第二話 拠点
「やってられませんわー!!」
鉄靴と脛当てをガシャガシャと鳴らして地団駄を踏む。
「姉さん……はしたないですわ。スカートを振り乱しては下着が見えてしまいます」
そこにはフリフリのフリルがあしらわれたメイド服を着て掃除をしているデュラハンの姿があった。掃除の邪魔にならない様に頭を首に固定し、手足以外の鎧は外している。長女以外の姉妹はほとんど感情なく掃除に手を付けていた。彼女たちは12シスターズと呼ばれる第六魔王"灰燼"の部下であり、戦闘特化型の女騎士である。現在はミーシャに三体消滅させられた為に9シスターズになってしまった。
「あなた達何にも思いませんの!?第二魔王様に命令されるならまだしも、ヒューマン如きに命令されてこんな服を……わたくし達は騎士ですのよ?それをこんな……」
わなわなと両手を震わせながら自分のことを顧みている。主人だった”灰燼”が吸血鬼ベルフィアに取り込まれ、空中移動要塞スカイ・ウォーカーを乗っ取られ、挙句忠誠心までも利用されてどうしようもなくなっていた。
「出ましたわね、メラ姉様の混乱……」
「姉様って根が真面目なだけに混乱するとアイリーン以上に感情的になるから厄介なんですのよね」
ここまで怒っているのは他でもない。ラルフのせいである。ラルフは要塞の居住区域からフリフリのメイド服をどこからともなく引っ張り出してきてデュラハンに着るよう指示。ベルフィアの命令もあって強引に着る形となった。
なんでメイド服があったのかはベルフィアが主人の記憶を開示しない以上永遠の謎である。
「割と〜、可愛いと思うんですけど〜」
のほほんとした声でスカートを持ち上げたり降ろしたりして、衣装の生地やその撓みなどを楽しんでいる。
「シーヴァ!呑気なこと言わないで!恥ずかしくないの!?」
シーヴァと呼ばれたゆるふわパーマのデュラハンはその首を傾げる。
「ん〜、わたくしは別に。鎧ばかりだったんですもの。こういう服は新鮮でよろしいかと」
三女シーヴァの言葉に長女メラはガクッと項垂れて呆れる。三女はこういう性格だった。長女とは正反対の性格ゆえに反りが合わない。生まれが早いのにこの性格から鍛錬もせず、剣の腕は妹達にも追い抜かれ、それを恥とも思わない向上心の無さも拍車をかけていた。
「……イーファは大丈夫なんでしょうか?」
十一女イーファ。彼女だけは掃除とは違うことをしていた。メラはゴゴゴ……と怒りや恥ずかしさなど色々な負の感情が綯い交ぜになった顔を見せた。それもそのはず、件の妹はラルフの供回りとなって要塞内を案内させられているのだ。
「あの男……悪さをしてたら絶対許せませんわ……」
美人の顔を歪めながら拳を握って目の前でかざす。本来なら簡単に切り捨てられる程度の人間が自分たちの上に立つ悔しさを噛み締めながら。
「……やってられっかー……!!」
遠くから荒々しい声が聞こえる。
「……シャークも限界を迎えましたわね」
デュラハンの姉妹の一人、十女シャーク。デュラハンの中では一番荒々しく我慢の利かない彼女は別の部屋で他の姉妹と掃除をしている。メラが先に根を上げたのは意外だったが、その他は概ね予想通りだ。
「これからどうなるんでしょう……」
自分たちの今後を悲観するデュラハン達。それを思うだけでため息が出るのだった。
*
「えっと……こちらが武器保管庫です」
肩口で切り揃えられた髪にわざわざホワイトブリムまで付けた真面目なデュラハン、イーファ。ラルフのわがままで連れ出され、要塞の案内を命じられた。何をされるかとビクビクしながら多くを案内したが、特にセクハラなど受けることもなくここまで平和に来れた。
「お、いいね。ダガーはあるか?」
「ラルフってロングソードとか使えないの?」
その理由はもちろんミーシャ。ミーシャがいなければセクハラもあり得たが、一緒に行動する以上それは不可能だ。手を出した暁にはラルフは無事に済まないだろう。
こうなった経緯は乗っ取った要塞の事を知る為に、アルルが動力炉の確認を申し出た為だ。そこでベルフィアとブレイドがアルルについて行き、三人で調べる事になった。魔力関係、特に魔方陣等の幾何学を有する儀式や、それに伴う装置が良く分からない残りのラルフとミーシャとウィーは、暇なのでイーファを借りて探索をし始めたというわけだ。
「俺は筋力が無いから短剣じゃないと長時間戦えないんだよ。十回振れたらその時の自分を誉めるね」
因みにゴブリン戦では長剣を五、六回振った。
「なんでも使えるようにしたら今後の戦いでも便利よ?これを機にダガーからソードにしたらいいじゃん。ほら丁度デュラハンが騎士だし、教えてもらえるよ」
