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第三十一話 首なし騎士

 ガシャァンッ


 デュラハンの体は派手な音を立てて壁にぶち当たる。


「遅いな」


 ミーシャはいつの間にか取り上げたデュラハンの頭を手元でポーンポーンと放ってはキャッチし、放ってはキャッチしてボールの様に弄ぶ。


「くっ……接近戦で負けるとは……何故魔力砲を使わないのです!貴女ならわたくしを消し炭にする事も可能なはず!」


「え?使ってほしいのか?跡形も無くなるけどそれでいいのか?」


「この様な辱しめを受けるくらいなら消滅を選びます!さあ!殺してください!!」


 必死な叫びに耳をポリポリ掻く。


「うるさいなぁ……せっかくだけど、そう簡単に死んでもらっちゃ困るのよ。灰燼(かいじん)の元に案内してもらわなくちゃいけないしね」


「なっ!?わたくしが主を裏切るとお思いですか?!あり得ません!」


「そうなの?私は簡単に裏切られたよ?何であんな爺に忠誠心高いのが就いてるの?おかしくない?」


 デュラハンの体はガシャッと勢いよく立ち上がるとミーシャに斬りかかる。実力は達人クラス。上段からの斬り降ろしは剣を扱うものが見れば理想の太刀筋である。自分も巻き込む形での切込み。彼女の覚悟が見受けられるがしかし、ミーシャには欠伸が出るほど遅い。人差し指と親指の間に挟み込むと、バスタードソードの刃がいとも簡単に制止する。


「くっ!?」


「無駄な事しない。教えてくれないならいいや、とりあえず交渉のカードに一体目確保としよう」


 摘まんだ剣とデュラハンの頭を抱え込んでズンズン歩き出す。


「あっ……ちょ、ちょっと!待って!待ってください!!」


 まったく抗う事も出来ずに連れて行かれる。踏ん張っている体の方はまるで散歩中に駄々をこねる柴犬のようだ。ミーシャからして見ても多少煩わしいくらいで気にも留めない。焦り始めたデュラハンは抱え込まれた頭をもぞもぞ動かし、顎が外れる程大きく口を開いてシイィィィッという超音波を発する。突然の事に驚いたミーシャはデュラハンの頭を覗き込む。


「えぇ……?うるさ……何の真似?」


 喋るつもりはないという意思表示に目を逸らして口を真一文字に結ぶ。美人の顔立ちだが子供っぽい事をされると憎たらしく見えてくる。もう一度聞こうかと思い息を吸いこんだ時、遠くからカチャンッカチャンッと鎧の音がした。


「……あ、なるほど。仲間を呼んだのね?丁度いいわ。十二体は多いと思ってたのよ。三体消滅させて9シスターズにしてあげる」


「戯言を!その余裕がいつまで続くか見ものですね!!」


 丁度三体やって来たデュラハンはミーシャの力の前に瞬く間に消滅し、宣言通り9シスターズとなる。余裕がなくなったのはデュラハンの方だった。



 ガキィィンッ


 通路に響き渡る金属音。その音の発生源はブレイドとデュラハンの鍔迫り合い。十二体の内、二体がこちらに来ていた。


「ほらほらっ!その程度ですか!?」


「男の子一人で頑張るなんて健気ですこと!」


 二方向から同時にやって来るコンビネーション攻撃に受けるのがやっとという感じだ。


「うっ……!くそ、狭くて戦いづらい!」


 野外での戦闘に慣れているブレイドにとって、すぐ傍に壁のある屋内の戦闘は得意ではない。その上、人類との戦いを何十年と経験してきたデュラハンにとって相手の嫌がる攻撃は熟知している。ブレイドの武器がガンブレイドである事を瞬時に見抜いた彼女たちは銃形態を危険視し、一気に距離を詰めて鍔迫り合いに持ち込んだ。銃も剣も独学でやって来た為に正確な剣捌きはブレイドを焦らせる。


「ブレイド!」


 アルルが支援しようと槍を構える。


「アルル!補助魔法を俺に掛けろ!攻撃は俺がする!」


 この狭い通路では攻撃魔法を仕掛ける際、何とか二体を抑えているブレイドも巻き込まれる可能性がある。補助魔法なら今の状況が好転して攻撃が出来るかもしれない。アルルはその真意を一瞬の間に読み解くと補助魔法の為の詠唱をし始めた。


「我が名はアルル……大魔導士アスロンの名を借りて四大精霊の加護を戴き、付与するは心身向上の護り……(たぎ)れ!”鋼鉄の肉体(フルメタルアーマー)”」


 ブレイドに魔力が注がれ、身体能力が向上していくのを感じる。ある程度の攻撃を弾く体と筋力を上昇させた。速度はそう変わらないが、これなら多少攻撃に手を割いても大丈夫だ。


