第一話 道中
魔王達との戦いを生き残り、攫われたベルフィアの後を追うべく、ラルフ達はエルフであるグレースとハンターの二人の案内でエルフェニアを目指していた。
「ところでそのエルフェニアとやらは遠いのか?」
口を開いたのはミーシャだ。一応会話を挟みつつ歩いてきたが、いつ着くのか分からないと時間だけが無為に流れていくように感じる。それにかなり遠いとなると捕まったベルフィアが心配だ。あの変態に調べられている様を想像すれば虫酸が走る。
「ここからだとそう遠くは……いや、あの、一応一日そこら歩きますが大丈夫ですかね?」
グレースは少々ビクつきながら質問に答える。
「そうなの?早いに越した事はないけど仕方ないか……」
ミーシャは腕を組んで「うーん」と唸った。ラルフはミーシャの肩に手をポンッと置いた。
「むしろ一日そこらで着くのは思ったより早いと思うぜ?一週間かかるとか言われるかと内心冷や冷やしてたからな」
これは二人の見解の相違と取れる。ミーシャは音を置き去りにして動けるほど速い。空を飛ぶ事も出来るから、歩きという原始的すぎる方法で一日かけて行くのかと不満を感じていた。
対してラルフはその原始的な方法しか知らず、休憩を挟む事も視野に入れているので、エルフの里がそんなに近くだったのかと驚いたぐらいだ。
エルフの里は文献にも残らない程秘匿され、知っているのはお上の連中くらいだと記憶していたので、一般人は入る事はおろか、その場所を知る事さえ生涯出来ないだろうと諦めていたが思わぬ拾いモノと言える。
「エルフの里ってどんな所なんです?」
アルルが興味ありげに話しかけた。
「えっと……木ばかりでヒューマンには退屈な所かも?故郷だから悪く言うのもなんだけど……あ、でも外に出てわかったけど綺麗な所だよ。年中過ごしやすい気候だから風邪もひかないし」
「え?でもここから一日で行けるって言ってなかったか?この辺りの気候は結構変わりやすいと思うんだが……」
例の山からそんなに離れていないし夜は寒いし、鬱蒼と生える森のせいでジメジメするしで過ごしやすいとはどうも思えない。ラルフが疑問に思うのも無理はない。
「魔法ですよ」
ハンターが横から口を挟む。魔法。万能な言葉だ。ヒューマンの国でも魔族や魔物の侵攻を防ぐ目的で結界が使われたりしているが、さらに気候操作も可能らしい。
「ふーん、なるほど。エルフというのは温室育ちなわけか」
ミーシャは悪びれる様子もなく声を出した。
「ば……!?おま……!」
「ミーシャさん……!?」
驚き戸惑いラルフとブレイドは焦ってミーシャとエルフの二人を見る。ハンターは気にしてないようだが、グレースは「はは……」と乾いた笑いで誤魔化す。大事に育てられて痛みも苦労も知らない上に、自分こそが至高とする種族にピッタリな表現ではあるが、今この場にはふさわしくない。
「やめろよ!失礼だぞ!」
「え?」とミーシャは無知にふるまう。まるで「温室育ち」という文言は悪いものだと捉えていないようだ。その言葉の意味通りを話したつもりなのだろうがその裏の意味を知らないらしい。無知は罪とはよく言ったものだ。
「いや、いいんですよ。ミーシャさんの言う通りです。ウチらは幼い頃から外気に触れて来なかったので世間というものに疎いです。たまーに文献とか資料とかが出回るのでそれで外の事を知るくらいですし、交流を生業とする商人かハンターみたいに戦闘要員でもなければ外に出るのを制限されます。ウチこそが温室育ちの代表と言えますので……」
寂しそうな顔で俯いた。そんなグレースの様子を見てウィーがポテポテ近寄ると項垂れて力の入ってない手を握った。
「ひぃっ!?」
バッと手を振り払う。ウィーもビクッとして飛び退いた。
「え?なに?なんで今手をつないだの?!」
