第九話 天樹のうろ
森王、レオ=アルティネス。
"王の集い"を立ち上げ、中心で纏め上げる人類のリーダー。エルフでありながら他の人種を見下さず、魔族抹殺の為に常に人類の事だけを考えて行動する王の中の王。しかしその地位も権力も風前の灯になっていた。
『あの者達がこの国の守り手だと?何とも頼りない事よな』
巫女の体を乗っ取る神を名乗る何か。創造神アトムの登場である。好き勝手にエルフの民を使い、人類のリーダーでもある森王を顎で使う。神を最も敬う種族であるエルフは王などとはかけ離れた存在には逆らう事など出来ない。
「あれらは本物の戦闘部隊。一介の兵士などとは訳が違う。そのように侮られるのは心外ですな」
だが言われてばかりではない。チクリと言い返すくらいは自分の主張を曲げない。その可愛い反骨心に、すぐ後ろに控える森王をチラリと見る。
『貴様がどれ程の信頼を置いてようと、所詮は技術頼みの弓兵。魔力も無ければ腕力もない。そんな存在が我にとってどれほどの役に立つ?』
興味を失ったようにエメラルドのご神体に目を向けた。
「……高みから何かを言うのは簡単な事でございます」
周りが凍り付く。幾ら何でも言い過ぎだろう。森王の反骨心はこの瞬間に可愛げがなくなった。これに異議を唱えたのは森王を裏切り、神の側に付いた元巫女の老齢な女性だ。
「森王様……申し上げにくいのですが、少し言葉が過ぎるかと……」
『良い、言わせておけ。すぐにでも考えが変わるだろう』
アトムはニヤニヤ馬鹿にしながらもエメラルドから一切目を離さず成り行きを見る。ハンターが弓を構えた時、森王の表情は強張る。
(あり得ん……ハンターが裏切った?)
信じられない状態を目の当たりにして眉間に力が入る。エメラルドには映像だけで音声まで流れていない。不憫なものだ。王の集いで使用している会議用の通信機の方が幾分性能は上だ。魔道具を今映している場所にわざわざ設置しなければならない事を思えば実用的ではないが。
(ん?いや、様子が変だ……)
弓を構えているハンターの首とグレースの首にナイフを突きつけて、何らかの交渉の様な事をしている。それが人質を取って脅されているのだろうと思いつくのに時間はかからなかった。グレースに関してハンターは異様なまでに執着しているのを知っていたので、グレースが人質に取られた時点でこうせざるを得なかったのだろうと理解する。
『忠誠心が足りないな……あの者は全てが終わった後処刑せよ』
「なっ!待ってください!!彼の者は同胞を人質に取られ、どうしようもなかったのです!せめて話を聞くくらいは……!」
『貴様は我が命令を聞けぬというのか?』
ズッと圧し掛かるような圧が森王の体を襲う。その重さに「うっ」と言葉を失う。膝を折って跪いた方が楽になれる。ただ逆らう事なく身を任せればどれほど体が軽くなるのか、それを考えるだけで逃げ出したくなるが、エルフの長として引き下がってはならない。
「……民を信じられなくて何が王だというのか?貴殿のやり方では国が崩壊してしまいます」
森王は自分の主義主張を曲げるほど伊達に王として君臨していない。アトムはエメラルドから目を話して森王に向き直る。
『……本当に出来損ないの王だな。貴様がこの国の頂点だと?片腹痛いわ』
スッと手をかざすと、指を軽く曲げて何かを掴むような仕草を見せる。その瞬間森王の胸に今まで感じた事の無い痛みが走る。
ドクンッ
心臓が妙にゆっくり動く様に感じる。
「がはっ……」
口から息が漏れる。膝を折る事を頑なに拒んだ森王は強烈な痛みに耐えきれず四つん這いになった。この痛みは表面の痛みではない。内部から締め上げられているような最悪の感覚だ。
周りは森王のその状況に恐怖を覚えつつも、神に逆らう事の愚を感じていた。
「!?……アトム様!!」
そこでエメラルドの映像が曇ったように何も映さなくなった。アトムは振り返ってそれを確認すると森王の臓器から手を離した。森王の口から「がひゅっ」という懸命に息を吸った音と「ゼー……ゼー……」と必死こいて体全体で息をする音が聞こえる。アトムは勿論の事、元巫女も騎士や侍女ですら心配する者はいない。ここまで侵略されている事に森王は痛みに耐えつつ戦慄を覚えた。
『?……何だこれは……』
アトムはエメラルドを操作する。真横にしてみたり、寄ってみたり、ただただ下がってみたりと何か映らないか確かめる。グリーンケープの隊員が端に映った時、煙幕の様なものを使ったのだと気付いた。右手をフッと上に持ち上げると映像は俯瞰風景を映し出した。
そこでさらに気付く。煙幕が張られた頭上から煙の筋が上に伸びている事に。これが意味する事は……。
『……飛んだ?』
バッと振り向くとすぐさま上空を見上げる。その様子に皆が上を見る。太陽が輝くその光に隠れて何かがやって来るのが見えた。「あれは……?」と誰とは言わず声を上げる。先の映像、侵入者、アトムが振り向いてまで見るもの、全てを総合すれば誰でも答えに辿り着く。真っ先に声を上げたのは他ならぬアトムだった。
『鏖……』
それが合図だったかのように、光に映った影は一気に距離を詰めて祭壇がある小島の向かい側、橋の前に着地した。木くずが散って埃と共に舞い上がる。それが一種の煙幕のようになっていて視界を遮る。そんなに時間も経たず視界が晴れると、ヒューマンが三人、ゴブリンが一人、魔族が一体の計五人がそこにいた。
「アルルって本当に何でも使えるな。すげぇよ」
ラルフがアルルを褒める。フフンと得意気になっているが、すぐに表情を変えて首を振る。
「いえいえ、ミーシャさんがここまで押してくれなきゃ浮いてるだけですから私なんて……」
「アルル。謙遜しない」
ミーシャはアルルの背中をポンッと叩く。「えへへ」と照れくさそうにしている。そんな和やかな五人の中に一人油断なく周りを見渡す男の子が一人。ブレイドだ。ある程度の安全を確保すると祭壇を凝視する。
「ラルフさん。あの宝石を見てください」
「え?うおっ!なんじゃありゃ!」
その大きなエメラルドに驚愕する。あれの一欠片でも持って帰ったら交渉次第で大金持ちになれる。その目はすぐさま鑑定士の目になっていた。ウィーも目を輝かせて綺麗な宝石を見る。
「あれがグレースさんの言ってたご神体という奴でしょう。宝石を介して調べるんでしょうね」
「じゃあ、あれは壊しちゃいけないね。周りの奴をちょっと小突いたら言う事聞いてくれると思う?」
ミーシャは「小突いたら……」などと言うが指をポキポキ鳴らしてそんな風に思わせない。「おっと」とか言ってエルフの頭を爆散させたらどうしようかと心配になる。ラルフはミーシャの前に出た。
「まあ待て、慌てるな。巫女の力を使ってもらわなきゃダメなんだから先ずは交渉だ」
ラルフの交渉は最近全く上手くいっていない。しかし弁が立つのはラルフだ。ミーシャとしては面倒だからさっさと殴りたいところだが、とりあえずラルフに任せてみたい。
「良いよ。交渉は任せるけど、出来るだけ早くお願いね」
ラルフはミーシャを肩越しに見て一言呟いた。
「……ああ、まあ……善処するよ」