「……魔力を使えるお前が魔方陣をよく知らないように、人にも得手不得手があってな……ま、いいや」
ゴソゴソ物色するラルフ。それに続いてウィーも武器を見ている。短剣をいくらか出してすぐ側にあった机に並べた。
「これだけあれば一つや二つ壊しても安心だな」
「……出来れば壊さないでいただけると助かるのですが……」
イーファがポツリと呟く。それにミーシャが反応する。
「武器は所詮消耗品でしょ?愛用の剣が壊れたらお前らはどうするというの?」
首を捻って不思議に見ている。ラルフはその顔に裏がないと分かっていながらも流石に声をかけた。
「うんまぁ、元は灰燼の物だしな。当然のように俺の物にしてるのが気に食わないんだろ?」
ミーシャに相手の言動の裏を読み取れというのは酷だと思えるが、少し考える間くらい取って欲しいと思った。イーファとしてはラルフのこの補足のお陰で説明しやすくなったので渡りに船だ。
「失礼を承知で言わせていただくとその通りなのですが、鍛冶場がございますので壊した場合はそちらで修復をお願いしたく……」
鍛冶場と聞いてウィーが反応した。
「ウィー!」
「!!……えっ?!」
手を振り上げて突然奇声を上げるゴブリンに驚いてイーファは身構えた。
「おっ待て待て、大丈夫だ。ウィー達ゴブリンは定期的に鍛冶場で働いていたから久々に武器を作りたくなったんだろうぜ。折角だからそこも見せてくれ」
奇声の理由が歓喜だったことに気づいて構えを解く。自分の半分もない子ゴブリンに驚いたことを恥じて身なりを整えると、コホンッと咳払いを一つした。
「……畏まりました。こちらへ」
武器庫を離れそんなに歩く事も無く鍛冶場に辿り着く。その部屋の中は煌々と火が焚かれていた。いつでも制作、修繕が出来るように溶鉱炉の火を絶やさない土塊のゴーレムが常駐していた。ゴーレムが見えた時は一瞬武器庫からくすねた腰のダガーに触れたが、特に敵対意識の無い事を確認し構えを解く。
「何だよ。こいつらは特に敵ってわけじゃないんだな……」
「このゴーレムは鍛冶場の守護者として制作されました。攻撃をしない限り敵対行動に移ったりしません」
それを聞いたウィーは安心して火の側まで歩いていく。
「あっウィー、火傷しないでね」
ミーシャが声を掛けてラルフと後ろからついていく。キョロキョロしながら目を輝かせるウィーに二人は一つ頷く。
「良かったなウィー、ここはもうお前のもんだ。好きに使っていいぞ」
「え?それは……」と困惑するイーファに刺さったのは歓喜する子ゴブリンの目だった。その目を見れば喉元まで出かかった否定のセリフは飲み込みざるを得ない。ウィーは自分に合った金槌を見繕い、剣の鋳型を確認し始めた。それを見てふとラルフはウィーに注文する。
「なぁウィー、もし良かったらダガーを打ってくれよ。小さいし肩慣らしに丁度いいだろ?」
「ウィー!」
ウィーはこくこく頷いてそれに応じる。槍の穂先の鋳型を取り出してゴーレムに渡すと、ゴーレムは鋳型を確認してそれに溶けた金属を流し込む。そういった工程を尻目にイーファがラルフに声を掛けた。
「つかぬ事を伺いますが、何故この子ゴブリンをパーティーに加えているのでしょうか?」
「ん?何でって……」
「戦闘能力は皆無。歩幅も狭く、旅には足手まといかと推察します」
確かにその通りではある。戦う能力はないし、歩くのも遅い。時々持ち上げて移動する事もあれば、戦闘中に抱えて守る事もよくある。
しかしウィーには凄まじいレベルの索敵能力があるから全くの役立たずというわけでもないし、それが無くともウィーを見捨てたりしない。
「関係ないね。こいつは俺たちの仲間だからな」
優しい目でウィーを見守るラルフ。魔族として強さこそステータスだと疑わなかったイーファには「仲間」だからといって弱者に対し、慈しむ目を向ける様は到底理解し難い事だった。
ミーシャの表情も蔑むでもなく、心底楽しそうにしていることから仲間でもないのに何故か疎外感を感じる。主人と要塞を乗っ取られたせいだろうが、ずっと住んでいたのに元から自分の居場所ではないような気さえした。イーファの雰囲気をそれなりに感じ取ったラルフはふっと笑う。
「そう慌てんなよ。俺たちのやり方にどうせすぐ慣れる。心配すんな」
その言葉に訝しい顔でジトッと睨む。
「……別に慣れたくもありませんわ」
不機嫌に返答してミーシャとウィーの戯れている様を見る。変わらず楽しそうに鉄を打つ姿を見て少しほっこりした。ラルフに言われるとカチンと来るが、強弱の関係ない優しい世界に心が癒される。
新しい発見や経験則にない出来事を目の前にすると意識が変わる。イーファも例外でなく、ラルフと肩を並べて立つ姿はもうとっくにチームの一員だった。