掌をこすり合わせながら自分の身長の半分ほどしかないゴブリンを信じられないといった顔で見る。ウィーはその態度に悲しそうに俯く。その対応に今度はミーシャ達の方がピリッとした。ハンターはその空気を察し、グレースを見る。
「ちょっとグレース。失礼だよ」
「はぁ?」
無知は罪である。これにはラルフが対応した。
「いや、すまない。ウィーは言葉が喋られないんだ。ウィーなりに君の事を励まそうとしたんだが……分からないよな」
「おいで、ウィー」
ウィーはミーシャの元に行って手をつないだ。
「あ……ご、ごめんなさい」
グレースは急いで頭を下げた。
「こっちも軽率だったからお相子だ。なー、ウィー」
「ウィ~……」
手をつないでない方の手で頭をポリポリ掻いて「やっちゃった」感を出している。両者共に反省し、ミーシャの件も含めて手打ちにした。結構歩いたところでハンターがおもむろに空を仰いだ。
「そろそろ野営の準備をしましょう」
ラルフが「ん?」と疑問符を飛ばす。
「まだ早いだろう?もう少し先に行っても……」
「無理は禁物です。ここの木なら僕らが乗っても大丈夫ですし、テントを張りやすいでしょう。皆さんもテントの準備を……」
といった所で気づいた。
「あ、すいません。僕らの野営は木の上で行うんです。だから大きくて丈夫な木が必要なのでここが最適だと思って……」
「なるほど。エルフとヒューマンでは野営の仕方も変わるわけだ。勉強になるな」
ミーシャは感心する。
「寝ぼけて木から落ちない様にしないといけないんでテント張りは結構大変なんです」
グレースも嫌そうな顔で答えた。これから用意しなきゃいけないんだと思うと気が重いのだろう。
「そうか。ギリギリまで木を探して見つからなきゃ引き返さないといけないし、テント張りに時間がかかるから、遅くなるにつれて危険度は増すってわけだ」
「すいません。僕らのやり方で語ってしまって……」
ラルフは頭を横に振った。
「いや、ただの勉強不足だ。エルフにはあった事がなかったし、エルフの里に行くなんて思わなかったから手を抜いていたよ。確かに木の上ってのは見つかりにくいし敵に襲われないよな。頭良いぜ」
ハットを抑えながら上を見上げて納得している。満足したのかスッと振り返るとチームメイトを見渡す。
「それじゃ俺達も野営の用意だ」
ラルフの言葉にブレイドは答える。
「それじゃあ俺、水辺を探してきます」
ラルフが「おう」と言って送り出そうとするが、ハンターが訝しい顔で引き留める。
「待った。君は剣士じゃないのか?それに則したスキルを持ってないように見えるけど……?それだったら僕が……」
こういった森の中でライフラインを確保する為には水辺や狩り場などをなるべく早く見つけるための知識が必要となる。そういった職業としてレンジャーや森賢者と呼ばれるものがあるが、ブレイドの衣装や装備を見るにそういうのとは無縁と取れる。
「森で育ってきましたから大丈夫です。すぐにでも見つけてきますよ」
ハンターの理解を得る前にブレイドは剣をアルルに預けてさっさと走って行ってしまった。
「……ぶ、武器も持たずに?」
「ああ、安心してくれ。あいつは年こそ若いが俺達の中じゃミーシャに次いで二番目に強い。素手でもなんとかなるだろ」
「えぇ?そ、そんな希望的観測で……?それじゃ武器を持たなくて良いなんて事にはならないんじゃ……」
グレースも困惑しながらその様子を見ている。
「アルルが何も言わず送り出したんだ、安心しろって。んな事より〜テントの構造が知りたいから建てるの手伝わせてくれ」
ラルフはウキウキしながらグレースとハンターの所に擦り寄りに行く。知識を得るための姿勢は低く「へへへ……」と下衆に手揉みすらしそうな雰囲気にグレースはちょっと引く。ハンターもこれには苦笑いだ。
「そんな難しくないですよ。ラルフさんならすぐに覚えてしまいそうです」