「させませんわ!」


 一体がスッと後方に下がり、首を持ち上げる。目が光を放ち、その光に晒されたブレイドの体からアルルの魔力を霧散させた。


「これは……消去(ディスペル)!?そんなのって……!」


 既に発動した相手の魔法を無効にする上級魔法。ここで出されるとは夢にも思わない。ブレイドに掛けた鋼鉄の肉体(フルメタルアーマー)は解除され、最初の状態に逆戻りとなる。


「ちっ!ラルフさん!ここは俺が何とかします!アルルを連れてベルフィアさんを……!!」


「隙ありですわ!」


 ザシュッ


 ほんの少し集中が切れた瞬間を見抜いてブレイドの右手首を斬りつける。


「ぐっ……!」


 傷は浅いが血が滴り、痛みで剣を持つ手も鈍る。


回復(ヒール)!」


 アルルは即座に魔法を発動する。回復魔法は掠り傷程度の傷を瞬時に癒した。これには消去魔法を使う間すら与えない。それに感心してふと手を止めた。


「へー、やりますわね」


「我々程でないにしろ中々のコンビネーションですわ」


 絶え間なく剣を振ってきた攻防の中でようやく訪れた一時の間。牽制しつつ休憩を挟む。デュラハンは余裕そうに笑いながら肩を回した。


「この……調子に乗るなよ……」


 ミキッと奥歯を噛み締める。ブレイドは自分の中に眠る魔族の側面を呼び覚ます為に力を込める。血管が浮き出て肌が黒く変色し、目が黄金の輝きを見せる。


「……魔族?ヒューマンに見えていましたけど、カモフラージュでしたの?」


「違うわ姉さま。彼はきっと半人半魔(ハーフ)ですわ。この変化をいつぞや見た事ありますの。確か灰燼様が実験の為に捕まえて観察していたかと」


 その発言にふーっと短くため息を吐くと呆れ気味に話す。


「……主様はお戯れが過ぎますわね……」


「しかしその実験が謎を解明しますのよ?まったくの無駄ではございませんわ。彼がただの人でないなら警戒しないといけませんし……」


 チャキッと剣を持ち直す。さっきまでは遊びだったと言いたげな雰囲気だ。消去魔法がある以上、素の実力で追い詰めなければならない。アルルに頼るのは回復魔法くらいだ。実質二対一。そしてこれ以上の後退は許されない。後ろには三人の護らなければならない仲間がいるからだ。


「……発言を撤回します。俺から離れないで下さい。ミーシャさんが何とかしてくれるまで耐えて見せます」


 その言葉にデュラハンの一体が訝しい顔をしてブレイドに尋ねる。


「あの……先程からどなたに話しかけてますの?ちょっと気味が悪いのですが……」


 言われた意味が分からず眉間にシワを寄せる。当然ラルフに向けて話している。口調を変えているのだから察しても良い筈だが、敵だしこっちの事情が分からないのも当然の事。その言葉を無視して力の解放に集中していると、続け様にもう一体の方も声をかけてきた。


「そういえば草臥れたハットの殿方はどちらに行かれましたの?お姿が見えないような……?」


「何を馬鹿な……油断を誘うつもりか?」


 だが確かな違和感がある。先程から相槌の一つも聞こえなかった。いや、そんな筈はない。ミーシャとも約束していたし、命の危険がある以上自分から離れるわけがない。ブレイドが牽制している中、アルルが振り返る。


「……ラルフさん?ラルフさん!?ラルフさーん!!」


 そこにいる筈のラルフとウィーは忽然と姿を消し、後方には自分たちがやっつけたスケルトンやゾンビの山があるばかり。アルルの挙動を見なくても手に取るように分かる。


「くそっ!マジかあの人……!!」


 ブレイドの推測では、戦いの中でふとウィーの索敵にベルフィアの気配が引っかかった。アルルに伝える事も考えたが、ラルフはその後の身勝手な行動を反対されるだろうと悟る。少し迷ったが動けるのが自分だけだと考えてコッソリ抜け出したのだろう。

 自分が付いていながら何という失態。ラルフの突飛な行動まで予期していなかった。ウィーもいるのだから大人しくしているかと思ったら全く逆。ウィーがいたから先走った。こうなったら目の前のデュラハンをすぐさま殲滅し、ラルフを探す事を第一に考え行動するしかない。


「……もういいアルル……どの道こいつらを倒してからじゃないと動けない。前を向いて集中しろ」


「……分かった。ねぇ、ブレイド」


 相槌を打つ事も無くアルルに耳を傾ける。


「終わったらラルフさん説教しなきゃだね」


 ブレイドはニヤリと笑う。


「ああそうだ。きつーく、な」


「……お喋りは終わりまして?とっとと始めますわよ」


 ブレイドとアルル対デュラハン二体。

 双方数秒の睨み合いの後どちらから共なく動き出し、凄まじい剣戟が始まった。

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