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第二十六話 紅

「今の見た?」


 ミーシャは放った魔力砲が空中で何かに弾かれたのをラルフ達に確認した。


「ああ、確かにそこに何かあるな。ソフィアの言う通りだ」


 高度が高く、風が強いここでは本来大声で喋らないと声が通らない。しかし、そこまで声を荒げなくて良いのはアルルの魔障壁が風を防いでいるからである。ラルフはペンダントを耳元に当てて天樹の巫女、ソフィアの誘導を聞いていた。


『ザザッ……丁度ミーシャさんが攻撃されたそこで間違いないです……ザザッ……魔力で光を歪めて……様です……ザッ』


 少し通信が乱れるが何とか聞こえる。やっつけで通信機に仕上げたにしては感度が良い。話を聞く限り本来のソフィアでは即興で通信機の調整など不可能だっただろう。アトムはエルフにとって酷い奴だったが、良い置き土産をしてくれたと感謝せねばならない。


「なるほど、これは見つからないわけだ」


 雲と青い空に完全に溶け込んでいる。灰燼のいるであろう移動する島から1kmも離れていないはずなのに、島の欠片、魔力の歪みすら見えない。


「アルル。この島の魔法に干渉できるか?」


 ラルフはダメ元で聞いてみる。


「難しいです。島を隠すレベルの魔法は大儀式を用いてる場合がほとんどですし、個人の詠唱レベルではどうしようもないです……」


「まぁそうだよな……」


 アルルは器用だし相当強いが、どこまで行っても中級魔導士レベルだろう。それも凄い事だがやはり一人で出来る事は限られる。ミーシャは攻撃に特化しているので、こういう複雑な術式への干渉は諦めるしかないと見るべきだ。

ミーシャほど規格外な奴が器用だったら簡単に島の全貌を明らかに出来たかもしれない。その場合は百年前に世界が魔族のものになっていただろうが……。


「何を言っている?そんな面倒な事をしなくても島を落としたらいいじゃない」


 ミーシャはしれっと凄い事を言い始める。ブレイドもサッとガンブレイドを抜く。


「俺も出来る限り攻撃をします」


「うむっ」


 ミーシャとブレイドが構える。その時、急にザァァ……という音を立ててその島が姿を現した。突然の事に驚いてピタッと止まってしまう。その姿は異様としか言いようがない。城?遺跡?いや、こんな建造物を見た事がない。植物のようなしなりを持った不思議な建物。例えるなら咲き誇った花のような形。見た事ないのも無理はない、この世界に存在しない植物がモデルとなっている。


 その花の名前は彼岸花。


 不死者(アンデッド)が住まう城にこのデザインが使われているのは皮肉という他ない。何の為に存在しているのか分からない放射状に開いた大きな建造物は軟体動物を思わせ、見る者によっては巨大な怪物を思わせる。恐ろしい見た目だが、均等に花開く神秘的な姿は美しくもある。そんな美麗で悍ましい見た目に圧倒され、ラルフ達は一時言葉を失った。これは島ではない。宙に浮く建造物。


「ウ……?ウィー!ウィー!!」


 一緒に呆けていたウィーが突如騒ぎ始める。その声に「ハッ」としてすぐに態勢を立て直した。ウィーの警告を合図にしたように建造物が紅く滲むように光始める。魔力の胎動を感じたラルフ達は何か起こるだろうと予想して慌てた。


「反撃か!?不味いぞ!すぐに移動を……!!」


 ラルフは声を大にして叫ぶが時既に遅し、移動する間もなくそれは起こった。


 バシュシュシュシュシュ……


 何の為に存在しているのか分からない放射状に開いた大きな建造物は、今ある高度より高高度に紅い魔力を飛ばす。それは雨のように降り注ぎ、ラルフ達に襲い掛かる。戦場でよくある弓矢の雨などまるで水滴のように感じるほど凶悪で無情な攻撃。

 アルルの魔障壁は詠唱を施してあるのである程度の防御力は存在するが、後から後から降り注いでくる魔力のレーザーを受けきれる保証はどこにもない。万が一防げても防御に回ればこの高度には居続ける事は出来ない。叩き落とされ、海に沈むのは火を見るより明らかだ。空で死ぬか海で死ぬか二つに一つ。


 久々に思う。(これ……死んだろ……?)しかし、それは仮にミーシャが居なかった場合の出来事だ。


「突破するよ!!」


 ミーシャはアルルが展開した魔障壁を内側から触れる。その瞬間詠唱を施した時以上の光を放つ。


「これは!魔力が溢れて……!?」


 アルルも驚く魔障壁の急激な強化。紅い魔力の雨が魔障壁に触れるか触れないかの寸前、信じられない速度を持って一気に移動し要塞に突っ込む。魔力レーザーの雨の間を潜り抜けて要塞の展開する魔障壁に激突した。


