第二十四話 巫女の力
ラルフ達は避難所に向かう最中にミーシャに呼び止められ、ポカンと呆けていた。
「え?もう……終わったのか?」
「うん」
さっき戦いに送り出したばかりだというのに、あの古代種をあっという間に倒したなど、にわかに信じられない。ミーシャを疑うわけではないがドラゴンには魔力をほとんど使い果たしたと聞く。となれば意識が朦朧としていてもおかしくないが、パチッとした目で余裕すら感じられた。
「凄いですね……まるで疲れを感じない……」
ブレイドはミーシャの言葉を頭から信じて戦々恐々としている。それもそのはず、ミーシャがこの場にいる事もそうだが先程までうるさかった音という音が無くなり、しんっと静まり返っている。
「あ、そういえば音が……」
ブレイドに続いてアルルも気付いた。最早この場にミーシャの勝利を疑う者はいない。ラルフはうんうん頷いた後「よしっ」と一息ついて口を開いた。
「ミーシャお疲れ様。ブレイド、エルフの王様を連れて来てくれ。事が終わった事を知らせて話し合いといこうじゃないか」
「分かりました」
ブレイドは頷いて踵を返したが、呼んでくるように命じたラルフが何かに気付いた様にブレイドの肩を掴んだ。
「あ、あ……やっぱ行かなくて良い。話し合う必要なんてなかったわ。何せここに件の巫女がいるんだからな」
それを聞いてブレイドは「ああ……」と理解する。ミーシャもアルルもウィーも巫女に注目する。
「あ、ウィーは見ちゃダメ。刺激強すぎ」
アルルはそっとウィーの目を隠した。
「俺達の為に働いてもらうぜ?な、ソフィア」
別に逆らう気もなかったが、観念したソフィアはラルフの手の中で頷いた。その時、近付いて来る何かにミーシャが気付いた。
「ねぇ、ラルフ」
その視線を追って振り返ると二人のエルフがこちらに来るのが見えた。
「ハンターとグレースか……自由に動けている所を見るとどうやらあの作戦は成功したかな?」
ラルフは久々の作戦成功に少し喜ぶ。かなり走って来たのか、グレースが途中で力尽きて肩で息を吐きながら立ち止まって膝に手を付いた。ハンターは一瞬立ち止まったが、グレースを置いてラルフの元に来た。
「ラルフさん、無事だったようで……今何がどうなってるのか全く分からないんですが……?」
ハンターは先程からの凄まじい音や揺れに困惑していたのだろう。無理もない。まさかこの国に古代種がやって来たなど信じられるわけがない。
「うーん、強い魔物が侵入したけどミーシャが倒した。もう心配ない……いや、ここから見えると思うがかなり甚大な被害だ。国民が無事なら良いが……」
簡潔な説明だが大体理解したハンターは「なるほど……」と呟いた後、ラルフに口を塞がれた巫女に目を向ける。巫女の眼差しはラルフからの解放を望んでいるが、ラルフ達の目的を知っている以上解放を口にする事は出来ない。人の悪意に触れて来なかった巫女にとってこの状況は耐えがたいものだろう事は理解出来るが我慢してもらうしかない。
しかし、巫女だけをピンポイントで捕まえたのは大したものだ。さっきの騒動のお陰だろうがラルフというヒューマンに少し尊敬の念を抱く。
「あー……すいません。口は離してあげても良いのでは?」
それでも流石に誘拐紛いの様子に若干引く。ラルフは手の中で「ん~」と喋りたげな巫女を見た後ハンターに返答する。
「……それは出来ない相談だな」
口を開けばミーシャとラルフ以外は操られてしまう。これにはブレイドも口を挟んだ。
「この巫女には命令するだけで相手を操る力があります。嘘も誇張もなく口を押えてないと危険です」
アルルもそれに同意し、うんうん頷いている。納得出来ないがこれほど真剣に危険だと伝えられると真実味が増す。こうしておけば安心だというなら無理にやめさせるのは敵意を持たれる事になりかねない。巫女の安全も考えてハンターは口を噤んだ。
「ハァ、ハァ……み、巫女様も、一緒だったんですね……よ、よかっ……た」
グレースもようやくよたよたとやって来た。何が良かったなのか分からない巫女は非難する目でグレースを見た。息を整えるのに必死でその視線には気付かない。
「その通り。早速、能力を使ってもらおう」
予定になかったハンターとグレースとの合流。誰もいなくなった祭壇へと悠々と登る。巨大なエメラルドの前に着くと巫女に能力を使う様に顎をしゃくった。
「ん~。んん~んんん」
何か喋っているが口が開けられないので言葉にならない。しかし言いたい事は分かる。
「何だよ、口が開けられないと使えないのか?」
それにはグレースが答える。
「巫女の天樹起動にも魔法と同じく詠唱がいるんです。起動した後なら任意で使用出来るんですが、一定時間使わないと効果が切れちゃうみたいです」
「そうなのか……仕方ない。ミーシャ、もし全員操られたら制圧してくれ」
「ん、了解」
その言葉にラルフ達は身構える。何をそこまで警戒するのか分からないハンターとグレースは呑気に見ている。目で確認し「1、2の……3!」の掛け声でソフィアの口を解放した。ソフィアは「ぷはっ!」と大きく息を吸い込み、ケホッケホッと軽く席込む。
