それを言うなら貴殿こそ何故未だあの半端者の尻拭いをしているのか理解に苦しむのだが、如何に?」
その言葉を聞くなり斧を横薙ぎに振るう。それと同時に真空の刃が飛んでくる。砂塵が舞い上がり飛んでくる凄まじい衝撃波。相対する反逆軍は驚きのあまり固まってしまうが
「第一陣前へ!」
シザーはその中にあってハッキリとした声で命令を下す。その声にビクッとなって前方にいた魔獣人達がさらに前に出た。彼らは羊の魔獣人。さっきまでビビって固まっていたとは思えないほどキビキビ動いてシザー達の目の前でひと塊りになった。
「硬化!!」
その瞬間、言葉に合わせてフカフカの羊毛が鋼の様に黒く輝き、モコモコの鉄の塊が姿を現す。迫る衝撃波は羊毛に防がれて火花を散らしながら霧散した。
「第二陣狙え!」
その言葉と共に鋼鉄の羊毛の影から杖が構えられる。杖を構えるのは山羊の魔獣人。「メェ〜」と言う鳴き声に反応して杖の先端に埋め込まれた宝石が輝き始める。オルドも黙って見ていない。斧を背中に付くほど振り上げてジッと構える。カウンターを放つつもりなのか筋肉が盛り上がり全身から湯気の様に闘気が立ち上る。
「……放てっ!!」
シザーの号令で一斉に火球の魔法を放つ。その数は十数個とあまり多く感じないが、威力が強いので知るものが見れば危険度も分かる。それを良く知るオルドは迫り来る火球に対して思い切り斧を振り下ろした。ドゴンッと凄まじい音を鳴らして砂塵を巻き起こし、砂の壁で火球を防いだ。勿論ただの砂塵ではない。魔法を止めるのは同威力以上の魔法だけなので、振り下ろした瞬間に魔力を地面に叩きつけて簡易的な魔障壁を作ったのだ。
「全く……図体の割りに繊細な仕事ぶりに感服しますなぁ。……しかしっ!」
シザーが手を前にかざすと後方から五体の回転する大きな玉が躍り出た。羊毛の壁の前に出ると、その玉から鋭い針が無数に飛ぶ。同時に山羊の魔獣人が次の魔法を放つ準備をし始める。砂塵のせいで前の見えないオルドに放った完璧な奇襲に思えたが、オルドの金色の目は砂塵を透かして全てを見ていた。
「ゴオォォォッ!!!」
凄まじい咆哮とともに衝撃波が発生。その勢いに針の勢いが止まり、山羊の魔獣人は集中力が切れてせっかく準備していた魔法も打ち消された。
一瞬耳が利かなくなり、さらに心胆から震え上がる恐怖は聴くもの全ての足を竦ませる。不味いと思ったシザーはすぐさま槍を構えて応戦に打って出る。しかしオルドは不動の構えで動く事なく佇んでいた。
「馬鹿な……完全な隙だったはず……ふっ、随分と余裕ですなぁオルド戦士長」
「顔ヲ付キ合ワセレバコウナル事クライ分カッテイタハズダ。オ前ノ指揮ヤ作戦ハ完璧ダトシテモ唯一絶対ノ個体ニハ勝テンノダ」
斧を肩に担いで見下した態度をとる。
「……身につまされる思いだ……鏖との一戦を思い出す。それで……何故追撃の手を緩めたのかな?もしや弱すぎるが故、とでも言うつもりか?だとするなら不快極まりないが……」
反逆軍は有り合わせの軍。統率が取れてなかったり攻撃にムラがあったりと色々あるものの、戦士としての矜持は少なからず存在する。シザーを固めるのはそれなりに強い部隊であり、オルドがいくら強いといっても言って良い事と悪い事があるというもの。
「待ッテイル」
その答えは簡潔だったが、簡潔すぎて何を言いたいのか謎だった。
「……何を?」
当然の答えが返ってくるもオルドは少し遠くを見つめたまま黙ってしまった。
「……埒が明かないな。まぁ、仕方がない……」
スッと手を上げて攻撃の指示を下そうとするもその手が下りる事は無かった。
……ドォンッ
遠くの方で何らかの爆発音が聞こえてくる。現在戦闘を開始しているのはここにいる部隊だけで他は牽制しているはずだし、何人か偵察に出してはいるが、勝手に戦うものなどいないはずだ。もっと言えば城に用があるのに、ここより後方の爆音は不可解極まりない。
「何事だ!?」
驚きで声を荒げるシザー。しかしその問いに答えられる部下はいない。
「来タカ……」
オルドは斧を地面に突き立てると腕を広げた。
「はっ!まさか挟撃か!?」
オルドの反応を見て戦々恐々とするシザー。オルドはその問いに小さく首を振った。
「違ウ。俺達ガ小競リ合イヲシテイルノニ乗ジテ、アニマン共ガ攻撃ヲ仕掛ケタノダ」
「そんなはずはない……アニマンの動向は逐一報告を受けている。未だ国の境界線で手を拱いているはずだ」
アニマンは策を知らぬ猪突猛進タイプの蛮族。動き出せば子供でも動向を探れる。アニマンは魔獣人に匹敵する身体能力を持ち合わせる。正面から一対一で戦って遜色が無いのを良い事に戦略を重きに置いていないのか、それとも策を卑怯と断じて突っ込むのか。いずれにしても考えなしに来るので分かりやすい。
「”強力”ナ後ロ盾ガアレバドウダ?ソウダナ……例エバ”白ノ騎士団”、トカナ」
あり得る話だ。この紛争を利用して魔獣人の絶滅に各国が動いた。
「だとしたら早すぎる。まるで図った様に……」
内乱が始まったのはごく最近だし、アニマンが知らせたとして集合しようにも時間はそれなりに掛かる。この事態を想定して集まっていたとでも言うのか?
「……サァドウスル?我等ノ最大ノ敵ハ、果タシテドチラカナ?」
オルドが突然斧を地面に突き立てたのは攻撃の意思は無いとアピールする為である。
「……これで終わったわけでは無い。必ずツケを払わせるぞ」
シザーは踵を返して立ち去ろうとする。
「待テ。ココハ共闘スベキ所ダ。バラバラニ動イテハ奴等ノ思ウ壺ダ」
その言葉にシザーはピタリと立ち止まる。部隊の面々も不安そうな顔でシザーを見るが、シザーはオルドを肩越しに見ると一言言い放つ。
「戦場で会おう」
その言葉以降はもう振り返る事はない。オルドは当てが外れた事に落胆するも、結局は同じ方向を向いて戦うのだ。修正するだけだと自分に言い聞かせ斧を担いで門を開いた。




