第十二話 神の意向
エメラルドのご神体の前で呆けるラルフ達。アトムはラルフを指差す。
『……ラルフ……だったか?我が前に跪け』
その言葉を単体に使うのは振り返ってみても森王だけだった。ただの人間に使うのは異例であり、驚きの事だが、あり得ない事が起こっているのでアトムのこの行動はエルフ達にとって不思議でもない。
「……跪いたら何してくれる?」
ラルフはそれに対して交渉に出始めた。ニコリともせず腕を組んでふんぞり返る。ミーシャもそれを横目でチラリと見て、ラルフの真似をする。「ふんっ」と鼻を鳴らすとアトムを睨み付ける。
「バカな!?貴殿らは一体……!!」
絶対に抗う事の出来ない神の意向に真っ向から逆らうヒューマンと魔族。魔王であるミーシャは規格外の力にモノを言わせて……など説明を付けようと思えば付けられなくもない。
だが、ラルフは?ただの人間でありそれ以上でもそれ以下でもない。エルフ達に動揺が走る。
『黙れ』
神の意向はエルフ達に向く。ざわついていた声も軒並みしんっと止み、ラルフもその異様さに気付く。ブレイドとアルルとウィーは未だ立ち上がる気配を見せない。何らかの力が働いているのは疑いようがなくなった。
「創造神アトム……自分を神だと言ってる変質者かと思っていたが、どうやらその力は本物らしい。一つ聞きたいんだが、お前はもしかしてサトリの親戚か何かか?」
その言葉にアトムは目を丸くする。
『その名を何故貴様が……』
サトリは何の気紛れか迷惑な女が突然名乗り始めた名前である。ただ名前を出しているだけなら別の人物の可能性も捨てきれなかったが、サトリと一緒くたにしてくる言い様に自ずとひとりに絞られる。
『いや、あり得ん……。作ったのは隣の魔族であって、人間など興味の欠片すらなかったあ奴が……何故人間に接近する?意味が分からない……』
ブツブツと独り言のようにラルフを見ている。
「おい、何をいつまでもごちゃごちゃ言ってる?まだ答えてないぞ?力を貸すのか貸さないのかどちらかハッキリしろ」
痺れを切らしたミーシャが吠え始めた。
『……うるさいぞメス犬。単なる改造魔族が我に話しかけるな』
明確な罵倒。それを聞いたミーシャは眉間にシワが寄り、眉がつり上がった。肩が怒り、魔力の放流で髪が浮き上がる。今すぐにでも攻撃しそうな雰囲気に慌ててラルフが声をかけた。
「待った待った!殺しちゃったらベルフィアの居場所が分からなくなるぞ!ちょっとだけ怒りを鎮めて……」
まあまあ……とミーシャを宥める。ミーシャはラルフの行動に不満顔だが、目を閉じて落ち着きを取り戻す。それを見てラルフはホッとしたと同時にアトムを見る。
「アトム!お前いい加減にしろよ!人の体だからって調子にのって挑発するんじゃねぇ!!」
大声で騒ぐ。大声で非難すれば自分以外にも怒りを感じている人がいると思わせられる。こうする事でミーシャの怒りを慰めるのだ。実際「そうだそうだ!」とミーシャはラルフに同調している。
アトムはその二人の様子に目を細めた。信頼しあう二人。絆を感じると共に何故サトリがラルフに近付いたのか分かった気がした。
『なるほど……製作した出来損ないが心を許しているからか、ただの人間如きに寵愛を授けた理由は……よくよく頭がおかしいとは思っていたが、ここまでとはな……』
ニヤリと笑って小馬鹿にした態度を取る。サトリが関わっている事を考えるに、ラルフに特別な何かを授け、神の意向に対応する能力を手に入れたのだろう。ミーシャにしてもそうだ。魔族を改造して作成されているその過程で何かを付与した可能性が高い。タネが分かれば何もおかしい事はない。
『……率直に貴様らに力を貸すつもりもない。何故ならここで貴様らは死ぬんだからな』
スッと手をかざす。ラルフに対して向けた手に森王は胸を押さえた。これは外から臓器を締め上げる事の出来る能力。途中で止められたから助かったが、多分あのままやられ続けていたら死んでいただろう。アトムはその手を何かを掴むようにジェスチャーする。手に力を入れる。これは言葉の力と別の力であり、邪魔する事は出来ない。
その筈だった。ラルフはその手を不思議そうな顔で見る。何がしたいのか全然分からないといった顔で。
『……何だ?何がどうなっている?』
自分の手を見ながらラルフと交互に見る。
「いや、それはこっちの台詞だろ。何やってんだよさっきからさぁ」
「ちょっと本当に大丈夫なの?この人頭おかしいんだけど……」
ミーシャもそろそろ不安になってくる。巫女は神を崇める敬虔な信者と思っていたのに、神の意向を利用する変な奴になっている。ラルフとミーシャはコソコソとアトムを馬鹿にし始めた。自身が馬鹿にした出来損ないとただの人間に馬鹿にされる異常事態。巫女の顔から血管が浮き出るほど苛立ちを見せる。
だが、冷静になってみても何故自分の力を受け付けないのか理解出来ない。一つの力に耐性があれば、何かに対して耐性は失くなる。土火木金水にある自然の摂理と同じく、何かに強ければその実何かに弱いのは当たり前なのだ。その理を外れ、神である自分に対抗する?そんな事が可能であるなら権威の失墜どころではない。
アトムにも焦りが見え始めた頃、ふとその目に不思議なものが写った。白く透明に光る美しい女性。髪の色は白く輝き、太股に到達する長さだが結うわけでもなく、毛先を自由に遊ばせている。のくせに乱れる事もなくストレートに纏まり、清潔感すらある。薄着で体のラインがくっきり見えている。ラルフとミーシャの側に立ち、二人を慈しむ目で見ていた。
『まさか……サトリ。貴様か……!?』
地上に降りたのは自分だけではなかった。すぐ側でサトリが二人に力を貸していたのだ。タネはもっと単純だった。同一存在がいるなら邪魔出来るのも頷ける。耐性なんて必要ない。打ち消し合えば良いのだ。
『ふふ……貴方が手を出すのはルール違反でしょう?アトム……でしたか?ふふふ……素敵な名前ですね』
嘲笑うようにサトリは語りかける。言われたアトムは奥歯を噛み締める。ミキミキ音が鳴りながら苛立ちを噛み締めた。そこでふっと力が抜ける。
『……ふはは!良いだろう!貴様の出来損ないをここで殺してやる!!勿論この世界の力でな!!』
突如イキり出したアトムにビクッとなる二人。
「うるさ……えぇ?何急に……」
後ろでようやく立ち上がったブレイド達も会話に入る。
「あいつの力は本物ですよ……ラルフさん達が何で立ってられたのかは全く分かりませんが油断ならない相手です。気を付けてください」
「何かこう、急に力が抜けたっていうか……変な感じでしたよ?」
アルルも自身に起こった事に首を傾げながら肩を並べた。
『ここがお前らの墓場となるのだ!!』
また手をかざすとラルフ達は身構えた。しかし、さっきの攻撃を仕掛けるわけではない。そのまま上に手を持ち上げると叫ぶ。
『さぁ、出番だ!我が最強にして最高の守り手……ダークビースト!!』