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第三話 外法の集大成

 空中移動要塞スカイ・ウォーカー内部。

 動力源を見に行ったアルル、ブレイド、ベルフィアの三人は、歪と言える動力炉に目を丸くしていた。


「ふふふ……こやつノ記憶で大体分かっておっタが、かなり複雑な構造ノヨうじゃノぅ」


 こめかみ部分を人差し指でグリグリしながらニヤリと笑う。


「複雑……というか何というか……これをどう捉えれば良いのか分からないですよ……」


 そこにあったのは巨大な魔鉱石の塊に縋るように配置された様々な生き物のオブジェ。生き物の口や排泄器官などの穴という穴からチューブが生え、これも絡みつくように魔鉱石に繋がっている。


「うっ……」


 アルルは口を押さえながら心底嫌そうな顔でその光景を見ていた。ブレイドはアルルの背中に手を置いてさすったりしないように細心の注意を払いつつ心配する。スッキリするのには吐いた方が良いのかもしれないが、片付けが面倒なのでそっとしておくことにした。


「魔鉱石と繋げルことで死体に魔力を流しておルな……」


 よく観察していると死体一つ一つの背中に何やら不思議な幾何学模様が描かれている。それを指差しベルフィアが口を開いた。


「見ヨ、こノ死体に刻まれタ魔法陣を。特別な術式を組んどルから魔力が死体に充満し、肉体が生きとルと誤認すル様じゃ。……ふむふむ、生き物は休眠状態に入ルと魔力を生成すル。魔鉱石と併用して魔力ノ循環を行う……ほほぅ、即ち生きとル(・・・・)限りは無限に魔力を吐き出し続けル、物言わぬ装置という訳じゃな」


 今その話を誰かから聞いた様に説明していく。灰燼の記憶を掘り起こしながら説明している為、こうなるのは仕方ないのだろう。しげしげと眺めながら動力炉の周りを歩き始める。


「しかもこれだけ多様な生き物で周りを固めル事で魔鉱石が放つ以上ノ魔力ノ収集に成功しておル。随分無理やりな構造じゃが考えたもノヨ。永久機関といって差し支えない。ふむ、これなら放置しても落ちんから安心せい」


 備え付けられた魔鉱石は転移の罠が仕掛けられていた炭鉱跡の魔鉱石やエルフの里に祀られていたエメラルドと比べると小さく見劣りするものの十分大きいものだと確認できる。が、この要塞の動力炉にするには少々足りなかったのだろう。生き物が魔鉱石に縋るように配置されたのも、より多くの生き物を配置するための工夫だったに違いない。

 人間より魔族の方が魔力量が多いので必然魔物や魔族を多く使用しているようだが、ちらほら人の姿も見える。どの生物がより多く、どのやり方がより効率が良いのか模索した結果の作品だ。


「……こんな外法……許せない……」


 アルルは口を押さえながら苦々しく呟く。


「まぁ良いではないか。ここまで身を削って妾達ノ為に働いてくれとルんじゃ、むしろ感謝せねばなルまい?」


「でもこんな……死んでも報われないような事があっても良いんでしょうか?私には耐えられないです……」


 化石燃料の様に液体状なら、原型を留めていなければここまで反応しなかっただろう。結局見た目に引っ張られているだけではあるのだが、アルルの嫌悪は人として当然の事だろう。


「ふむ、確かに趣味は悪いノぅ。理解しろとは言ワん。そちは今後ここに近づかねば良いだけノ事ヨ」


 ベルフィアはフンッと鼻を鳴らして出口に向かう。アルルはそれを目で追っている最中に不思議な装置を見つける。


「……ベルフィアさん、あれは何でしょうか?」


 アルルの指差した方を肩越しに見る。


「制御装置じゃな。こノ動力炉ノ管理を一括で行っとル」


「制御装置?」


 アルルは聞きながら装置に近付く。


「下手に弄ルと要塞が落ちル。触ルなら慎重にノ」


 ブレイドも後ろからついていき、その装置を確認する。ボコボコとした凹凸の激しい形だが表面は光を反射するほどツルツルで中には毛細血管が張り巡らされている様に複雑怪奇な線がいくつも見える。その中に走るのは魔力。発光しながら動力炉と制御装置を行き来している。その姿はまるで……


「……何か、脳ミソみタいじゃな」


 ベルフィアの不用意な発言はアルルの胃を刺激した。「ウプッ」と口を押さえたアルルは制御装置から少し離れて胃の中の内容物をぶちまけた。


「アルル!」


 ブレイドは急いでハンカチを取り出してアルルの口元に持っていく。呆れた顔でベルフィアを見るといたずらっ子の様な表情で「すまんすまん」と笑っていた。

「はぁ……はぁ……」と四つん這いで何とか息をするアルルを尻目に制御装置に目をやると、アルルが四六時中手放すことが無く、自ら離れることのない槍が宙に浮いて制御装置の前にいた。それにブレイドも気付く。


「え?何でだ?アスロンはアルルから離れないのに……」


 槍はチラリとこちらを見る動作をした後、突然振りかぶって制御装置の中心部に刃を振り下ろした。バギィンッという硬質な音と共に刃が中程まで食い込む。


「「なっ!?」」


 軽く眺めていた二人も何が起こったのか分からなかった。ベルフィアが記憶で見た通りこの脳ミソは動力炉を、ひいてはこの要塞を自在に操るための制御装置。魔槍マギーアインス、別名アスロンの行った突然の奇行に困惑を隠せない。

 アルルが嫌悪した事と何か関係があったのかも知れない。アルルの為に動力炉を攻撃したのなら中々の忠誠心だが、もしそうだとして今は都合が悪すぎる。破壊されたとて直すための知識を活用すれば後々直せるだろうが、浮遊中に壊されたら墜落は必至。そして破壊された直後の対応など記憶にない。何せ壊された事がないどころか、ここまで侵入された記憶が無いからだ。頭をフル回転して事態の収拾を考えていたが、突き刺さった槍を中心に光を放ち始める。


「!?……い、いかん!衝撃に備えろ!!」


 爆発の兆候を見たベルフィアはグッと身構える。ブレイドはアルルに覆いかぶさる様にアルルの盾になった。

 しばらくそうしていたが、何も起こる気配が無い。


「?」


 不思議に思ったブレイドが顔を上げるとそこに起こった事態に目を丸くした。ベルフィアもポカンとした顔で制御装置の所を見ている。それもそのはず、爆発するかと思われた脳ミソ型制御装置の上に腰掛ける人がいるではないか。

 その姿は毛布を頭から被っている様にモサモサの真っ白い髪にしっかり蓄えた長い髭、眉毛も伸びっぱなしで目が隠れてしまっている典型的な老人。ダボダボの裾に手を入れて腕を組んでいるのか肌が見えない。トンガリ帽子を被って見るからに魔道士と言わんばかりの姿。まるで最初からそこに居た様な不思議な雰囲気を感じさせる。アルルもこっそり様子を伺うとそれに気づいた。


「……え?……おじいちゃん?」


 その姿を見るなりアルルは呟く。この見るからにだらしない魔道士風の老人こそアルルの血縁であり、かつて勇者と呼ばれたブレイブと旅をしたギルドメンバーの一人。大賢者アスロンその人である。


「ほほほ。久しぶりじゃのぅ、アルルや」


 とても勇者一行と旅をしてきた百戦錬磨の大賢者とは思えない優しく愛情溢れる声質だった。

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