第五話 エルフの里へ、さぁ行こう
ラルフ一行は軽い朝食を済ませてエルフェニアに向けて出発する。道中も駄弁ったり洗脳に関する事柄を何度か話し合い、ハンターとグレースが目指していた場所に辿り着いた。
「……これは何かの冗談か?入り口か何かがあるかと思ったのになんだこれは?」
ミーシャは眉間にシワを寄せて不満まじりに訴える。そこにあったのは蔓が巻きついた木に、墓石のような標石。標石には見た事もない文字が彫られている。ただそれだけだ。人が住んでいるような形跡もなければ、魔獣がいる感じでもない。ブレイドも朝からひとっ走りして、この辺りに危険になり得る魔獣が居ない事は確認済みである。何もないだだっ広いだけの鬱蒼とした森にポツンと標石。
「ミーシャ……魔法で秘匿されてるって話だったろ?つまりこいつがその入り口への起動装置か何かだろうぜ」
ラルフは「だろ?」とハンターを見る。
「そういう事になりますね。これは古き同胞が開発した転移装置です」
ハンターは標石に手を置く。
「転移装置?この場所にエルフの里があるわけじゃないのか?」
キョロキョロして辺りを見渡す。アルルもそれに反応する。
「転移装置って……なんか最近よく転移魔法に巡り合いますね……」
それを聞いてグレースが口を挟む。
「転移魔法は元々エルフの開発した魔法よ。守護者と呼ばれる異世界の住人を呼び寄せる為に開発されたもので、その技術を応用して各地に”ポータル”を設置したの」
”ポータル”。聞き慣れない言葉が出てきた。十中八九この標石の事を指しているのだろうが、一応聞いてみる事にする。
「そのポータルってのはどういう意味がある言葉なんだ?」
「”出入り口”という言葉を専門用語に変えて使ってます。ウチらエルフの指すポータルとは、まさにこの転移装置のことです」
やはり間違いない。この標石の事をポータルと呼んでいる。
「しかし転移か……考えたもんだな。魔法で秘匿する上に国の正確な位置をも隠すなんて……。こうなるとエルフ以外で場所を知っているとされる上層部の連中も知っているのはポータルだけっぽいな……」
ラルフは持論を頭の中で展開する。
「ふーん、とにかくこれで行けるって事ね。それで?早く行きましょうよ」
理解が及んだミーシャは眉間から険が取れて急かし始める。
「……ですね」
ハンターが起動の為に標石に向き直った時「待った!」とラルフが声を上げた。もう皆、心の準備ができていただけに突然のストップにもどかしい気持ちでラルフを見る。堪らずブレイドが声をかけた。
「……どうかしたんですか?ラルフさん」
「いや何、大した事じゃないんだが、いつもの奴をやっとこうと思ってな?」
と言うと中腰になり、肩に掛けた鞄を開けて探り始めた。それを不思議そうに眺めるエルフとヒューマンとゴブリン。ミーシャだけが一人ため息を吐いて「マジ?」と呆れている。
「何を……してるんです?」
ラルフはゴソゴソしながらグレースに目を向ける。
「忘れ物がないかのチェックだ。こう言うのは先々の事も考えて確認しとかないとな」
なるほど大切だ。準備を怠らない姿勢に頭が下がる。
「でもラルフさんの荷物ってあんまりなかったような……」
それも正解だ。人里に降りられず、補充の利かない今回の旅は消耗品を使えば使うほどに鞄が軽くなる。テント以外は日用品と探索向きの鉤縄くらいだろう。
「ルーティーンって奴だ。これやっとかないと気持ち悪くてな……」
ミーシャがため息を吐きたい気持ちが理解出来た。ラルフのやっている事が分からないわけではない面々は各々の待ち方でこれが終わるのを待つ。さほど時間を掛ける事なくそのルーティーンが終わり、鞄をそっと閉じるとスッと立ち上がった。
「よし、待たせたな。頼むぜハンター」
「了解です」
ハンターはポータルに両手を添えると何やらブツブツと言葉を紡いでいる。アルルが気付いた。
「詠唱?でもハンターさんは魔法使いじゃないですよね?」
ハンターは集中していて手が離せないのでグレースが代わりに答える。
「その通り。ポータル自体が力を持った魔道具だから、後はこうして起動させるだけで良いの。まぁウチは起動の呪文を教えてもらってないからポータル使えないんだけどね。もしハンターがいなければ長旅になってたわ」
ハンターの善意に今一番感謝している。森王にも呆れられたグレースの我儘に幼馴染だからって付き合ってくれて……それを利用し、あまつさえ碌に感謝もしていない事に気付いてちょっと反省していた。そしてさらに反逆者の汚名まで着せようとしている。ラルフの案が上手くいけば良いのだが……。正直あまり期待していない。
聞き取れないくらい小さな声でブツブツ言っているハンター。ふとポータルが光を帯び始めたのに気付いた。その光はどんどん強くなり、ラルフ達を包み込んでいく。目が潰れそうな程強い光はある程度輝いた後、ポータルに収束して元の標石に戻った。その周りには人の影はない。規定通り装置は起動したのだ。ラルフ達はあまりの光に目を開けていられず手で顔を覆うように光から逃げる。
光が収束して視界が開けると、目の前にとてつもなく巨大な木が飛び込んできた。さっきまでのジメジメとした空気とは全く違う爽やかな空気にそよそよと揺れる作り物のように美しい風景。巨大すぎる木のせいで見逃しがちだが、他の木々も大概大きい。多分この土地だけ経過年数が桁違いなのだ。
ここは枯れる事も成長が止まる事もなくゆったりと年を重ね、エルフが必要なだけの木だけを切って生活していたのでこれだけ雄大なのだろう。木の上に家っぽい建物がちらほら見える。エルフェニアの国民達が平和に暮らしているのが直接生活を覗いてなくても幻視できる。ハンターが長い手を振って一際目立つ巨大な木”天樹”を指して演技まじりに声を出す。
「ようこそ僕らの故郷エルフェニアへ。歓迎は一切出来ませんけど……」