第十八話 頂上の戦い
魔力を纏い、一触即発の様相を呈する二つの最強。史上最強の魔王と謳われ、その強さから妬まれ裏切られた悲哀の唯一王ミーシャと、見る事すら危険とされた触れてはならぬ守り神。古代種が一柱ダークビースト。
生き残るのはただ一つ。
「……そう、じゃあ……始めようか?」
ミーシャの呟きが届いたのか、ダークビーストは咆哮を上げて既にクレーターの出来た地面に両手を振り下ろす。手に纏った竜巻のような魔力の渦は地面を削って砂埃を巻き上げる。地面を叩く前から纏った風で砂を巻き上げていたのに、さらに舞い上がったらもう姿など見えるはずもない。
ミーシャは牽制の意味も込めて魔力砲をぶっ放す。ドッという音が一本の光の柱と共に放出されると、ダークビーストの頭があるであろう場所に伸びる。
ギャギャギャッ
ダークビーストは飛んできた光を腕で遮る。風の渦がまるで注がれる水を弾くように光の柱を防いだ。風が巻き上げる勢いよりミーシャが打ち付ける魔力砲の勢いが勝る。結果砂粒を払いのけてお目当ての敵がその姿を現す。同じ神の特別な創造物と言えど古代竜はこの牽制程度の魔力は防ぐ事すらしなかった事を思い出す。竜の鱗は魔法を反射する力を持っていたからだ。
見た目が違うのは当然として、能力が個々で違うのはコンセプトが違うということだろうか?それとも各古代種は製作者が違うのか、あるいはその全部か。いずれにしても竜と違うならミーシャには初見だということ。ダークビーストが思わぬ力を見せれば危険になり得る。
「うーん……面倒ね」
このまま魔力砲を撃ち続けても焼け石に水、なら別の手を考えるのが得策だ……という考えなどミーシャにはない。何故ならミーシャは脳筋だからだ。
「ほら。もういいから吹っ飛んで」
ミーシャはもう片方の手でもう一本の魔力砲を放出する。ダークビーストはもう片方の手をかざして二本の光の柱を両手で防いだ。光の柱は滝のように四方八方に流れて地面を削り始める。周りは無事にすまないがダークビーストは変わらず無傷。ミーシャからは見えないが、ダークビーストにも少し余裕が出始める。彼女の攻撃が思ったより弱かった為だ。表情が変えられたならニヤリと笑っていたかもしれない。
尻尾の蛇が鎌首をもたげて光の中からミーシャを睨む。赤い目がギラリと光り始めた。これはこの蛇がこれから攻撃をする合図。魔力砲は鏖の専売特許ではない。ここから反撃だ。だがその時、ふと妙な違和感に気付く。ミーシャの放つ魔力砲がさっきより数段上の輝きを見せた。
「ん〜?もう少しかな?」
ダークビーストの足がめり込み始める。勢いが増して圧され始めたのだ。急いで攻撃しようと蛇の目に魔力を注いだ時、足場が崩れた。
「「!!」」
バランスを崩したと同時に両腕が光に弾かれ大鹿の首に直撃する。バゴンッとノックバックすると自慢の体毛が焦げた。体に当たれば致命打になるかと思ったが腕で防いでいた時と同じ弾き方をしているのを見て考えを改める。
(頭一つ飛ばす頃には半分くらい魔力使いそうね……)
それと同時に魔力砲を解除して拳に魔力を集中する。ただの魔力砲では埒が明かないと感じたミーシャは接近戦に切り替える。
すぐに切り替えたのはあまり賢い判断だとは言えない。ダークビーストの手が届かないように距離を開けた状況で切り替えても、体勢を戻されて仕切り直しとなってしまう。本来ならもう少しタイミングを見計らって切り替えるべきだろう。しかし、ミーシャには関係ない。ミーシャはその気になれば光を置いて行けるほど速い。そして今がその時だ。
ドンッ
壁を叩く音が辺り一面に広がる。空気の壁に穴を開けてダークビーストに迫る。鉤爪のように手を開くと、胴体部分を思い切り引っ掻いた。
ゾンッ
その攻撃はダークビーストの体を抉り取る。
「「ギィアァァァッ!!」」