 バジジジイイィ……


 要塞の大儀式で展開された魔障壁VSアルルとミーシャの共同魔障壁。


 パキィンッ


 決着は早かった。要塞を満遍なく守るために展開された魔障壁と、一転突破を目論んだ魔力の結晶では要塞の魔障壁が不利。例えるなら窓ガラスに思いきり石をぶつける様なもの。それほど苦も無く障壁の内側に侵入する。ブレイドが振り向くと破壊して間もなく魔障壁が復活しているのが見えた。


「侵入成功。と同時に閉じ込められましたね」


「……ふ、ふんっ!上等じゃねぇか……ベルフィア奪還の後でこの要塞の魔王をぶっ飛ばす。それで脱出して一件落着って奴だろ?」


 ラルフは強気で鼻を鳴らす。実は腰を抜かしていたのだが、空中だったので恥を晒す事が無かった為、強がりで気持ちを盛り返していた。


「うん、まぁそうね。ラルフにしては血の気の多いセリフじゃん?」


 ミーシャはキョロキョロと降りる場所を探して障壁を押し続ける。内部に入っても安全ではなかった。建造物の側面から質量を持った斬撃が複数飛んできたのだ。


 ギャリンッギャリンッ


「むっ?」


 ミーシャはその斬撃に興味を持つ。建造物の側面には何もないように見えるのにひっきりなしに斬撃が飛んでくるのだ。どういう構造になっているのか気になりもする。だがその暇はない。確かめたい気持ちを抑えて所々にある窓の様な空洞に飛び込んだ。


「うおっ!」

「うわっ!」

「きゃっ!」

「ウィー!」


 ポイポイ投げ込まれるように要塞内への侵入を果たした。ミーシャだけ無様を晒す事無く降り立つと、ラルフに手を貸して立たせる。ラルフは尻を擦りながら外の明かりが辛うじて入る通路に目を凝らした。


「痛ぁ……って暗いな……松明があるのに灯してないのかよ。ここの魔王はケチんぼだな」


 壁にかけた火の点いてない松明を手に取り、火打石で巻かれた布に火をつける。それを振りかざして多少見える範囲を広げると呟く。


「いや、もしかしたらこの通路は最近使ってないのかもしれないな……」


 かび臭く、砂埃が積もって床に付いた手や服が真っ白になっている。ブレイドもアルルもその埃に気付くと払い落とす。ウィーは気にも留めていないが顔半分が埃で白塗りされている。アルルがそれ気付いてウィーの顔を拭ってやると鼻に入ったのか、くしゅんっくしゅんっとくしゃみをし始めた。


「となればベルフィアさんはこの塔では無いどこかに監禁されていると言う事ですね?」


 ブレイドは様子を見てラルフに確認を求める。ラルフは「そうだ」と頷く。


「じゃあ移動しようよ。ベルフィアをまずは探さないと」


「それには賛成だが……この建造物の構造を考えたら探し出すまでにエライ時間掛かりそうだぞ?」


 飛び込んだのは塔の一角。塔の数は大小合わせて三十強。このどれかにいた場合は骨が折れる事請け合いだ。全て真ん中に収束しているのでベルフィアが中心に居てくれたら問題ないがそう簡単に事は済まないだろうと察する。


「……よし、俺達は中心を目指す。ミーシャは大小乱立している塔を虱潰しに当たってくれないか?」


 酷いお願いだ。前述の通り三十強もある建物を一人で回れというのだ。残りの四人は中心を目指していく簡単なもの。王であるミーシャに頼むにはあまりに不敬だが、彼女は二つ返事でこれを了承する。


「うん、分かった」


 チラッと窓の外を見た後すぐにラルフ達を見渡す。


「みんな死なないでね。ウィーとラルフはブレイドとアルルの後ろに隠れてなよ。特にラルフは絶対に二人から離れちゃダメだからね」


 毎回死にかけるラルフに指さし確認で注意する。情けない。おじさんと呼べる大の男が十代の子供の庇護下に置かれる事になるとは……。


「何言ってんだよ……そんなのあったり前だろ?ミーシャも気を付けろよ」


 生か死の天秤にかけられた時、人はプライドを捨てて生に縋る。ラルフもウィーも迷わずそうする。ミーシャはラルフの即答にニコッと表情を緩めると答える。


「……うん、大丈夫。任せて」


 捕獲されたベルフィアを探す為、一人と四人で二手に分かれてこの奇怪な建物の探索を開始した。

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