第二十八話 罠
空飛ぶ彼岸花型の要塞”スカイ・ウォーカー”。
その内部で灰燼の部下達は侵入者を排除すべく奔走していた。と言っても蝙蝠のような魔獣なので走るというのは語弊がある。飛行しながらかなりの速度で移動していた。
飛行する数十匹の蝙蝠の集団は燃える松明を確認すると一斉に攻撃を開始する。口から放射された針のように細く尖った魔力の塊は、侵入者達がいるであろうそこに向かって放たれる。侵入者は何も出来ずに攻撃に晒される。松明の火が揺らいで床にカランと落ちた。
しかし一向に他の音がしない。悲鳴や人が倒れる音、武器や持ち物を落とす音など何らかの音があっても良いはずだが、衣擦れの音すらしないのは流石におかしい。集団は一気に近付くと松明のある場所を飛び回る。火はまだ煌々と燃えているものの、そこに侵入者の姿はない。
キィ……
自分達が通って来た通路の二部屋向こうから扉が開く音がした。そこにいたのはクネる槍を携えた魔女。
「立ち上れ”炎の壁”!」
その言葉に槍の穂先に付いた水晶が輝き、魔獣の真下で焚かれていた火が突如燃え上がる。
「ギャアァァァッ……!!」
炎の壁に包まれた魔獣達はその羽を燃やしてボトボトと落ちて行った。完全に死んではいないが重度の火傷を負って床を這うようにもぞもぞしている。それを見届けたアルルは「やっつけました」と一言。すぐ側の部屋からラルフ達が出てきてアルルに合流した。
「流石アルルだぜ。火力も申し分ないな」
ラルフは燃え広がる火の光に照らされた焦げた魔獣を見ながら感心する。
「でもとどめまでは刺せてないのが……」
「必要ねぇよ。コイツらに回復能力はないんだし、放っとけばいいのさ」
すぐ傍の壁に立てかけてあった火の点いていない松明を手に取ると新しく火をつける。後ろをチラッと照らした後、魔獣を仕留める事無く先を急ぐ。
「しかし良くもまぁ丁度いい罠をはりましたね」
「まぁな。偵察で早く動けるのを選ぶなら多分あれぐらいの奴だと予想したんだ。まんまと掛かりやがったぜ」
「なるほど、豊富な経験則って奴ですか」
「それもあるけど大きいのはウィーの探索能力だな。こいつがいれば相手の所在は先に掴める。探査能力は探索鳥を遥かに上回ってると言って過言じゃねぇよ」
「ウィー様様だな」と笑いながらウィーの頭を撫でる。彼はフンッと誇らしげに鼻を鳴らした。ウィーの最大の武器は生き延びる為だけに培われた探査能力。同い年の子供達で喧嘩させれば間違いなく一番最初にノックアウトされるほど戦闘力は皆無だが、過酷な環境でサバイバルをさせれば大の大人を差し置いて最後の最後まで生き残れる。超常の存在であるサトリも認める能力だ。
「つってもアルルがいなきゃ罠にならんし、遺跡の類を除けばブレイドの方がうまく立ち回るだろうぜ。俺は横から口を挟むだけ……」
「そんな寂しい事言わないで下さいよ~」
アルルが口を挟んだが、真剣な顔をしたラルフが「しっ」とアルルに手をかざす。「おっ?」と周りを確認し始める。だが全く何ともない。
「何かおかしい……静かすぎる……」
ウィーはラルフに訝しい顔を向ける。「静かな事は良い事だ」と言わんばかりの目を向けたが、次の瞬間「ハッ」として後ろを振り向く。その視線に気付くと全員が後ろを振り向いた。後ろからほんの小さくズリ……ズリ……と何かが這うような音が聞こえる。後ろからくると言う事は外から回り込んだ刺客か、はたまた先の蝙蝠の魔獣か。ウィーが焦って服の裾を引っ張る。
「先に進むぞ。構ってられねぇぜ」
さっと前に動くが、ウィーが立ち止まる。その反応に頭を抱える。
「……囲まれたか」
部屋に隠れるべきか、迎撃すべきか考える。ウィーが困った顔で目が泳いで思考が右往左往しているのが見て取れた。
「……迎撃だな」
「……迎撃ですか」
ガンブレイドを構える。
「どうしてです?さっきみたいに罠を張れば余計な体力を使わなくても……」
ラルフは松明をブレイドに持たせるとウィーを抱え上げ、ウィーはコアラのようにラルフにぶら下がる。落ちない様に確認したラルフはブレイドから松明を受け取るとアルルを見た。
「出来ればそうしたいんだが、ウィーの怯えようを見れば隠れるのは多分無駄だ」
ガタガタ震えてラルフの懐に顔を隠してしまう。体も全部隠してしまいたいだろうが出来ないので、せめて見ない様にしているのだ。逃げられない状況の時はこうして顔を隠すので分かりやすい。
ブレイドは積極的に前に出る。アルルは下がって後ろの敵を注視する。その間で動向を伺うラルフとウィー。態勢が整うのと同時に敵が姿を現した。後ろで這いずっていたのはアルルが焼いた蝙蝠の集団。その残骸共が合体して別の生物となっていた。
いや生き物ではない。既に死んでいる。焦げた臭いで所々皮膚がはげ落ちて痛々しい。無数の口が開いては閉まり、開いては閉まりを繰り返しながら羽や胴体が合体した歪な手を前に出して体を引き摺る。
動けない体を何とか動かす為に死人同士が協力し合ってこのような形になる事がある。小さい魔獣の集団だったのでそこまで大きくないが、こうなったら中々死なない面倒臭いアンデッドに早変わりだ。アンデッドの集合体は俗に”軍団”と呼ばれ忌み嫌われている。
「うわぁ……消滅するまで焼いてもらえば良かったぜ……とどめは刺しとくもんだな……」
今更後悔しても遅い。ここは第六魔王”灰燼”と呼ばれるアンデッドが住む要塞。このような存在が出てきても不思議ではなかった。
そして追い打ちをかけるように前方からやって来たのは実体のない怪物、ゴースト。それも見える範囲で五体。なんでこいつらが最初に来なかったのかは、ほとんど浮いてるだけなので移動能力に差があるのだと察する。
「あ、なるほど。罠に掛かったのは俺らか……洒落になんねぇ……」
生物の生気を吸いとって衰弱死させる嫌がらせアンデッドの定番連中だ。こいつらが厄介なのは物理攻撃が無効なところと、生者を探知する事が可能というところだ。ウィーが怯えたのは隠れる事が意味ないと悟った為である。
神官や魔法使いが不在、有効なアイテムを持ってないなどのどうしようもない時は逃げるが勝ち。ゴーストは移動が遅いので逃げ切るのは簡単だ。逃げる選択肢は最初から無いが、幸いにも魔法使いのアルルがいる。
「アルル……俺がその気持ち悪いのをやる。前は頼んだ」
「……うん。幽霊も大概だけどそっちの方が私向きだよね……」
二人はお互いで確認し合うとサッと交代する。その動きにゴーストは悲鳴を、レギオンは唸り声で牽制する。ブレイドはミシッと柄部分が軋む勢いで握る。アルルも小さく詠唱を始めた。一触即発。辺りに緊張が走る。
そこに小さく金属の擦れる音と女性の悲鳴が聞こえた気がした。ピクッと音に耳を傾ける。ラルフ達はその有るか無いかの音でベルフィアが何かされているのだろうと想像した。ブレイドは眉間にシワを寄せ、ギリッと歯軋りしながらアルルに確認するように呟く。
「時間を掛けていられない様だ、すぐに終わらせるぞ……」