思ってもみなかった攻撃に驚きのあまり声をあげた。全く意味が分からなかった。自身も魔力を纏っているし、攻撃を受けるはずなど本来あり得ない。抉り取られた箇所から血と思わしき赤黒い液体がドバッと地面を染め上げる。血と思わしき体液はジュワッという音を立てて地面を焼き、溶岩のようにボコボコと煮立っていた。
「なるほど。嫌がらせだけは一丁前ってわけ……」
体を保護する為に纏った魔力で熱々の体液を弾くと同時に、ミーシャは体を捻ってもう片方の手で引っ掻く。ゾリッという毛を剃るような音で毛ごと皮膚を持ってく。出会った事のない強敵であるとようやく認識したダークビーストは抉られた箇所と引っ掻かれた傷を筋力で閉じる。獅子の頭は喉を膨らませて、カッと口を開くと凄まじい咆哮がミーシャを襲った。
『ゴオオォォッ!!!!!』
空気を震わせるというよりは空間を破る程の音の暴力。その音は天樹にいたエルフたちの三半規管にも及んだ。皆耳を塞いで蹲る。あまりの恐怖に「あああぁ!!」と音を打ち消そうと大声を出し、発狂する者もいる。その中で一人アトムはニヤニヤ笑いながらそれを眺めていた。手を広げてその力に浸る。
『素晴らしい……流石我が創造物。あの出来損ないもこれではどうしようもあるまい……』
普通の人間ならあの距離でまともに受ければ原子分解するレベルの攻撃だ。頑丈な彼女でも衝撃波で吹き飛んだ事を思えば、この音の暴力に耐えられるはずもない。ミーシャはどこまで吹き飛んだのか?否、ミーシャは真っ向からその音を受けて吹き飛ばないように踏ん張っていた。地面にではなく魔力によって空間に固定したのだ。
キーンッ
耳は利かなくなったが、体も相手との距離も健在だ。ミーシャは耳の穴をほじくりながら口を開けて鼓膜の様子を確認する。ギロリと睨み付けると血管が浮き上がり眉を吊り上げた。
「うるさい!!!」
ゴォンッ
かっ開いた獅子の顎を拳でかち上げる。自慢の顎を砕く一撃。ヨロヨロと下がり、ダークビースト自ら距離を取った。そして獅子の頭を無視して大鹿が頭を振る。ダークビーストもやられるばかりではない。金属のように黒光りする大角をミーシャに向けた。
この大きな角は刃のように鋭利で破壊は不可能。千年に一度生え替わるとされ、ダークビーストから落ちた角はその身から離れると力を失うとされている。回収は容易ではないが角を回収出来れば地上最硬の金属となり、加工された武器は獣人族の国宝として仕舞われている噂があるがそれはまた別の話。
「ゴルゥッ!!」
短足だが力強い足で飛び上がり、ゴリラのような太い手で着地を繰り返しながらミーシャに突進する。ここにやって来る足音と同じダダッダダッ……という音を鳴らしながら凄まじい勢いと力で迫る。大角の枝分かれした一本が正確にミーシャを捉えた。
バギィンッ
真っ向から受けて立ったミーシャは大鹿の角を脇に抱える。受け止めるミーシャの力とダークビーストの全体重を掛けた一撃は拮抗し、その場にまたしても凄まじい衝撃波を飛ばす。生き物という生き物が死滅する衝撃。咆哮の一撃ですら耐えた衣類も魔法を貫く大角の一撃に折角のクロークも吹き飛んだ。
「!?……私の服が……お前ーっ!!!」
角を支点にミーシャは小さな体で引っこ抜くようにダークビーストの巨体を持ち上げた。突然浮き上がった体に驚いて短い足をバタつかせた後、太く長い両手を地面につける。しかし腕に巻いた風の渦で地面を削り、思うように固定出来ない。ミーシャは角を一切離すことなくダークビーストにバックドロップを仕掛けた。
ドズゥンッ
暴れながら落ちた為、歪な形で地面に叩きつけられる。二つの頭と背中は地面に強打され、尻尾の蛇が背中に潰されている。このような形でひっくり返る事は生まれてこの方自分でもやった事がない。天地がひっくり返った状況に目を回し、尻尾の蛇も自分の体に押し潰される初めての感覚に困惑してダークビーストは動けないでいた。
三つの脳の内、一つでも正常に作動すれば難なく動く事の出来る怪物が混乱し、二進も三進も行かない状況で手をこまねく。それを見たアトムは信じられないものを見る目で呟いた。
『……馬鹿な……!?』




