プロローグ
「第二区画突破サレマシタ!!」
「第三、及ビ第四区画到達マデノ間ニバリケードハ間ニ合イマス!部隊ノ展開ヲ急イデ……」
ドゴォンッ
「今ノ爆発ハ何ダ!?」
「ヤラレタ……!コッチハ誘導デス!!第四塔大破」
爆音と喧騒。硬質な物同士がぶつかり、火花と血を散らす戦争の様相。
人類に傾倒する進化を遂げた獣人族との永きに渡る生存競争が終盤を迎えていた。
ここはカサブリア王国。十四の小国が寄り集まって出来た魔獣人の国。
元を辿れば、始まりは十四の小国を纏め上げ、カサブリアという大きな国にした偉大な王、第七魔王”前、銀爪”の死ぬ前まで遡る——
「……来たか、待っていたぞ」
カサブリアの一番大きな島。その中枢に聳え立つ城の一画に広々とした庭園があった。丁寧にカットされた庭の草木に囲まれた休憩スペースにドカッと筋骨隆々の大男が座る。彼こそ一代で国を纏め、王にのし上がった逸材。第七魔王”銀爪”。その名はリカルド。
「何ノ用ダ?コンナ所ニ呼ビ出シテ……」
のっしのっしと鈍重な体を支える立派な脚で地面を踏みしめて黒々とした牛頭が顔を覗かせた。彼の名はオルド。魔人ミノタウロスの純粋な血統であり、この国でもあまり存在しない希少種である。
「……聞かれたくない話だからな。まぁ座れ」
机を挟んだ真向かいの椅子をゴツい指が指し示す。
「フンッ……オ前ココガ好キダナ。ソレデ?供回リモ連レズニ会ウトイウ事ハ何ノ悪巧ミカナ?」
冗談交じりにおどけながら向かいに腰掛ける。「悪巧み、か……」と意味深に呟くと椅子に座り直した。
「実は急な話なんだが、俺はもうすぐ死ぬことになる。その前に王位継承についてをお前に話しておこうと思ってな……」
オルドは目をパチクリさせて言われた意味が頭に浸透するのに時間をかけていた。
「……冗談デモ言ウ事デハ無イナ。最近構ッテヤレナカッタシ、寂シクナッタカ?」
「真面目に聞け。俺の命が後僅かなのは確かな事だ。それも数日後に行われる人間との戦いの中で、な」
真正面から真剣な目で見られると只事ではないと思わされる。が、この話は「数日後」と言う言葉もある様に未来で起こる出来事だ。どれだけ真剣な顔をしても確かめようがない以上懐疑的になるのも仕方がない。それでもオルドは真剣な目で見返す。
「……確カカ?」
「うむ……残念な話だが……」
リカルドは腕を組んで俯く。諦めきった顔のリカルドを覗き込むようにオルドは声をかけた。
「……因ミニ、ドウヤッテ死ヌンダ?」
「白の騎士団を知っているな?その中の一人、魔断のゼアルによって為す術も無く死ぬ。あっという間にな……」
「一大事ダナ。オ前ガ死ネバ、コノ国ノ未来ハ崩壊ダ」
リカルド王はこの国の種族の寄せ集めを纏め上げてきた大功労者。陸海空の垣根を越えた国に成りつつあるというのに、ここで死なれては国民皆が困るというもの。荒唐無稽とも思えるが、この馬鹿げたリカルドの発言を無碍にすることは出来ない。その理由は、
「ウゥム……”未来予知”、ダッタナ。イマイチ分カラン無茶苦茶ナ話ダガ、オ前ハ何度モソレデ助カッテイタノダロウ……?」
リカルドの特異能力、それは「未来予知」である。
普段は数分先の未来を見ることの出来る力ではあるが、自分の生命に関する時はその枠組みを超えることが出来た。この力により一代で魔王にまで成った。この力を知るのは亡き妻を除けばオルドと第一魔王"黒雲"の二人だ。これほどの特異能力は利用される恐れがあるので最も信頼する者にしか伝えなかった。
「シカシ、オ前ハ今度モ助カル。ソノ場ニ行カナケレバ、ドウトイウコトハナイシナ。王位継承ハ死ヲ回避シテカラジックリト考エレバ良イダロウ」
リカルドはその言葉を聞いて肩を竦める。
「ああ、本来なら俺は逃げる。だが今回は逃げられんのだ……カサブリアの王である以上、あの戦争は逃げてはならない……」
「待テ、何ノ話ダ?戦争ダト?」