「……私には人を言葉で操るような……ケホッ、そんな力ありませんよ……」
頬から顎辺りを撫でながら抗議する。ラルフが警戒するあまり強く押さえすぎていたのかもしれない。だがソフィアの抗議に耳を貸すのはグレースとハンターくらいで、ラルフ達が警戒を解く事は無い。
「ほら、これで起動できるだろ?」
ラルフが悪びれる様子もなく返答する。ソフィアは複雑な表情を見せたが、すぐに終わらせようとエメラルドに両手をかざした。
「天樹よ、我が問いに答えよ……人と天の間に立ち、我らの言葉を届けよ。その力を示し、思いをつなぎ、世界に祝福を……天樹よ、我が問いに答えよ……」
同じ文言を繰り返し唱えるとエメラルドの結晶が光始める。神々しくも控えめな光は天樹が起動した事を教えている。それを確認してソフィアが振り返ってラルフを見る。
「起動出来ました。それで、どなたをお探しですか?ふっ……もっとも、私が見えるのは波長だけですので、どこまでお役に立てるのか分かりませんが……」
一つ前の巫女に比べて力が数段劣るソフィアは自嘲気味に笑う。その言葉にハンターが違和感を覚えた。
「……そんな事は無いでしょう?森王様から聞きましたが、かなり正確に情報を拾ったそうじゃないですか。違いますか?」
「は?いや、私の力はそこまで強くはありません。というよりもここに立ったのも久しぶりと言うか……何故だか最近の記憶があいまいで……気が付いたら水の中で、ラルフ?さんと一緒にいたんです。ずっと夢の中にいたような、何だか不思議な感覚でして……」
困惑気味に自分の状況を説明する。それを聞いてラルフが顎に手を当てた。
「とすると……創造神と名乗るアトムがずっと操ってた事になるのか?いつ頃からあの調子だったのか分からないが森王のストレスは半端じゃ無かったろうな……」
「ラルフさん、油断は禁物です。既に異様な気は感じませんが、今でも体に潜んでいるかもしれないんですから……」
ブレイドはもしもの時を思ってガンブレイドを鞘に仕舞ったまま巫女を見張る。もしガンブレイドを持ったまま操られたら取り返しがつかなくなるやもしれない。アルルはブレイドのその言葉にふと槍を手放した。強張っていた肩から力を抜き、警戒を解く。
「おい、何してんだよアルル」
「だってブレイドも今言ってたでしょ?全然気配を感じないんだもん。もう操られてないし良いかなって。大体、私が警戒しても意味ないし……」
緊張感のないセリフだがその通りだ。跪く様に命令された時は体の力が一瞬で抜けたし、抗う事は出来なかった。ウィーもブレイドも同じならミーシャとラルフ以外は警戒など無意味に等しい。ちょっと考えた後、「それもそうだ」と納得してブレイドも警戒を解く。ミーシャはそんな事どうでも良いと前に出た。
「探しているのはベルフィアという吸血鬼だ。早い所探して居場所を教えてくれ」
吸血鬼でソフィアは訝しむ。
「え……吸血鬼なんてもういないのでは……?」
知らなければこんな反応だろう。
「それがいたんだよ。一体だけな。とりあえず急いでるからすぐに頼む」
「……分かりました。期待はしないで下さい」
巫女はベルフィアの名前を唱えてゆっくりと目を開く。ソフィアはしばらくそのままじっとしていたがふいに呟いた。
「嘘……何これ……見える。良く見える」
信じられないものを見ているように困惑しながら呟いている。
「本当か!?どこだ。どこに居る?」
ミーシャは身を乗り出す様に急かす。ラルフが前に出てミーシャを「まぁまぁ……」と抑えた。
「多分アトムのおかげで見れるようになったんだろうぜ。これが初めての事みたいだし少しだけ待ってやろうや」
ラルフはハットを被り直してソフィアを見守る。ミーシャもそれに同意して腕を組んだ。しばらくしてソフィアが振り向く。
「お待たせしました。ベルフィアさんという方はここより北東の方角にある孤島にいます。現在捕らえられている地下牢の様子が目に飛び込んできました。かなりぐったりしているようですが……大丈夫なんでしょうか?」
「あのベルフィアが?」と訝しむが、見えたというなら本当なのだろう。ラルフは大雑把な世界地図を出して巫女の前に出す。
「どこだ?この地図に載っているか?」
「……いえ、載ってません。この孤島は移動しているようです。早く行かないと場所が変わってしまいますね……」
「なるほど……移動要塞。といった所か……」
となれば発見は難しい。こうなれば巫女と通信をつないで居場所を突き止めるのが良いが、そんな便利なものがあったら苦労は……。
「……あったわ」
「?」みんながラルフを見る。ラルフは上着のポケットからペンダントを取り出す。それはアルパザで魔断のゼアルから掠め取った最新の通信機である。
「ソフィア。こいつとその結晶を通信装置として魔法的に繋ぐ事は可能か?」
そのペンダントを受け取り、宝石の部分を触ると巫女の力に反応したのか内側から光った。
「分かりません……。分かりませんが、やってみます」




