第二十九話 そこをどけ
(こいつは戦った事ないが、通常の対処で良いんだろうか?)
ブレイドは這いずり回るアンデッド、レギオンを見て少し考える。死者が寄り集まった事で出来上がったと考えれば普通に切っても再生しそうではある。サッと右ひざを床に付けて左膝を立てる。銃床を右肩に付け、崩れかけのアンデッドに狙いを付けた。
レギオンは複数の口を一斉に開くと、その口から先程松明に向けて放った針のような攻撃を複数飛ばした。針は逃げ場を無くす為、均等に通路を塞ぐように飛ばされたが、ブレイドは冷静に狙いを付けて魔力砲を放つ。
ドンッ
飛んできた針を巻き込んで消滅させ、レギオンの体でも一番太い部分を削り取った。
「ギャアァ……」
一番大きな口の部分が消滅し、小さな口たちが細い悲鳴を出しながら体から力が抜けて萎んでいく。
「脆い……」
思った以上に簡単に無力化出来た。一見死んだようにも見えるが相手はアンデッド。どうせ死んだふりだ。後方の戦闘が始まったのを皮切りに前方のゴースト達も動き出す。
『ヒィィィイッ!!』
この通路いっぱいに反響する独特な悲鳴。弱きものの心を揺さぶり、恐怖に陥れて動けなくするゴーストの得意技。
「反射!!」
アルルは既にその攻撃が来る事を知っていたように即反応する。空気に魔力のこもった振動は反射の魔法で跳ね返す。魔力反射の効果でゴースト自身に悲鳴攻撃が入った。恐怖など関係の無いゴースト達には意味のない攻撃だと思えるが、この微細な振動は繊細なゴースト達にはかなり効果があった。半透明の体が揺らぎ、電波の乱れで映像が霞むように体を保てなくなっている。その場にとどまっているのがやっとという所だ。
「燃え上がれ”鬼火”!」
鬼火。この炎は魂を燃やすと言われ、生き物には冷たく感じる。炎に曝された者の気力を奪い取り、者によっては精神異常を来す。死霊魔術師が得意とする魔法。
アンデッドにはアンデッドの炎を。物理攻撃が無効の実体が無い魔物は通常魔法にも大なり小なり耐性が存在する。が、同系統の魔法攻撃を防ぐ事が出来ない。
「ヒィアァァァッ……!!」
ゴーストは自分達の体を取り繕うのに必死で、妖炎を避ける事も少しの移動すら出来ずにただ焼かれて身を捩る。為す術もない完璧な対処。これは何度かゴーストと戦っていると思われる効率的な撃退法だ。ブレイドの完勝は当然として、アルルの対応にはラルフも瞠目した。
「こりゃすげぇ……ゴーストと戦った事あったのか?」
「ん?いいえ、無いですよ。対処法はおじいちゃんから聞いてたので何とかなりました。ぶっつけ本番でしたが上手くいくもんですね~」
へらっと笑う。天才っていうのはこういう奴の事を言うのだろう。
(……ん?勤勉だからこの場合秀才か……?いや、初めてっぽいしやっぱり天才……分からん。黙っとこ)
そんな詮無い事を考えつつアルルの鬼火でゴーストは湯気のように消えてなくなった。青白く通路が照らせれる中、ブレイドがおもむろに立ち上がり、レギオンの側に行くとガンブレイドをかざして魔力砲を三発放つ。
ドドドンッ
空気が震える音と陽光のような光で死肉がほとんど消滅した。まだ欠片程度残っていたが、それを放置して三人の元に行く。
「急ぎましょう。これ以上ベルフィアさんを待たせるわけにはいきません」
「っしゃ!行くか!」
ウィーを抱えながら歩き始めた時、突如要塞がゴォンッという鈍い音を立てて揺れる。
「おっとと……向こうもおっ始めた様だな」
「流石ミーシャさんは派手ですよねー」
二人は感心するがブレイドは困った顔をする。
「暴れまわるのは良いんですけど、この要塞が浮遊能力を失って突如落ちるとかって無いですよね?」
彼女の強さに感心し、頼りすぎて忘れていたがミーシャは脳筋である。面倒臭くなったらベルフィアの救出より要塞陥落を目指す可能性はあり得無くない。
