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第三十五話 彼岸花の外で

「美しい……」


 全身和装に身を包んだ主武器を刀とする男は空に咲く花を見て呟いた。立派な髭はもみあげと繋がり、獅子の(たてがみ)のようだ。彼の名はロングマン。ロングマンを含め八人からなる組織、八大地獄のリーダーだ。藤堂源之助の抹殺という目的を持って行動する謎多き組織である。


 その男の言葉に端を発したのはすぐ隣に座る十代の若い少年。


「どこがだよ。あの花、喜色悪いぜ?趣味悪いなロングマン」


 右腕に何やらでかい機械のような変なものを装着している。武器なのだろうか?それにしては使いづらそうだ。ロングマンは獅子のような髭を撫で上げてチラリと少年を見る。


「ふぅむ……あの花を見た事は無いか?彼岸の頃に突如咲く花でなぁ、我が地域では死人花や幽霊花などとも呼ばれている奇妙な花だよ」


「は?益々気色悪いじゃんかよ。こんな日にんなもんが見えるとか変な偶然もあったもんだな……」


 少年はポツンと見える空の花から自分達の元にやって来る軍団に目を移す。

 杖や槍、そしてガンブレイドを提げた、やたら煌びやかな鎧をつけた軍団だ。額に水晶の様な角が専用の穴開き兜から見える。この事から一角人(ホーン)であることは間違いない。下手な金属より硬い角はホーンの誇りであり、一見無防備に見えるがそんな事はない。ついでに仲間の確認も兼ね備えている。


「オリビアの話じゃホーンっつー誇り高い種族らしいな。何の用だよ、たく……」


「考えるまでもなく報復であろう。我らの拠点にいた連中の為の、な」


 現在、北の地域を一部占領し、勝手に拠点と位置付けてホーンの国の領土を侵した。


「しかし、面白い。彼奴(きゃつ)らは我々の存在をどう知ったのか……偵察の類いもなく、この短期間に軍が動くとは……」


「突然やって来たんだし、単純に交代要因とかじゃねーのか?」


「ふぅむ、無くはないであろうが……それにしては殺意が高い。いずれにしろ我らの拠点を目指すというなら拒む他あるまいな……」


 スッと袖から腕を出すが、それを少年が制する。


「待ちなよ、俺がやる。久し振りに暴れてーから」


 座った体勢から音も僅かにスッと立ち上がる。暗殺者のような身のこなしはただならぬ者であると教えてくれた。少年は右腕に取り付けた機械のようなものを取り外そうとするが、それをロングマンは止める。


「待て、彼奴らのあの装備……接近戦は危険だ。"叫喚(きょうかん)"を使え」


 杖を持つということは魔法使いが居るということ、そしてそれ以上に警戒したのはガンブレイドだ。見たこともない武器に警戒している。


「あの武器はライフルに酷似している。撃たれるのは危険と判断する」


「へっ!飛び道具にビビるかよ。それにこいつを使っちまったら肩慣らしになんねーだろ?」


 ペチペチと右手に嵌まった機械を叩く。話を聞かない少年をキッと睨み付ける。


「テノス、我が言うことを聞け。お前の実力を侮ってなどいないし、運動をするなとも言わん。しかしあれの正体が分かるまでは慎重に行動するべきだ」


 テノスと呼ばれた少年はバツが悪そうな顔で目を逸らす。


「分かったよ……たく、心配性だな……」


 テノスは三歩前に出ると鎧を鳴らしてやって来るホーンの軍を見据える。機械の取り付けた右腕を持ち上げて起動するとガシャンッと大きく横に広がり、見た事のある形になる。それは弓。いや、クロスボウだ。テノスの身長と同じくらい長いリムは見た感じとてつもない威力を感じさせる。中世の据え置き型兵器、巨大弓(バリスタ)を思わせるフォルム。テノスは角度を調整して山なりになるよう発射位置を上目に固定する。しかし、発射されるのは矢ではない。


「少し遊んでやろうと思ったんだけど仕方ない。こいつを喰らいな!」


 バシュッ


 丸っこい魔力の塊を軍の頭上に飛ばす。魔力の塊は敵との丁度中間地点まで一気に浮かび上がると、徐々に速度を落として空中で制止するかしないかの減速を見せる。その瞬間。


 パァンッ


 魔力の塊は弾けた。まるで花火の如く破裂した魔力は焼失することなくホーン達に降り注ぐ。ホーン達は慌てふためく事もなく魔障壁を展開する。その規模は都市一つを覆うほど強力なものだった。


