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第十四話 底辺の意地

「「ゴルォォォォォ!!!」」


 獅子と大鹿、二つの頭の野獣が吠える。体に比べれば短い脚で立ち上がり、長い手で胸を叩く。まるでゴリラのドラミングのように見るもの全てを威嚇する。エルフェニアの地に入る前から聴こえていたが、間合いがこれだけ開いているのに恐怖で足が竦む。どれだけ強いのかが窺い知れる。この咆哮を聞いて怯えないのはこの国にただ二人。アトムとミーシャだけだ。


「あれが古代種(エンシェンツ)……初めて見たぜ」


 ラルフは長い旅をしてきたが単純な暴力からは遠のいてきた。死んでしまったら折角の宝探しの旅が出来なくなってしまうからだ。だからこそ危険な相手に当たらないよう細心の注意を払ってきたわけだが、ミーシャと出会ってから死ぬような思いばかりだ。

 しかし、泣き言は言っていられない。こうなったのは半分自分のせいだし、もう元に戻す事が出来ないからだ。となればまたいつもの様に潜り抜けるしかない。


「ミーシャ。あんな化け物を前に全部任せちまうのは酷だってのは理解している……。でもお前しかいないんだ」


 ラルフはダークビーストから目を離してミーシャの両肩を持って正面から目を見る。

 ミーシャは古代竜(エンシェントドラゴン)との戦いの末、魔力を使い果たして家臣に裏切られた。もう戦うのも嫌かもしれない。が、あの化け物と渡り合えるのはミーシャしかいない。ブレイドもアルルも後方支援に回って戦うのであれば少なくともダメージを与えられるだろう。正面切って戦えば一薙ぎで死んでしまう可能性がある。


「……あの化け物を蹴散らしてくれ」


 ミーシャはその真剣な顔に首を傾げる。


「何を改まって言うんだ?当然だろう」


 ミーシャはラルフの腰を挟むように触れる。


「けど、お願いというなら……ギュッってして……」


 何と言うか、ミーシャは少し幼い所がある。戦いの前だというのに呑気に抱き合おうだなんて……。でもそれがミーシャのモチベーションになるというのなら惜しまない。ラルフはミーシャを抱きしめる。傍から見ればこれから死にに行く人を送り出すような不穏な感じに見える。


「……ありがとうラルフ。ちょっと行ってくるね」


「ああ、頼んだぜ。ミーシャ」


 顔の赤くなった二人は離れると、どちらからともなくダークビーストを見る。


「ミーシャさん、俺も戦います」


 ブレイドは進んで前に出る。


「ブレイドはここでみんなを守ってくれない?どうせここはここでエルフと戦闘になる。ラルフとウィーじゃすぐに死んじゃうもの」


「し、しかし……」


 ガンブレイドを持った手が震える。あの化け物を前にすれば根源的恐怖が首をもたげるのだ。頂点捕食者の風貌。弱肉強食。食うか食われるか。ブレイドは基本的に強者の側にいたが、あれを前にすれば途端に今までの経歴や自信などが瓦解する。それが手の震えに繋がっている。それを見てミーシャはフッと笑う。その笑みは馬鹿にするような嫌な表情ではなく。優しさに満ちた顔だった。


「ありがとうブレイド。もし危なくなったらここまで逃げるから、その時は総力戦でいこう。アルルも余力を残しておいてね」


 ミーシャは言う事が終わったといった感じに宙に浮いた。今一度ラルフをチラリと見た後、ダークビーストに向かって飛んでいった。


『ふはは……まるで御伽話の主人公の様な振る舞いじゃないか?勘違いするなよ?貴様らは単なるゴミだ。ゴミはゴミらしく道端に転がり、夢を見る間もなく朽ち果てろ。それがお似合いだ』


 アトムは笑いながら蔑む。それに一番反応したのがブレイドだ。


「神だか何だか知らないがいい加減にしろよ?頭を吹っ飛ばすぞ!」


 ガンブレイドを構えてアトムに向ける。


『その汚い手を下げろ』


 その言葉に抗う事が出来ず手の力が抜ける。「ぐっ……クソ!」ブレイドはアトムを睨みつけるが、どうする事も出来ない。アトムもその様子にニヤニヤ笑いながらブレイドを見下す。


「……おいおい、あんまり調子乗るなよアトム」


 ラルフはおもむろにアトムに向かって歩き出す。ブレイドに対する態度で怒ってという感じではなく、自然な足取りで何でもない様にアトムに向かって歩く。


『来るな。元の位置に戻れ』


 アトムの命令がラルフを襲う。しかし関係ない。ラルフには効力がない。それを見て元巫女がラルフに向かって駆けだす。


「アトム様に指一本触れさせな……」


 元巫女は前に出てラルフの進行を遮る。ラルフはガッと両肩を掴むと右側に突き飛ばした。「きゃっ!」と勢い余って倒れ込む。意に返す事無くアトムに向かって歩く。


「アトム様をお守りしろ!!」


 祭壇の下にいた騎士達が階段を駆け上がろうとする。


「遮れ!”水の壁(ウォーターウォール)”」


 アルルが魔法を唱えた。階段の中腹より少し上辺りに3mに及ぶ水の壁が立ち上った。祭壇の周りを囲んだ湖から水をかき集め、騎士が上がって来るのを邪魔する。


「なっ!?……そんな!!」


 騎士達と階段に控えていた侍女たちは慌てるがどうしようもない。この幅の広い階段からじゃないと祭壇に上がる事は出来ないからだ。もし他の場所から上がれるとしたら身軽な弓兵達だけだ。鎧を外している間にアトムの身に何か良くない事が起こるだろう。最悪殺される可能性も……。

 ラルフはアトムの間合いに入る。決して入る事を許さなかった間合いが簡単に侵略される。アトムは自分の領地が勝手に踏み荒らされているような不快感を感じながらラルフを睨みつける。だがサトリの妨害がある以上ラルフに力を行使する事は出来ない。


『何を……するつもりだ?』


「覚えとけアトム」


 ラルフはパンッといきなり平手打ちを放った。何をされたか分からず呆けるアトム。ラルフは叩いた左頬と逆の右頬も返す裏手でパンッと叩いた。頬が叩かれた事で赤くなりジンジンする。


「俺の仲間を侮辱するんじゃねぇ」


『き、貴様……』


 ズキッと口の中が痛くなり喋られない。アトムが乗っとる前から巫女は全く傷付けられる事なく大事にされてきただろうに、ラルフによってそれも侵された。


「それからあいつらは御伽話の主人公を張れる最高の連中だ。俺は主人公じゃないが、あいつらはすげぇ奴らだ。馬鹿にするな」


 アトムは痛い口を右手で擦りながらラルフの言葉に返す。


『……では貴様は、一体なんだ?』


 腫れた口内でモゴモゴとしながら痛々しく喋る。


「俺は端役だ」


 ラルフは即答する。それに対してアトムは目を丸くする。その目を見たラルフは凄く格好悪い事を言った事に気付いた。ハッとして取り繕う。


「でも、そうだな……もし俺の物語があるならこうだ。底辺からの成り上がり……格好良い言い方するなら下剋上の物語……」


 ラルフは考えるような素振りを見せた後アトムを見る。


「……ってのはどうだ?」

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