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第十一話 対峙

 エルフェニアに到着してから二時間そこらで天樹の最も重要な祭壇部分を見つけるに至った。祭壇に置かれたエメラルドの大きな結晶に目を引かれながら橋に足を踏み入れる。


「そこの者!止まれ!!」


 大声で待ったが掛かった。ガシャガシャッと鎧を着こんだエルフの騎士達が慌てて橋の封鎖を図る。巫女の護衛を務めていたのか祭壇の下の方で呆けていたが、ようやく気付いた様に動き出した。あらかじめ分かっていたように取り囲んでいた"光弓"の連中と比べると随分悠長にしている。

 それに華奢な体で鎧を着込むなど愚の骨頂。折角の機動力が損なわれるので、あれでは本来の力を発揮できない。それというのも基本的に腕力の無いエルフは弓と短剣くらいしか上手く扱えないので、目の前でわちゃわちゃ動く鎧と槍で武装したエルフ達の滑稽さが目立つ。


「邪魔な奴らだ……」


 ミーシャはグッと下っ腹に力を入れた。それに気付いたラルフはミーシャの前に手を出した。


「大丈夫だ。俺に任せろ」


 ラルフは仲間を待機させ、一人で歩いて行く。ある程度進むとエルフを刺激しないギリギリで立ち止まる。正確には10mくらい離れた所だ。そこで大声を張り上げた。


「俺の名はラルフ!エルフの巫女が使う天樹の力を利用したくて立ち寄った!力を貸して欲しい!!」


 バッとミーシャを手で差す。


「こいつは第二魔王"(みなごろし)"!凶悪で最強で言わずと知れた無敵の魔王!力を貸してくれるならこの国を無傷で俺達は立ち去る!」


 それは一方的な言い分だった。所謂脅し。力を貸さないなら国を破壊すると言っている。交渉の内容を教えてもらってなかったミーシャ達はラルフの背中を驚いた顔で見る。戦わずに済むならそれに越した事はないわけだが、まさか初手からミーシャの名前を大々的に発表し、全力で脅すとは思いも寄らなかった。

 悪いわけではない。単純で分かりやすい。ただ鏖が解き放たれた事は上層部で共有しているだろうから、知っているものは知っているのだろうが、騎士や巫女の階級では知らないかも知れない。これは賭けになる。が、その考えは杞憂だった。エルフの騎士達は鎧を震わせながら怯えた目でラルフ達を見ていた。


「その結晶の前に立つ女性が巫女だろ?この国が大切でエルフの血を何より尊ぶなら、俺達に力を貸すんだ。出来ないならまずはこの大木を炭に変えるぞ!」


 ダンッと足を踏みしめる。天樹を炭に変えるなんて言葉にする事も憚られる。それを平然と言ってのけるとは罰当たりな事だ。武器もないラルフがこれだけ強気でいられるのはミーシャのお陰だろう。

全てミーシャ任せの情けないセリフなのだが、これ程強い存在が二人といない以上、脅しの最上位と呼べる。


『……退け、護衛部隊。そのヒューマンを通せ』


 アトムはニヤニヤ笑いながら手を振る。道を開けろと言わんばかりに左右に振った時、騎士たちは逆らう事なく道を開ける。その野太い声にラルフ達は「あれ?」と疑問符を浮かべる。女だと思っていたがほとんど起伏の無い体は男か女か見極めるのが難しい。巫女だというからてっきり女だと思っていたが違うようだ。


「巫女様のお達しだ。お前だけ通れ」


 騎士はさっきまでの恐怖に満ちた顔から無機質な表情へと変化した。不気味という他無い。


「そうはいくか。ラルフさんだけを行かせるわけ無いだろ」


 ブレイドはガンブレイドを鞘から引き抜き、切っ先を巫女に向ける。


「俺達もそこを通る。いいな巫女さん」


『……良かろう。来るがいい、鏖の従者共。まとめて我が前に……』


 その言葉に騎士達は自分の持つ槍を掲げてアーチを作った。やはり無機質に自分の意思など存在しないかのように……。それを見たラルフはふとある噂を思い出した。


人形師(パペットマスター)の一人芝居……」


 しかし、パペットマスターは一角人(ホーン)のはず。興行で各地を回っているのでここにいるエルフの筈はない。飽くまで噂でしか知らないのでどうとも言えないが、ただ状況は似ている。違うのは人形ではなく人を操っているという点のみだ。


『何をしている?さっさと来い』


 巫女は野太い声で首を傾げる。声が男でしかないので正直気味が悪い。この巫女すらも操られている気がしてならない。ラルフは歩き出した。考えていても埒があかない。とにかく素直に力を使ってくれるなら万々歳。ベルフィアの居所さえ分かればここに用は無くなるのだし、針の筵のように敵意剥き出しのこの場所にいつまでも居たくない。

 ラルフの後ろに続く四人。エルフの騎士が用意した槍のアーチを潜ると祭壇に続く階段が見えた。階段の端に控える侍女が頭を下げてラルフ達を歓迎する。祭壇に到着すると目に飛び込んだのは巫女とすぐ側で跪く男性。額に緑の宝石が輝いている。巫女の声が男である事を思えば、ここに跪く男こそ黒幕の可能性がある。

 その考えを頭を振る事で隅に追いやった。別にそうだとして何だというのか?例えエルフの国が乗っ取られようと関係ない。放置こそ正しい。


「初めまして巫女さん。俺達をここへ呼び寄せたということは力を使ってくれるんだよな?」


 巫女は一瞬優しい顔でニコリと笑う。そこで止まってくれたら可愛げのある顔だったが、そのまま口角を上げて目元も片方閉じかけ、片方見開くという怖い顔付きになった。


『そんなわけないだろう?どんな奴が我の邪魔をしているのか気になったまでよ。守護者(ガーディアン)を差し向けたが丁度すれ違いだったようだな。運が悪い……』


「思い通りにいかないのはお互い様だが……お前は一体何だ?……巫女じゃない事だけは分かる」


 それを聞くとスッと澄ました顔になる。


『ヒューマン如きと我を一緒くたにするな。貴様に教えたところで何もならん事だが、これも余興よな……我が名はアトム。創造神アトムである』


(創造神?)


 何処かで聞いたようなフレーズだ。たしかあっちは……。


『何を呆けている。神の前だぞ?跪け』


 その声は心に侵入する。膝の力が抜けてカクンと床に膝を付いた。


「な……何だ……これは……!!」


 ブレイドは突然の事に困惑を隠せない。アルルも「ち、力が入らない……」と苦しんでいる。ウィーに至っては地面に突っ伏して「ウィ~……」と情けなく呻いた。そんな中にあって不思議な顔をしているラルフがいた。


「どうしたんだ三人とも?何で跪いてんだ?」


 その意見にはミーシャも同意する。


「こいつの言う事なんて聞く必要ないよ。ほら、立った立った」


 その様子に目を丸くしたのは森王と元巫女、そしてアトム本人だ。この言葉には絶対に抗えない。例え魔族だろうと命令に従う。その筈だが……。


『……ん?』


 困惑からアトムは二度見した。ミーシャとラルフ交互に四回くらい見ていた。ラルフはその言動に反応する。


「……え?」

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