人類、特にアニマンとは生存権を争っているが、最近は小競り合い程度で戦争と呼べるほどの大きな戦いは無かった。突然降って湧いたように激突するというのか?それも数えられる程度の僅かな日数で……
「その通り……数日の後、ナリミヤの荒野で始まる戦争。これを回避した場合この国にとって深刻なダメージを負うことになる」
オルドは聞いていることが信じられなくて周りをキョロキョロと見回す。元から誰もいないのに声を落としてそっとリカルドに聞く。
「……アニマン共ノ強襲カ?モシカシテ既ニ部隊ヲ展開シテイルトカ?」
「詳しいことはまだ……一応偵察を向かわせてはいる」
ギシッと背もたれに身を預けてリカルドをじっと見る。しばらくの沈黙が流れたが、オルドが口を開いた。
「……オ前ヲ守ル。誰カガ死ナナケレバ終ワランノナラバ、コノ俺ガ死ノウ。オ前ヤ稲妻程デハ無イガ、俺モソコソコ名ノ知レタ男。不足ハアルマイ?」
「そういう訳にはいかない。今後のこともあるし、オルドには生きてもらわないと困る」
「馬鹿野郎、ソレハコチラノ台詞ダ。先ニモ言ッタガ、オ前ガ死ネバ国ノ崩壊ハ止メラレン。俺ニ任セロ」
死ぬかも知れない話だというのに、お互いがその席を取り合っている。どちらも譲る気は無さそうだ。
「お前の自己犠牲には感謝している。しかし、この戦争は俺の死で終わる。身代わりを立ててもその未来は変わらない……それにな」
リカルドはニヤリと笑う。
「俺が死んでも意外と国は大丈夫みたいだぞ?」
*
「——隊長……オルド隊長!!」
オルドは思い出に浸っていた目を静かに開けた。そこには肩で息をするリザード兵が立っていた。焦っているのか瞳孔が開いたり閉じたりを繰り返している。
「第五塔モ陥落シマシタ……!コノママデハ「クレータゲート」ヲ突破サレルノモ時間ノ問題デス!」
「ソノ様ダナ……」
身の丈を越す斧を杖代わりに立ち上がると不安で押し潰されそうな兵士たちを見渡す。
「……ココハ俺ダケデ良イ。下ガッテ次ニ備エロ」
「シ、シカシ……」
「ココニ来ルノハ何モ反逆者ダケデハ無イ。次ニ備エテ、後ロノ防備ヲ固メテオケ」
カサブリアの崩壊は間近に迫っていた。それというのも、突如王国内にて内紛が始まったのだ。魔獣人同士の内ゲバ。目下戦争中のこの国であってはならない珍事と言える。
現在、亡き前王の息子がそのまま第七魔王"銀爪"の名を受け継いだ。新たな王に成ってからというもの大海原で追い風に乗っていたカサブリア王国は、無様な舵取りでいつの間にか山を登っていた。
最初こそ力を見せつけて国民からの賞賛の声が多く見受けられたが、それで満足した銀爪は王の仕事をほとんど放棄して遊んでいた。
家臣に任せた政治も、様々な種族の寄せ集めである為か割とすぐに仲違いが始まり、好き勝手に国庫を使い始めて税収が増える。増税に関する事柄や、戦争の為の徴兵に関する事も全て銀爪のせいにされ、知らず知らずに国民からのヘイトが溜まって行くといった負の連鎖が起こっていた。
これだけなら王を傀儡にした家臣達が悪いと言えるが、王は王でわがまま放題で好き放題の愚王であった為に、最初に上がった株は暴落して関心と信頼は一瞬で薄れ、愛想を尽かされた形となる。具体的には王である特権を振りかざして自身に忖度する者たちに特別な対応をしたり、気に入らないものを殺したり壊したり……極め付けは魔鳥人の重鎮、ビルデ伯爵を殺害してしまった事だ。
稲妻の一件でビルデ伯爵の突き上げを食らって耐え切れなくなった銀爪は、衆人環視のもと癇癪を起こして殺してしまった。その場はそこにいた目撃者達を脅し上げて黙らせたが、カサブリアの最強部隊”稲妻”のリーダーであるシザーをこっそり閑職へ回した事がバレて更なる不信感を募らせた。
全ての状況が重なり、その結果”稲妻”のシザーを担ぎ上げた”国家反逆軍”が立ち上がったのだった。
リザード兵は目をパチクリさせながらオルドを見やる。すぐそこまでやって来ている反逆軍以上に警戒する者達などいるのだろうか?
