第三十九話 黒い炎
王の集いの緊急会議が終わり、魚人族の王子は肘掛けをガンッと叩いた。すぐ近くにいた家臣はそれにビクッとして王子を見る。
「何が王の集いだ……父上は地上との関係をあれだけ大切にしてきたというのに、恩知らず共め……てんで話にならないじゃないか!!」
ガバッと椅子から離れるとすぐ後ろの装飾品前まで泳いで止まる。そこに飾られてあったのは提灯の様な不思議な形をした模型。
「もう我々だけでやるしかあるまい……」
家臣達は顔を見合わせ、一人が王子に声をかける。
「何を言います。先程の会議を横で聞いておりましたが、地上の民は復興支援を約束されていました。これこそ亡き王の外交の賜物と考えますが……」
「不十分だ。何故地上の民は調査で話を終わらせている?本来なら我らと共に父上の無念を晴らすべく報復に打って出る筈だ。我々は王を喪ったのだぞ?これ以上に優先すべき事などない!奴等は出来ない御託を並べて一方的に諦めさせようとしているのだ!!」
王子は家臣達の方へ振り替えり、身ぶり手振りで現在抱えている感情を大きく見せる。段々ヒートアップする王子に対して刺激しないように家臣の一人が静かに話し出す。
「……確かに先程の会議での森王様のお言葉は、国の崩壊という大事件を被害の一部程度に数えていたと捉えられる口調でございました」
「そうだろう!我らなど眼中に無いのだ!住む世界が違うからと見下しているのだろうな……!!」
「しかしながら!」
ピシャッと遮るように声を大きく出す。
「我らにとっては国を再建する事の方が急務。復興支援と調査を両立していただけるのであれば、先ずはそれを受け入れて、復興が成った暁には今一度議題に上げれば良いのです。亡き王もそれも望まれていると……」
「お前は何も知らないのか?それともそれをあえて無視しているのか?」
呆れた顔で王子は家臣を見渡す。
「……この者の意見に賛同する者は?」
ここに集まった六人の内、発言をしたマーマンを含めた四人が、人差し指を立てた手を申し訳程度に上げる。他二名は王子の剣幕に怯えて見に回った日和見だ。内心では家臣全員が復興を軸に国を建て直す事を考えていた。それこそこんな中で他の国の力も借りずに戦争を起こそうなんて自ら破滅するも同じ事。それを見た王子が俯き加減で頭を左右に振った。
「思い出せ。魔王"白絶"に襲われたあの日を……何も出来ずに同胞が死に逝く姿を……」
目を閉じれば甦るあの光景。弱者は為す術もなく死んでいく。悲しみに暮れる暇も戦おうと奮い立つ事も出来ない。恐怖で逃げ惑う憐れなマーマン達。
「父上はそんな暴力に負けずに国を建て直した。それは事実だし立派だった。ならば他の王達はどうだ?約束は果たされたか?」
手を上げていた家臣達はそっと手を下ろした。海王の手腕は誰の目にも素晴らしかったと言えるだろうし、それに異を唱える者などマーマンにはいない。それに比べ、地上の民が八割方でも約束を遂行できたのかと言われれば首を傾げる。というより一方的に要求して来た事の方が多かったのではないかとさえ感じていた。
「……特にヒューマンの王は父上にあれだけ白絶の首を約束していたのに、奴の船に攻撃の一つも仕掛けない。場所だけ教えて隠れていろと……父上もそれで……その程度で感謝を表明していた。地上の民の言動は全ておためごかしだ。我々はそろそろ奴等とは縁を切るべき所に来ているのではないだろうか?」
それには沈黙していた家臣も立ち上がる。
「それは早計に過ぎます!」
「魔族の攻撃は大きな打撃となりましたが、ここで手を切っては誰の援助も受けられなくなります!」
「その通り!"先ずは協調を"と海王様も仰られていました!どうか賢明な判断をお願い致します!!」
