第十九話 奪還作戦
ラルフ達は落ちた場所から回り込んで祭壇に立つアトムの後ろを取った。鞄にあった鉤付きの投げ縄を投てきし、上手い事引っ掻けるとラルフが偵察の為、先にするすると登っていく。そっと顔を覗かせるとアトムを除いたエルフ達は皆耳を塞いで蹲っていた。
「……何してんだ?」
ラルフ達はダークビーストの咆哮の余波を水の中に居た事で奇跡的に回避していた。水の中にも一応響いてはいたが、うるさい程度でしかなく恐慌に陥る程でもなかった為、エルフの行動はアトムがまた馬鹿な命令をしたように見えた。
ラルフは登りきると下のブレイド達に手招きをする。登ってこいという合図だ。その合図でブレイドが先に登り、続いて森王が続いた。アルルとウィーはアルルの浮遊魔法で浮き上がり、縄の回収も合わせて祭壇に登る。
ダークビーストとミーシャの戦いが気になるのか、不意に振り向く気配もない。しかしアトムに気付かれたら今蹲っているエルフ達は皆すぐさま敵となって襲って来る。
――数分前――
「……どう思う?」
「どうもこうもないだろう……?奴が命令すれば全ての者が付き従う。国民も臣下も血縁ですらこの私が王である事を忘れ襲いかかる。最悪貴殿の仲間も敵になりうる。何せ奴の言葉を跳ね除ける事が出来なかったのだからな……」
何をしても無駄である事を身を以て経験済みの森王は悲観に暮れる。だがこれが事実である以上どうしようもない。確かに最悪の場合ミーシャを除く最高戦力のブレイドが敵になる恐れがある。
「……なぁ質問なんだが、耳栓したらセーフだったりしないのか?」
言葉が届かないなら操られる事もない。そう思ったが……。
「いや無理だ。考えないわけがないだろう?そのくらいの事を」
半笑いで馬鹿にするように質問に答える。
「つまり試したのか?」
「ああ、そうだ。奴の言葉さえ聞かなければ何とかなると思っていた。魔法で聴覚をカットしたが、奴の言葉は聴覚ではなく頭に直接言葉を送る。その言葉が届く範囲内という制限こそあるが範囲内なら操られる。発声自体は喉を通して行われている。言い換えれば口さえ塞げばどうにかなるという事だ。それが出来れば苦労はしないが……」
森王は頭を抱える。話を聞く限りでは元巫女や侍女たち、そしてエルフの騎士たちは信仰心が厚く、操るまでもなくアトムの為に動くらしい。唯一の頼りはグリーンケープの面々でエルフェニア奪還作戦を計画していたが、ラルフ達がやって来て御破算となった。
今回の件で色々思うところはあったものの、アトムに手をかざしただけで内臓を掴めるというサイコキネシスの様な新たな力があると判明したので結果的にやらなくて良かったと心から思った。ラルフは大体分かったといった顔で頷く。
「なるほど。そっと近付いて素早く口を覆う事が出来れば完封出来るわけか……」
「それだけでは不十分だ。奴は遠くからでも生き物を殺す術を持っている。我々では手をかざされただけで動けなくなってしまう……貴殿を除いて、な」
ラルフを見る。その目には猜疑心と怒りと悲しみ、そして僅かな希望の輝きがあった。
「……俺がしくじれば?」
その言葉に森王は前のめりにラルフを覗き込む。
「……その時は我々の……いや、エルフェニアの最期となるだろう」
*
祭壇に上がったラルフは水底での会話を思い出して久しく感じていなかった緊張を感じる。
(国の最期だって?縁起でも無い事言いやがる……いやまぁ、事実だろうけどな。古代種が来た事を思えば有り得ない事なんて無いか……)
古代種が巣を離れないのは子供でも知っている。人類の歴史が始まってから一度も持ち場を離れた記録が存在しないのだ。神を名乗る存在が自分の手下同然に扱っていることからも本来有り得ない事ばかりなので今更もすぎる。国の命運を賭けた作戦をここにいる五人でする事になるのだ。十分有り得ない。
「……それじゃエルフェニア奪還作戦。始めっか?」
それが合図だった。アルルは槍を掲げて詠唱を開始する。
「……光に照らされし漆黒の囚われしひとよ。今この時この場所にその姿を現し、我が願いを聞き届けよ……」
アルルの持つ槍に魔力が集中し、刃先に埋め込まれた水晶が光輝いた時、スッと地面に刃先を向ける。
「捕らえよ"影縛り"」
静かに、それでいて強い語気でその名を発する。するとアトムを抜いたエルフ達の影がニュッと伸びてアルルの言葉以上に静かに、迅速に部下を捕らえた。それと同時にラルフは走り出す。アトムに向かって一直線に。幸い完全に気を取られていたアトムは後ろから来るラルフに直前まで気付かなかった。
『……むっ?』
振り向いた時にはすぐ目の前まで来ていた。本来なら手をかざすだけで相手は吹き飛ぶ。しかし、相手はラルフ。手をかざしても体を押すくらいしか出来ない。ラルフは布巾を巫女の口に当てる。
『むぐっ!?』
手も抱え込むようにガッと掴むとラルフとアトムの距離はキスでもしそうなほど至近距離となる。
「ようアトム。少し話をしないか?」
アトムは目を右往左往させて現状の打開を図ろうとする。後ろからやって来るブレイド達に手を向けようともがく。その手が仲間に向けば森王が言ったように手で触れてなくても殺す事が出来る。だが、焦る事はない。それも計算の内だ。ラルフは華奢な体をグッと抱え上げると祭壇の端っこまで持っていく。
「誰にも迷惑のかからない……水底でな!!」
そういうとダッと祭壇から飛ぶ。そのまま自由落下で落ちていく。
(心中するつもりか!?)