「ハ?……ト、申シマスト?」
尖った石突を地面に突き立てるとリザード兵を睨みつける。ビクッと体が跳ねるリザード兵。
「分カランカ?アニマン共ダ。コノ騒動ハ既ニ嗅ギ付ケラレテイルダロウ。必ズコノ機ニ攻メテ来ル。「オ前ノ動ク時ダト」銀爪ニソウ伝エロ!」
苛立った口調で語気強めに吐き捨てる。百戦錬磨の戦士を前に震え上がってあたふたするが「ハ、ハイ!!」と何とか返事をして部下は全員走って移動した。それを目で追っていたオルドは空を見上げてため息を吐く。
「リカルド……オ前ノ言葉ヲ信ジテイタカッタガ、ドウヤラ駄目ダナ……ジュニアノ奴ハ……俺ヤ、オ前ガ期待シテイタ程デハ無カッタ様ダゾ……」
*
薄暗い部屋の中で陽の光を遮って、昼間だというのに酒瓶を片手に一人掛けのソファに座るヒョロい男が居た。外からは戦いの音が聞こえてくるが、待機を命じられた銀爪は一人いじけていた。
「けっ……馬鹿共が。俺が出りゃすぐに済むんだ。オルドの奴、なーにが「国民を殺すな」だよ……反逆者を殺すのは王の仕事だろうが……」
グビッと酒瓶を呷る。自分のしでかした事、家臣の悪政に関する懐事情など、諸々の事態をアルコールで満たしてボンヤリさせる。ただ自分の得意なことだけに神経を研ぎ澄ませながら手を握ったり開いたりしている。
と、その時
「銀爪様!!」
扉の前で声が聞こえる。最近度々聞いた声。
「……なぁんだクソ蜥蜴!聞こえてんよ!」
「……ァ……ソノ、オルド様カラノ伝言デス!」
「オルドが?……つか何やってんだよ。とっとと入れクソ蜥蜴!目の前で報告しろや!」
ちょっと残った酒瓶を癇癪で床に叩きつけてパシャァンッと粉々に砕いた。その音を聞いたリザード兵は即座に部屋に入る。
「シ、失礼シマス!オルド様カラノ伝言デ「アニマンノ襲撃ニ備エロ」トノ事デス!」
「アニマンだ?何言ってんだお前。今やってんのは反逆者の掃討のはずだろ?」
「ハッ!コノ機ニ乗ジテ外カラノ干渉ガアルト見越シテイマシタ!我々モ急ギ部隊ヲ編成致シマス!」
「なるほど」と頷いた。自分が戦線に出ていればここはガラ空きだった。外から攻撃があった場合は反逆者との挟み撃ちで瓦解していた。
「……そうか、分かった。とっとと行け」
「ハッ!」
リザード兵は踵を返してサッと部屋から出て行った。背もたれに身を預けてククッと静かに笑う。
「流石は歴戦の勇士って所か?……そりゃそうか、親父が頼りにしたくらいだしなぁ……」
バッと勢いよく立ち上がると、机に置いたサングラスをかけた。
「んじゃ、ぶっ殺しに生きますかっと」