口々に反対を表明する。
「黙れ。その協調は我らにとって何の益にもならない。大体我らの領域は奴等にとっては息をすることも出来ない死の領域。片や地上でも息の出来る我々は完璧な生き物なのだ。何故何もかも奴等の優位を確保してやる必要がある?見下されるべきはあっちなのに協調だと!?ふざけるのも大概にしろ!!」
王子は王笏を床に思い切り突く。王から次代の王に継承され、歴史ある王笏はあまりの勢いに先が欠ける。そんな伝統的で大事な物の扱い方、そして王子の地上人に対する偏見まで皆間見た家臣達は、王子の精神状態が異常な状態にあると位置付ける。
「……かなり混乱されているようですな。海王様の崩御と慣れぬ水への抵抗感でお体を崩されているのではないでしょうか?」
「……ですな。王子、良ければ少しお休みになりましょう。ここの領主が最高の部屋の用意があると……」
カンッ
甲高い音が鳴る。また強く王笏で床を叩いた。
「……"カリブティス"を起動する」
その言葉に目を丸くする。
「バカな……!あれはまだ開発途上です!今動かしても満足な結果は得られません!」
「ならば開発を急がせろ!」
家臣達は頭を抱える。これでは駄々をこねる幼児と変わらない。
「……今まで目を背けてきた事に焦点を当てるだけだ。父上の外交努力を無にしないよう立ち回るなら、地上の民を利用するだけ利用する。その上で我らもこの戦争に参戦するなら文句あるまい?」
もう何を言っても聞かない王子に、これ以上の説得は無意味だ。
白絶の白い珊瑚に匹敵する最強の戦艦"カリブティス"。カタログスペックなら神話級の力を有する無敵戦艦。海王が最高機密扱いで作らせていた物だが、完成を見ることなくこの世を去った。
王子の説得で機密を解除し国民に情報を開示。海王の未練を報復と共に完遂する良い機会である事と国民の後押しもあり、国の復興とカリブティス建造の再開を同時進行で進める事に成功する。最初こそ懐疑的であった家臣達も王子のひた向きな姿勢と、国民の理解に絆されて協力的になる。上も下も関係なく同じ方向を向くなど、白絶の襲撃以来の事だ。今回は白絶とは別の勢力であり、被害も甚大である事からやる事はもっと過激になる。
マーマン参戦。
*
波に流されることなく岩盤に根を張り、深海で動くこともなく眠りに堕ちる船があった。
白い珊瑚。白絶の駆る恐怖の幽霊船。
その幽霊船の甲板に黒いベールと黒いドレスに包まれた未亡人と思わしき女性が海流に煽られてドレスの裾がなびく。まるで風に吹かれているようだ。ベールも舞い上がり、一瞬顔が顕となる。その目は目玉がなく光が灯っている。アンデッドに多く見られる特徴だ。これによって彼女が既に死んでいた事が分かる。
『テテュース……何をしてるの……?』
その声は頭に響いた。声はあどけなさを残す少女、白絶の物である。テテュースと呼ばれた彼女は俯き加減で答える。
「夫が……消滅いたしました」
『……灰燼が……あの臆病者が……消滅とは……世も末……という所か……』
テテュースは顔を上げて遠い海面を見る。
「いずれ来る事と知りつつも悲しいもので御座います。感傷的になるわたくしをどうかお許し下さいませ……」
『良い……存分に……悲しむが良い……』
灰燼の死を心から悲しみ、弔うテテュース。昔、昔に捨てられたのに長い歴史の中でたった一人に操を立て、同じ世界に居る為に自らを下法でアンデッドに変化させた。変わる事ない愛を捧げ続けた。それなのに……。
その煮え滾る黒い炎を感じ取った白絶はそっと耳打ちするように質問する。
『復讐が……望みか……?』
「……出来ますれば」
『……そうか……ならばやろう……息の続く限り……』
白絶、参戦。