思ってもみなかった。ここで自分を犠牲にするような奴だとは夢にも思わなかった。相手を操ったり殺したりする力は持っていても、こんな状況を打開する手立ては持っていない。
(糞がっ……!!)
ザブンッ
二人が水面に消えた直後、元巫女が騒ぎ出す。
「アトム様ぁ!!」
懸命にもがくも、囚われた影から逃げる事は出来ない。
「アルル殿!グリーンケープを解放してくれ!」
森王は大声で伝える。アルルもそれに応じて弓兵だけは解放した。
「し……森王!これは一体……!?」
グリーンケープの副長は森王に真っ先に反応する。
「今すぐこの場から退避する。騎士と侍女達を連れて移動を開始しろ」
「し、しかし……巫女は……」
落ちた巫女の方が気になって仕方ないが、ガランッという音がして意識が音の方に向く。ブレイドは騎士達の鎧の留め具を外して後方に投げていた。
「話は後にしろ。今は私の言う事に従え」
ブレイドも最後の騎士の留め金を外した所で声を出す。
「持ち物を身軽にして速く移動するんだ!ダークビーストは敵も味方もなく攻撃を仕掛けてくるぞ!すぐに安全な所に逃げるんだ」
「グリーンケープは騎士達を抑えて一緒に退避せよ!侍女達よ。貴殿らも死にたくなければグリーンケープに続け!」
その言葉と同時に魔法を解く。体が解放され、影に縛られていた面々は手を地面に付ける。
「魔法は解除しました。もう動けますよ」
アルルはウィーを引き連れてブレイドに合流する。
「貴殿達も退避するか?安全地帯を用意しているんだが……」
「いえ、結構です。俺達はここで戦います」
ブレイドの目を見て森王も一つ頷くと元巫女に近寄る。
「……貴殿はどうする?ここで死ぬか?」
「森王様……」
元巫女は森王の顔を覗き込むように確認する。その目は冷たく、自分がどうあがいても助からない事を知る。ここで死ぬか、反逆者として裁かれるか二つに一つ。
元巫女は力なく項垂れて放心する。その様子を見ていた森王は侍女を見る。眉間に皺を寄せた怖い顔にビクッとして顔を伏せる。
「……連れていけ。一人も殺してはならん」
それだけ言うと元巫女から離れて階段に向かって歩き出す。侍女は森王が離れたのを見計らってサッと近寄り、肩を貸すと立ち上がらせた。アトムと部下達の反乱は以外にも簡単に制圧出来た。それもこれもラルフがいたからである。水の中でゴボゴボともがきながら水底に落ちていく。ラルフはその頑張りを無視してドンドン潜る。意識が遠退いていく中で唐突に空気のある場所に出た。
「「ぷはっ!」」
空気ポケットに着くと二人で息を吸う。気管に水が入ったのか「ゲホッゲホッ」と咳き込んでいる。
「……ハァッハァッ……よーしアトム。俺とお前だけだ。サシだぜ?」
水底にその華奢な体を投げるとドカッと座る。
「ここは大体5分くらいで沈んじまう。それまでに決着をつけるぞ」
息が落ち着いてきてラルフを見やる。目をパチクリさせて不思議そうに顔を見ていた。
「……あの……貴方は……一体、誰でしょうか……?」
その声は上で聞いたような男の声ではない。その体に見合った可愛くも透き通った声に変わっていた。
「……ん?あれ?」




