十六話 圧倒的な暴力
ミーシャは人狼と対峙していた。といっても相手は茂みに隠れてしまっていて体の一部も見えていない。ミーシャは脳筋である。所謂力でねじ伏せることが一番であると思い、それ即ち肉体で解決出来ない事はないと考えている。
茂みに隠れて見えない敵を晒すには茂みを消すのが一番だ。敵の考えを逆手に取ったり、炙り出す事など面倒だし正直考えてすらいない。魔力を手に集中させ魔素を凝縮させていく。範囲を考え、木々ごと敵を一掃するよう力を込める。敵は撤退の為の準備に入っていると想定される。
「う~ん……まだダメっぽいけどこの辺でいいか……」
魔力の濃縮に少し不満はあるが、逃げられる事を思えば少しでも早い攻撃が望ましい。先の”魔力砲”程度で三匹殺した事を思えば悪くはないだろう。手に溜めた魔力を上空に放つ。ビー玉くらいの小さな魔力玉は、弓で弾いた弓矢のようにかなりの速度で人狼たちがいるであろう森の真上に停止する。
「ベルフィア、人狼は何匹だ?」
ベルフィアは先に死んだ三匹に目をやり答える。
「……十三匹でございます」
「十三か……三匹は残りそうだな……私の攻撃が外れたらそいつらを殺せ。無理なら私を呼ぶがいい」
ベルフィアが不満そうな顔でコクンと頷き、体内から力を引き出す。”吸血身体強化”による肉体活性。コスト二で使える単純な肉体強化だ。そしてコスト一の索敵能力も改めて発動し、現在の人狼の位置を把握する。
「魔王様……彼奴等は移動を開始しています。もう少し東にズラして下さい」
「おお!お前そんな事が分かるのか?いい能力だ!気に入った!戦闘が終わったら話をしよう!」
ミーシャは思いもよらぬ提案と能力に感動する。脳筋揃いの部隊しか持たず、大抵役に立たなかったので結局自分で解決する事が多かったからだ。言われた通り東に魔力玉を移動させる。
「そこです」
ミーシャは魔力玉を破裂させる。破裂したと同時に展開されたのは魔力による囲い。まるでメインディッシュに被せられている釣り鐘型のドームカバーのように森にシールドを張る。直径25mくらいのシールドは、そこにいる人狼達を閉じ込める。
「コイツハ何ダ!?」
魔力によるシールドに閉じ込められた人狼たちは動揺を見せる。
「逃ゲ道ヲ塞ガレタ!」
散り散りに逃げるタイミングを計っていたが判断が遅かった。シールドを張られた瞬間、木々は分断され、地面が抉れた。どの程度の固さか判断しかねるが簡単には破れないだろう。となればこの限られた範囲内で”鏖”と戦う必要がある。
わずか25m程度の範囲で草木を使って魔力尽きるまで攻撃を避け続ける?無理だ。このシールドを破らない限り嬲り殺されるのが目に見える。しかし事態は予想を覆す。
ジジジジジイジッジイイッジジ……
何とシールドが小さくなっている。地面を削る音が徐々に草木を消し炭にし、人狼の活動範囲をどんどん狭めていく。そこで気付いた。このシールドに閉じ込めて逃げ道を塞ぎ、さらにシールドを縮める事で身動きすら取れなくする。この攻撃はいわば網にとらえられた魚のようなもの。網が意味するのは言葉通りの一網打尽。
(隊長……”銀爪”様…申シ訳ゴザイマセン。セメテ隊長ダケデモ逃ゲテ状況ノ報告ヲ……)
シールドでとらえられた瞬間から副長は死を覚悟していた。他の部下たちは無様に吠えている。皆恐怖で感情を自制出来ず、本能のままに悲鳴を上げる。副長が冷静でいられたのは部下が狼狽えていたからだ。当の本人より周りが騒がしいと冷静でいられるというやつだ。部下は命を惜しんでシールドに特攻する。体当たりしたり、引っかいたり、牙を立てたり……しかし予想通りというべきか、傷一つかない。どころか人狼のシールドに触れた部分が焼けて、体毛が禿げたり、爪が溶け、牙の先が丸くなる。
止まる事なくどんどん狭まっていくシールド。その間も蓄積されるダメージ。攻撃していない奴も蓄積ダメージを受け始めた時、副長を含めた部下たちの顔が青ざめる。
(マサカ……コノママ?)
