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第三話 灼赤大陸

 灼赤大陸。

 一年中気温が高く雨もろくに降らない乾燥地帯であり、草木もこの大陸ならではの種類しかない。魔族が人類を完全に追いやって魔族天国となっていたこの大陸は、魔族同士が支配権をかけて日夜争いを続けている。現在この地は第四魔王”紫炎(しえん)”と第十一魔王”橙将(とうしょう)”によって統治され、時折起こる反乱を鎮静化させている。そんな大陸の中でも標高の高い山”サラマンド”。竜魔人が住むこの山に怒号が響いていた。


「どいて!どきなさい!!」


 竜魔人が何やら集まって俯きながら悲しんでいる。それをかき分けるように女の竜魔人が真ん中に置かれたそれを見るべく叫んでいた。真ん中に置かれていたのは”紫炎”の遺体。そこに辿り着いた女竜魔人はその変わり果てた姿に視界が乱れる。

 紫炎のルビーのように輝く赤い髪は薄汚く汚れてかつての色ではなくなった。金色の鱗はくすんで炭が所々についている。堀が深く、目鼻立ちのハッキリとした王の風格を持った顔も今では完全に失せている。最も衝撃的だったのは手と足が炭となって消失している事だ。火に耐性を持つ竜魔人、その竜魔人のスペックを大きく超えた所にある”紫炎”の体が炭化しているなど本来あり得ない。

 この死体だけではまだ偽物だと言っても信じられたが、胸に5cm大の水晶が埋め込まれているのを確認し、本物であると確信した。そして極めつけは彼の護衛についていた二人の内、メギドと呼ばれる腕利きが跪いて涙を流している事だ。


「そんな……嘘よ……ドレイク様が死ぬはずない……死ぬはずない!!」


 この女性、名はティアマト。紫炎(ドレイク)の妻であり、この国の王女として名高い。見た目こそその辺の竜魔人と大差ないが、護衛についていたメギドとグースの二人掛りでも容易に勝つ事が出来るほど強い。跪いたメギドの首を持って思いっきり上に持ち上げる。


「ぐぁ……ティ、ティアマト様……」


「お前らがいながらドレイク様を守れないとはどういう事なの!?答えなさいメギド!!誰がやった!!」


 ヒステリックに叫びながら問い詰める。牙を剥き出しにしてメギドの鱗に食い込むほど爪を立てている。周りの竜魔人はこの怒りを止める事は出来ない。強さもあるが皆ティアマトと同じ気持ちだったからだ。遺体を持ち帰った事は評価に値すべき事と思うが、何より守り切れなかったことが評価を地の底まで落としている。ここでティアマトに切り刻まれても文句は言えない。


「み……みなごろし……鏖が……紫炎様を……」


 それを聞いた時ティアマトの顔に理解の色が浮かんだ。と同時に力が抜けてメギドが地面に落ちた。「ゲホゲホ」と絞められていた気管を開けて頑張って息を吸いこむ。


「……そう……鏖が……」


 ティアマトは放心状態になり、紫炎の遺体に寄り添う。くすんでしまった髪を撫でて慈しむ目を向けると、軽くなった紫炎の体を抱き上げた。そのまま立ち上がり、王室に向かって歩き始める。その邪魔をしない様に民衆は道を作る。ゆっくり、ゆっくりと一歩ずつ踏みしめてヴァージンロードを歩く様に少しずつ玉座に向かっていく。

 ようやく目の前に着いた時、ガクッと崩れ落ちた。満足そうに死んでいるドレイクの顔を見てボロボロと涙がこぼれる。もう二度とその美しい立ち姿を見る事は出来ない。もう二度とその声を聴く事は出来ない。そしてもうその手で我が子を抱きしめる事が出来ない。


「ああ……神よ……」


 以前であればドレイクに叱られていただろう。「神などまやかしだ。この俺を崇めよ」と。その力強く、傲慢で、いじらしかった彼が、世界の理を捨てた化け物に殺された。


「願わくば鏖に死を……その為の力をお与えください……」


 ドレイクを抱きしめてティアマトが落涙する。汚れた個所を洗い流す勢いで遺体に涙が流れる。その時突然胸に埋め込まれた水晶が光り輝いた。それに気づき、水晶に触れる。触れたと同時に水晶が砕け散り、中で小さく光り輝いていた核の部分が露出、取り出せと言わんばかりに主張する。