「はっ!掛かったな!」


 魔障壁に降り注いだ魔力は接触した瞬間、溶けるように広がっていく。魔障壁全部を覆うと、ポツポツと赤紫の斑点がそこらかしこに浮き出す。


「何だこれ……」

「おい、何か危ないんじゃないか!?」

「すぐに解除しろ!急げ!」


 ホーン達は何が起こったか分からなかったが、危険を感じて魔障壁の解除をする。が、時既に遅し。魔法使いが魔障壁との接続を切るが、その壁は一向に消える気配がない。


「どうなってる!?」

「解除したのに消えないぞ!」

「これでは前に進めん!」


 ホーン達は揃ってざわざわしているが、事態はそんな単純なものではなかった。赤紫の斑点からパチッと放電が見られたのだ。それに気付いた数名は本格的に捕まったと悟る。鳥籠の鳥より酷い状態だ。何せ放電しているのだから触れることも許されない。


「ふぅむ……魔力が使えるというのも考えものよなぁ。それを完全に逆手に取れるこんな装備があるのだから……」


 ロングマンはスッと合掌する。全て終わったと死に逝く者達を弔った。弔い終えると踵を返してその場を去る。テノスは展開した叫喚と呼ばれる機械を仕舞うとその後ろについて行く。


「結界さえ張らなきゃ何人かは生きてたかもな。だから言ったろ?肩慣らしにならねーって」


 その台詞はこの攻撃が終わりでないことを意味している。それはすぐに起こった。


 バチィンッ


 魔障壁の内側で雷の如き放電がホーン達を襲い始めたのだ。その様を形容するならプラズマボール。電流を視認することのできる科学のおもちゃだ。ただ規模が全く違う上に攻撃に特化した魔法なので殺傷能力という観点でも比較にならない。

 ホーン達の悲鳴が聞こえる。中には魔障壁の中で更に魔障壁を張ろうと試みた魔法使いがいたが、その魔障壁もプラズマボールに変わり、内部の生物を焦がした。軍隊は為す術もなく、突如現れた地獄の稲妻に焼かれて息絶えた。


「……また一日で多くの死者が出た。それもこれも彼奴が解き放たれたせいよな……全く嘆かわしい」


「そうだよな~。俺達が起きるきっかけはあいつだもんな。それになんだっけ?あれ」


 テノスは空に浮かぶ花を見る。ロングマンも釣られて振り向く。


「……彼岸花か?」


「彼岸花ねぇ……死人花だとか幽霊花だとか不吉も不吉。そんなもんまで花開くとか、今日はもしかして呪われた日なんじゃねぇの?」


「そうだな。きっと我らの知らぬところでもっと多くの生き物が本日、理不尽な理由で彼岸の彼方に送られた事だろう。その命に報いるためにも彼奴を早いところ見つけ出さなくては……」


 悩ましい顔で拠点に帰る途中でふと思い付く。


「人類の現在の頂点の連中に話をつけて藤堂を見つけ出す。まずはホーンを脅し上げて和睦し、そこから取り入っていけば糸口を手繰り寄せられる……と、こんなのはどうであろうか?」


「なんだよ……せっかく暴れられる理由があるのに手放せって事か?姉ちゃんが黙ってねーぞ。俺知らねーからな」


 ポケットに手を突っ込んでプイッとそっぽを向く。


「あっいやいや、何を言う。暴れられる理由ならあるとも。彼奴らに探してもらう代わりに我らが彼奴らの殺して欲しい者共を始末するのだ。この様な一方的で不毛な争いを生まぬようにな」


 先ほど仕掛けた魔障壁の罠が解除され、魔障壁に囲われた部分は草木も炭となって無惨な様相を呈している。少し水分が残っていたのか、パリパリと静電気のような小さな放電が見える。


「つまり後ろ楯って事か。面倒な事になんねーなら否定しねーよ?けどそんなに上手くいくか?」


 ムスッとしたロングマンの顔はニヤリと歪む。


「その時は我らの得意な事をやるだけよ」


「……つーと?」


「もちろん皆殺しだ」


 止めていた足を動かして歩き出す。もうここには何もない。二人はもう振り替えることなく拠点に戻った。ロングマン達は知らないが、ホーンの軍団の壊滅は通信装置により発信される。その様子を見ていた観測者達は桁違いの力に怯え、常に様子を確認する為に探索鳥を放つ。その様子は王の集いで共有され、北の町への侵入は禁止となる。後に八大地獄からコンタクトを取られ、王の集いは頭を悩ませる。

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