人狼たちは直感的に知る。”鏖”はこのまま自分たちをシールドで押しつぶすつもりだと、そしてその直感はミーシャの考えをズバリ当てていた。
「隠れた虫を殺すなら隠れた物ごと潰せばいいじゃないか」
というのがミーシャの出した結論であり、そしてそれを実行する能力をミーシャは有していた。
ミーシャは脳筋である。
シールド内で草木が消える中、人狼達は何とか原形を保つが、徐々に圧力に押されていく。シールド外は地面が抉れ、25m範囲だけ草木がなく、まるで隕石でも堕ちたかのようにクレーターとなってその場所を窪んだ更地に変えていく。
ミーシャは機械のように人狼たちを潰していく。シールド内では死を覚悟したはずの副長ですら恐怖に慄いている。こんな殺され方をするとは露にも思わなかった証拠だろう。叫んでも吠えても止まらない収縮。
その内、シールド内が真っ赤に染まりだす。声が消え、液体だけになった後、そのまま一気に収縮して痕跡が消える。おおよそ九匹の人狼は世界から塵も残さず消え去った。
(何ダコレハ!?圧倒的ジャナイカ!!)
消え去った部下に感謝も労いも、弔いも出来ない。隊長の二段階は下の能力ではあるが、実力は確かだった部下達が城入り口付近に転がる部下より無残に殺された。魔王の中でも異次元の強さだと噂があったが、グラジャラク大陸に攻め入られないためのプロパガンダだと認識していた。
現に人間たちは”鏖”の名が出るだけで撤退をするというし、グラジャラク大陸にも人の王国はあるが侵攻の話は聞かない。人の王国は今まだグラジャラクに健在だ。それだけ強いなら人の国を攻め堕とせばいい。裏で取引があるらしいが、人魔大戦の時代に取引とは……攻め入らない約束事でもしていることは明らかである。
カサブリア王国では血で血を洗う激戦を続けている昨今、グラジャラクの政治には不満を持っていた。しかし魔王の実力が本当だとするなら?隊長の認識はもろくも崩れ去り、敵に回ってしまった事実に戦慄を覚える。裏切ってしまったイミーナ公が必死になるのも理解出来る。
(ダガコレハ……アンマリダロウ……)
部下の二人は完全に及び腰だった。こうなればジュリアを探すことは困難だ。
(……ジュリア……)
隊長はジュリアの無事を祈りつつ、作戦を立てる。
「どうだベルフィア?」
「……三匹残りましタ。多数ノ熱源から離れていタヨうでス。……攻撃範囲外でしタ」
「なるほど、攻撃前からいなかったのか……」
ベルフィアはミーシャの力は知っていたつもりだったが、人狼が成す術もなく、そして何と言ってもここまで作業感覚で殺しているとは思いもよらなかった。この有様が吸血鬼一族に向けられていたのかと思うとゾッとする。これ自体はベルフィアが生き血を吸う時に弱者に向けるものと同じであり、完全にベルフィア自身に返ってくる言葉だがそれは理解出来ていない。
「よし!それじゃお手並み拝見だな。いけベルフィア!」
飼い犬にでも命令するように言うミーシャ。あの力と残忍さを見た後では反論出来ない。ここでの失態は即ち消滅。ベルフィアは前に出る。
「……悪ぅ思ワんでくんなまし、人狼……魔王様に対峙しタ諸兄らをせめて苦しまず逝かせヨうぞ……」