第二十二話 粉砕
深々と突き立てた角を引き抜いて後ろに下がる。突き立てるのにまた十分な距離を取り、頭を振りかぶって天樹に突撃し、またしてもゴォンッと頭突く。これほどでかい木でなければ一撃のもと倒していただろうが二撃与えてもビクともしない。
『流石我らが授けただけはある……しかし!!』
グボッと引き抜くとまた大きく距離を取る。
『これで終わりだ!』
太い手を振り下ろしてドドンッと地均しすると突撃に身構える。ガバッと両手を上げて前のめりに飛び出したその時。
ゴォンッ
天樹までの距離はまだ遠く、しかし頭はその地に埋まる。
『グブッ!?』
その頭を中心にクレーターを作るとうつ伏せに大の字に寝転がる。
「待たせたな。続きだ、獣」
拳を掌で包み込み、ポキリポキリと骨を鳴らす。天樹にあれほどの勢いで頭を打ち付けても何とも無かった頭に鈍痛が響く。
『サトリィ……どうやってこのような……』
ザリザリと地面を引っかきながら痛みに耐えもがく。まるで格が違う。誰にも勝てない無敵の存在を目指して作成した最強の獣。人類からは古代種と恐れられし化け物。それをまさか単騎で互角以上とは……。
まさしく怪物。
ミーシャは手を広げるとまた魔力を貯め始めた。ようやく顔を上げられたアトムはミーシャを睨みつける。
『貴様……貴様貴様ァ!!!殺すっ!!』
ガバッと起き上がると角を振るってミーシャに襲いかかる。刃のように鋭い角は空気を切り裂く。
「突撃か?芸の無い」
その角の合間を縫ってミーシャは頭頂部を殴りつける。
ゴォンッ
『カッ……!!』
口をあんぐりと開けて白目を向く。それを見たミーシャは角を脇に抱え込んでアトムの後方に引っ張る。グンッと凄まじい力でひっくり返ると、また背中から地面に落ちる。ズゥンッと地鳴りがする程の勢いで倒れるが、そんな事でミーシャは許しはしない。
「ふんっ!!」
今度は引っこ抜くように角を支点に持ち上げる。ググッとゆっくり持ち上がると今度は腹這いに落とす。背中、腹、背中、腹……何度も何度も何度も何度も。叩きつけては持ち上げて叩きつけては持ち上げて。最後に仰向けに倒すとこの獣の最も硬い頭に向かって魔力を貯めた拳で殴りつけた。
ゴズッゴズッゴズッ……
何度も何度も何度も。幾度と無く、飽きる事も無く。
その内メキッメギッと音が変わり始めた。心なしか少し凹んでるようなそんな気がする。殴るのをやめてペタリと丁度凹んだ場所に手を置くと、そこに魔力砲を放つ。ブワァッと最初の内はその頭に弾かれていたが、段々と光が頭骨に侵入する。ボンッと頭を貫くと顎を貫通してダークビーストの腹を焦がした。
まん丸の穴が空いた頭頂部から顎までの空洞を確認した後、湯気の立つ煮えたぎった体液を魔障壁で弾きながら角をゴツリと殴りつける。ピシッとヒビが入ってジワジワと力無く折れた。
「他愛ない……あっ!」
ミーシャは気付いたようにタッと走ってもう一方の頭に回り込むと拳を固めてガツンと殴りつけた。
「危ない危ない、まだ終わってないよね。この頭を潰してっと……」
先に大鹿の頭でやった事を獅子の頭で繰り返す。顎を砕いたとはいえまだ生きている筈だ。何度か殴って大鹿より柔い頭を粉々にすると魔力砲で風穴を開けた。
「……よし、これでいいよね?」
生き物である以上、脳を破壊されれば一溜まりもないだろう。足でゲシゲシ蹴って生存を確かめるがピクリとも動かない。首を傾げながらダークビーストに目を向ける。
「なんか竜より弱かったかも……いや、最初から殺せるならどっちにしろこんな物だった、かも?」
黒雲に言われて生け捕りを選んだが、あの竜は今頃どうしているだろうか?羽も足も鱗も削って死ぬ一歩手前まで追い込んだ。あれならひと思いに殺してやるのが良かったのではないかと、果てたダークビーストを見ながらそう思った。そんな事をぼんやり考えながらペタペタと死体に触れているとふと気付く。
「……うーん、これもしかして自然に分解出来ないんじゃないかな……」
あれだけの労力を経てやっと風穴が空いたくらいだ。魔獣程度では食べる事は出来まい。
「消し炭にしとくか。ここにあったら邪魔だろうし」
ミーシャは親切心から手をかざし魔力で焼き払う。この日古代種が一つ、ダークビーストは跡形もなく消滅した。
*
『ハァッハアァッ……』
息を吐く必要のなくなった精神体で汗をかきそうなほど焦りながら先の事に恐怖を隠せない。もしここに同一存在がいれば何を言われたか分かったものではない。どうにか必死になって気を落ち着ける。それと同時に自ら作成した傑作を潰された事に悲しみを覚えた。
『こんな馬鹿な……何故こんな事に……』
もし体があったなら両手をついて項垂れていただろう。人類が古代種と呼ぶ九つの柱。超常の者達が作りし最強の生物達、その名も”門番”。魔族侵入から数千年。最初の犠牲がまさかアトムが作った獣とは……。散々馬鹿にしていた単眼の巨人より先に死ぬなどあってはならない。その上、獅子の頭が潰れていたとはいえ自分で操った最強の体が為す術もないなど笑い草どころではない。そして最も面白くない事が一つ。それはたった一人のヒューマンの存在である。
『……ラルフ……!!』
歯があったなら、顎があったなら、軋むほど食いしばっていた事だろう。
『我が存在は……巨大で、強大で、壮大で無くてはならない……。矮小な小物では神の威厳など存在しない』
例え巫女のひ弱な体だったとしても生き物では回避不可能な力があったのだ。同じ存在の邪魔立てがあったとはいえ、兵はあそこに幾らでもいたし、危機的状態に陥るなど本来ありえない。ここにいる事が恥ずかしいと思える程心は参っていた。
『殺さねば……あの人間を……殺さねば……』
呪詛のように唱え続けるアトム。それを傍から聞いていた超常の一つはふと疑問に思いながらその様子を眺める。ブツブツとその場から離れたアトムを見て呟く。
『……おやおや……干渉はご法度だと自分で言ってた癖に。サトリ然り、なんか面白い事してるみたいだねぇ』
飛竜がやられてからというもの、久々に自分達が動く機会が増えた。それもこれもサトリが作った鏖が原因なのだが、如何せんそれだけではないらしい。
『ラルフ……か。何者なんだろうねぇ……?』