「あっ……分からん。加減してくれてると信じたいが……落ちる前にベルフィア見つけるぞ!!」
*
「もー、邪魔」
ボンッ
手を振ると骨の頭が吹き飛ぶ。一対や二体を粉砕した所で効果がない。スケルトン戦士は通路を塞ぐほどの勢いでミーシャに迫っていた。この骨のアンデッドは錆びだらけの武器で生き物に攻撃を与え、感染症を引き起こさせ状態異常を付与する。錆びの他に毒も塗り込まれているので、その場で殺せなくてもじわじわと体力を奪ういやらしい手を使う厄介な敵だ。しかしミーシャには関係ない。傷はおろか、当たる事すら無いからだ。
通路にいた骨の大群は見る間に目減りしていく。ミーシャには珍しく魔力砲を使うことなく肉弾戦を用いて吹き飛ばす。それもこれもこの要塞が脆すぎる事に起因する。最初にやって来た先兵に魔力砲を放った時に壁を貫通し、凄まじい揺れが起こった。この要塞を何かの拍子に落としてしまったら不味い。ベルフィアはともかくラルフたちが不味い。
だが一体一体をその手で潰していくのはしんどいとしか言いようがない。何とか出来ないものかと考えながら打撃を繰り返していると、あっという間に最後尾が見えてきた。
(あ、思ったより少なかったか……ん?)
スケルトン戦士の後ろに別の種族がいる事に気付く。
「ほう、デュラハンか。少しは骨のある奴が来たな」
そこにいたのは鎧を纏った首なしの女騎士。全身鎧の魔族の性別を教えてくれたのは、豊かな双丘に合わせた特注の胸当てだ。妙に括れた腰に、太めの下半身、左わきに首を右手にバスタードソードを携えたアンデッド。いや、アンデッドというのは語弊がある。彼女は妖魔と呼ばれる妖精の亜種だ。強力な妖魔であり、上級魔族に匹敵する。
最後のスケルトンを裏拳で滅ぼすとデュラハンの前に立つ。ミーシャを前にしたデュラハンはスッと腰を下ろし、カーテシーをして見せた。目上に対する最敬礼。第二魔王の称号を剥奪されて尚、ミーシャには権威があると認めている。その事を悟ると偉そうに腕を組んで胸を張った。
「……ふむ、殊勝な心掛けだ。立場がよく分かっているようだな」
「お初にお目にかかります鏖様」
バギンッ
足元にあった骨を踏み砕く。
「やめろ……その名で呼ぶのは許さん」
怒りで空間を歪ませる。その気に当てられても余裕の態度を崩す事無くフッと小さく微笑んだ。
「大変失礼いたしました。元第二魔王様」
「いや、その呼び方も……」と一瞬訂正しようとしたが、頭を振って止める。
「お前達”12シスターズ”の噂は聞いている。灰燼の部下でもかなり優秀なんだろ?何十年か前にも人類との戦争で戦果をあげたそうじゃないか。その中の一体とここで会えるとはな……」
「良くご存じで……光栄でございます。シスターズの代表としてお礼申し上げます」
「うん、まぁ優秀なのには目がなくてな?何せ私の部下は……」
苦笑交じりに言いかけて口を閉じるとため息を吐く。
「いや、よそう。もう部下じゃないし……ところで私の力は知っているな?」
その問いに空気が変わる。
「……ええ、それはもう。今すぐ道を開けて命乞いをしたい程度には……」
「ほぅ、なるほど……それでもやるんだな?」
デュラハンはミーシャにバスタードソードを掲げて腰を落とし、臨戦態勢を整える。
「我らは剣。我らは第六魔王”灰燼”様の為にのみあるのです。……お覚悟を、ミーシャ様」
フンッと鼻を鳴らすと組んだ腕を解き、手を自由にしてニヤリと笑う。
「私を退屈させるなよ?」
その時、微かにベルフィアの叫び声が聞こえた気がした。その声を聴いたミーシャは笑った口許をへの字に結ぶ。
「……前言撤回だ。仲間が待ってる。そこを退く気がないなら容赦はしないぞ?」
その問いにはデュラハンもフンッと鼻を鳴らした。若干呆れすら感じる厭味ったらしい嘲り。
「こう言っては何ですが、無礼を承知で申し上げましょう。くどい、とね」