「ドレイク……様」


 水晶の核を取り出すとドレイクの体が崩れて灰になった。その核は手から離れて浮き始め、空中で制止する。しばらく眺めていると突如ティアマトの額に引っ付く。

 光がティアマトの体から発せられ、民衆は驚き戸惑いどうすべきなのかざわめく。近付くべきかどうかを判断している時、光がティアマトに収束していくのがうかがえた。しばらく見ているとティアマトが立ち上がり民衆に向かって手を広げた格好でその姿を現す。


 黒かった髪はエメラルドの様な色合いで光り輝き、肌の色と同じ青色だった鱗も銀色に変化し、かつてのドレイクの逆位層の様な色合いへと変化する。それを見た民衆は即座に跪いた。これから始まるであろう王位継承権をかけた争いはこの瞬間に消滅した。ドレイクの力がティアマトに継承されたのだ。王女は女王へと変化し、それを拒むものは存在しない。


「第一魔王”黒雲(こくうん)”に連絡を……このわたくしが次の魔王として名乗りを上げます。拒むものがいればわたくしの前へ連れてきなさい。言って聞かないなら力でねじ伏せます」



 灼赤大陸の中心部”ヒートアイランド”。多くの強者が「我こそが一番」と名乗り、それぞれが勝手に国を建てたが、あまりにも統率が取れず古くからこの大陸の”サラマンド”以外で戦国時代を繰り広げている。第十一魔王”橙将”がヒートアイランドのトップに立ってから長い間均衡を保つことに成功し、橙将を中心に連合国を形成した。

 最近”黒の円卓”の緊急招集があり、それに参加予定だったが、そんな時にちょっとした反乱が発生。どうも避けられない事態だった為に参加を見送った。いつ円卓に参加したのか忘れてしまう程長い間魔王の一人も見ていない。すぐ傍にいるはずの”紫炎”すら……。


 そういえば”黒雲”の執事である”黒影”が尋ねて来たのを思い出す。鏖が裏切りを働いて魔王の座を剥奪となり、鏖の腹心であったイミーナが第二魔王”朱槍(しゅそう)”としてその座に就いたと話を聞いた。ついでに第七魔王”銀爪(ぎんそう)”の交代の件も含めて。


「世界も徐々に動きつつある……と言う事か」


 魔王となる前、まだ若かった時代に国を出て、現在の第八魔王”群青(ぐんじょう)”と殴り合った過去を思い出してフッと笑った。

 橙将は自身が住まう城から外を眺めて黄昏る。この大陸の内政を優先し、外に出る事も無く何年も平和を保つために頂点であり続けた身長2mを超える真っ赤な肌の大男。額から二本の角が生えた鬼族(オーガ)と呼ばれる種族。筋骨隆々の体にゴツい鎧を着こみ、手を保護するように包帯を巻きつけた接近戦を得意とする見た目をしている。下顎から生えた牙が口に納まりきらずに外に二本出ている。

 今では自分もこの国を治める魔王となって長いが、次代の王が育っていない現状に”群青”と同じく悩んでいた。


「橙将様」


 すぐ後ろで声が聞こえる。振り向くと同じ鬼族(オーガ)の臣下がいた。


「なんだ?」


「黒雲様より書簡が届きました。どうぞ」


 跪き、書簡を掲げる。それを受け取るとサッと目を通す。


「……これは……!?」


 そこに書かれていたのは第四魔王”紫炎”の死に関する事柄だった。鏖の関与も(したた)められている。くしゃっと書簡を丸めると、投げるように臣下に渡す。


(われ)はこれより”サラマンド”に赴く。千人長を呼んで大隊を支度させよ」


「はっ!!」


 臣下はすぐさま下がると早足で王室を去った。橙将は顔を洗う様に撫でる。


(竜魔人が連合国をかき乱す恐れもある。紫炎の意を汲む次代がいるなら良いが……。とにかくすぐにでも確認が必要……万が一は先に潰さないといかん……か……)


 死んで早々紫炎には悪いが竜魔人が徒党を組んで攻め込んでくるような事になれば面倒な事この上ない。紫炎とは平和協定を結んでいるが、新時代の阿呆がその協定を破って攻撃を仕掛けて来ないと信じられる程楽観主義ではないのだ。扉の前にいる供回りの四人をチラリと見る。


「吾の籠手を持ってこい。薙刀も持て」


 何も言う事も無く頭を下げて二人が出て行った。残りの二人も見て次の命令を下す。


「書状を書く、用意しろ。準備が整い次第進軍する」


 残りの二人も頭を下げて出て行った。それを見届けた橙将はまた外を見てつぶやく。


「何故かき乱す……全てお前が悪いのか?なぁ……鏖」


 その言葉を最後に踵を返して玉座に向かう。この後に起こるであろう事に一抹の不安を感じながら……。

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