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第三十話 儚い夢

「ふむ……なるほどなるほど……」


 灰燼(かいじん)は吸血鬼の研究を急いで行う為、ミーシャ達が来る前に使い潰す勢いでベルフィアを解体しまくった。


「肉片が消失、または消滅した場合は新しい器官を溜め込んだ血で作るのか。つまり新鮮な血を送り込み続ければ心臓以外摘出しても再生出来るわけじゃな……」


 冷静に観察しながら細かな部分の記録を取る。


「ヒヒヒ……この心臓と同じ器官を生み出す事が出来れば……永遠の存在へと姿を変えられまする……」


「待て婆や。そうなると生き物が居なくなった場合はどうなる?結局自分で血液を作らなければならんじゃろ?それでは永遠の存在とは呼べぬ」


 鎖骨から上と心臓だけになったベルフィアを指差し訴える。骨や内蔵を取り外され、心臓に二、三本釘を打たれて痙攣している吸血鬼のなんと無様な事か。万が一同じ状況に立たされた時、打開出来る力が無ければ自分もこうなる未来が待っている。


「例えば空気や魔力、植物や水や土に至る自然を取り込む事で再生を可能とするならば、これすなわち永遠となりうると儂は思うが如何に?」


「……一理ありますなぁ……血液だけではわざわざ生き物を捕まえなくてはいけませんし……面倒ごとが増える事は必死……しかしまず解明せぬ事には何事も始まりませぬ……」


 カチッ


 その音は首輪で吊るされたベルフィアの頭から発せられた。「ん?」とこの研究室の二人は音の方に向く。カチッカチッカチッ……リズムを一定に歯を鳴らす。ベルフィアは無残な姿でも口角を上げ、まだまだ余裕を持ってるように見える。単なる強がりだという事は誰の目にも明らかだが、それでも、この状態になって尚諦めていない。


「……何のつもりだ?その状態でも全く関係なく口は利ける筈だが?」


 指摘されたベルフィアはカチンッと顎を閉じるとペロリと口周りを舐める。


「ふふふ……ミーシャ様が来とルというに悠長な事ヨ。そノ上意地もなければ矜持もない。永遠ノ存在?馬鹿申せ。主らノ行先は消滅しかないワ」


 分かりやすい挑発だが事実だ。ミーシャが辿り着いたら為す術はない。ベルフィアが歯を噛み合わせていたのは時間がない事を示し、焦りを与える為の行動だった。


「……弱い者程よく吠える、と言いますぞ……少し黙ってみては如何かと……」


 デスウィッチは無表情で指摘する。ずっと口角を上げながら喋っていた彼女には珍しいと言える顔だった。


「まぁ待て婆や。ベルフィアと言ったな?その様な姿になっても意地や矜持を語るとは見上げたものよ。少なくとも儂は貴様の言う通り、そんなものはアンデッドになる事で捨てた……」


 灰燼はベルフィアに近寄り、目と鼻の先にまでやって来た。


「しかしどうじゃ?貴様らは生まれながらに無敵因子を授かりながら儂の方が長くこの世に居る。即ちこの世に留まるのに意地や矜持など要らんのじゃよ。どうじゃ?意味が分かるか?」


「ふふっ生きルだけならそれも良かろう。がしかし、貴様ノ目指すもノは意地と矜持無くして手に入るもノではないぞ?」


「ほぅ、儂の目指すものが分かるのか?出鱈目もいい加減にせよ」


 ベルフィアは顎を上向きにして見下す。


「意地と矜持無くして繁栄(・・)などあり得ぬ……」


 その言葉に灰燼の目の色は赤く染まる。ベルフィアはその変化を知ってか知らずか、ふっと笑うと下から覗き込む様にジロリと視線を変える。


「と、これは我が母ノ受け売りでノぅ。儚き夢を追うならば主柱が無くてはいかんという教えじゃ。我が母はそノ言葉を残してミーシャ様と戦い、そして死んだ。じゃがそノ意地は意思となり、矜持と共に(わらわ)が次いでおル。吸血鬼は今後も生き続けル。……思っタ形でないから母も困惑しとルかも知れんがノぅ」


 チキッチキッチキッ……


 骨同士を合わせる硬質な音が鳴る。灰燼がおもむろに拍手をし始めた音だ。


「いやはやなんとも……感動する話よなぁ。儂に涙腺があれば泣いておったが、とうの昔に腐り落ちてしまっての、いや残念至極……」


 拍手を止めると睨み付ける。


「貴様は確かに本物の吸血鬼よ。誇るが良い。そしてその意思は受け継がれる」


 灰燼はベルフィアの心臓を握る。


「かひゅっ……!」


 握り潰すような勢いで掴まれ、ベルフィアは息も絶え絶えに灰燼を睨む。こうなっては言葉を出す事は出来ない。


「捨てた意地と矜持を今この手に取り戻す」


 ブチッ


 ベルフィアの心臓を無情に引き千切る。ベルフィアの目は濁り、強張っていた顔も表情を失う。血も通わない心臓は何の為に動くかも分からないその身をドクンドクンと動かし続け、灰燼の手に包まれる。


「儂の一部となりて永遠に……」


 その余韻に浸り、心臓を眺めていると要塞がまた揺れ、ドォンッと遠くで破裂音が聞こえる。


「……灰燼様……」


 流石のデスウィッチも焦り始める。灰燼の部下の中で戦闘能力が最も高い彼の"12シスターズ"が合間合間で守りを固めているとはいえ、それも時間稼ぎにしかならない。


「ふふ、婆やの言う通りよ。まず解明せぬ事にはどうしようもない。この心臓を儂に移植し、試験運用を開始する」


「……御意に……」


 事切れたベルフィアをチラリと見て呟く。


「……これが意地と矜持か?死んでは意味がないではないか……」


 もう答える事のない顔は空虚で物静かだった。


「下らぬ」

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