第三十七話 猛攻
大地を揺るがす攻防。山を消滅させた魔力砲の雨。深くなる谷。これが魔王戦。そしてこれが”鏖”と恐れられた最強の力。
谷から上がってきた影は土煙を晴らして降り立つ。ミーシャは紫炎を抱えてやって来た。その姿を見た竜魔人は目を丸くして膝から崩れ落ちた。ついさっきまで自分達に命令していた主が、黒焦げの変わり果てた姿で”鏖”に抱えられている。
闘争の空気が霧散した事を肌で感じる。血の騎士は体から出現させた武器を消失させた。紫炎が負けた瞬間に拮抗した空気がひっくり返ったのだ。というのも第六魔王”灰燼”は早々に離脱、第七魔王”銀爪”は戦意喪失。三柱居て初めて拮抗する所を朱槍と紫炎のみが戦う事になった。勝ちの目など元からないも同じ。
ただ衝撃だったのは、この短時間で魔王が倒された事だった。本来であればそう珍しい事ではない。つい最近では前第七魔王の”銀爪”が”白の騎士団”の一人”魔断”に斬られた時は一瞬だったと聞いているし、歴史を見ればヒューマンに殺された話は何度か聞く。隙さえつければそこまで難しい事でもないだろう。しかし、紫炎を上げればそういうわけにはいかない。彼の魔王は単体の防御力が魔族の中でも飛び抜けている。接近戦では突き崩す事が不可能とまで言われ、魔王でも随一の硬さを誇る。その無敵神話は打ち砕かれた。ミーシャは紫炎をそっと地面に横たわらせる。辺りを見回すと、メギドに視線を合わせた。
「お前、ドレイクを連れて国に帰れ。自国で埋葬することを許す」
メギドは怨めしい顔を見せたが、立ち上がり一礼すると、トボトボと主の元まで歩く。紫炎を抱えて谷を飛び越えると、そのまま駆けていった。それを見送ったミーシャは次にブラッドレイに目を向けた。
「ブレイド。無事か?」
ブラッドレイに目を向けたままブレイドに声をかける。
「は、はい!俺らは……」
「ラルフは?」
「あ、ラルフさんは……」
と言って後ろを振り返る。ブラッドレイとメギドの二人からは逃げ切ったようだ。それを知れたミーシャはブラッドレイに話しかける。
「お前はどうする?このまま戦うなら私が相手だ」
ブラッドレイはその言葉に右手に残した剣を消失させた。
「いえ、遠慮いたします。私も命が惜しいので……」
ブラッドレイは踵を返す。黒影の元に帰りかけてピタリと止まると、ブレイドを肩越しに見る。
「研鑽を積め、少年。次に会う時を楽しみにしている」
それだけを言うと、もう振り返る事なく悠然と歩いていった。張り詰めた緊張の糸が切れ、ブレイドは剣を下ろした。アルルも握り締めていた槍を離す。魔槍マギーアインス、別名アスロンは固く握られていた状況を窮屈だと思っていたのか、体を捩りながらその辺で浮いている。二人の間に弛緩した空気が流れる中、土煙を貫いて朱い槍がミーシャに向かって真っすぐ飛んできた。
「ミーシャさん……!!」
アルルは叫ぶ。ミーシャは振り返り様に拳を振ると、パキィンッと朱い槍は掻き消えた。
「無駄だ!イミーナ!!あの時とは違う!!」
ミーシャは吠える。イミーナの陰湿な攻撃を軽々防ぎ、未だ晴れない土煙に向くと、土煙の壁から槍の先が数十本覗いた。
「ええ、確かに。あの時とは違いますね」
魔障壁を展開し、ドレスに土が付かない様に現れる。
「小さなミーシャ、かつて貴女は一人でした。私が側にいたから貴女は頂点にいた。では、小さなミーシャ。今貴女は誰のおかげでここにいるの?」
ミーシャはハッと気づくと、肩越しにブレイドたちを見る。後ろに下がったというラルフは自分が広げた土煙で良く見えないが、標的は自分ではない。周りの生物全てが標的だ。
「本当はこういった無粋な真似はしたくないのですが、目的の為ならば手段を選びません。大人しく全員死んでください」
その瞬間、冷気の様な冷たい殺気が吹き荒れる。アルルは飛んでいたアスロンを即座に握り、魔障壁を展開しようと魔力を練り始める。
「ダメ、アルル!障壁は意味をなさない!出来るだけ強い魔法を……!!」
「え?」と不思議な顔をしていると槍が射出された。ブレイドは即座に銃形態に変えて魔力砲を撃つ。ミーシャも障壁を張らずに魔力砲で対応する。二人はドドドドドッと多くの槍を打ち落とすが、アルルは突然の切り替えが出来ずにそのまま障壁を張ってしまう。ミーシャの言った意味が障壁を張った事で理解できた。障壁に当たっても障壁がなかったように貫通し、アルルの顔の5cm右を通って行った。ドンッとショットガンで地面を撃った様な抉れ方と飛礫を飛ばす。万が一当たっていたらアルルの顔は見るも無残に弾けていただろう。
「……くっ!!」
ミーシャも撃ち落し続けるが、撃ち漏らしが出て、どうしても後ろに槍がすり抜けてしまう。自分を完全に守り切れるが、他まで守ろうとするのはどうしても難しい。障壁を張っても意味がない事、他を守る為に攻撃に回れない事に歯噛みした。
「アルル!!」
ブレイドはアルルを後ろに庇うと、続けて魔力砲を撃ち続ける。何とか撃ち落していたがその数に押され、撃ち漏らしが出た。
ギィンッ
即座に剣で撃ち落とそうとするが、速すぎてほんの少しズラす程度しか出来なかった。ブレイドの左腕に掠ると、思った以上に裂け目が出来た。ブシュッと血が噴き出す。
「ブレイド!!」
「チッ……うおおおっ!!」
撃ち漏らしが出る事で判断が遅れる事に気付いたブレイドは反射能力と剛腕で一つずつ落とす事にした。
バギギギギギギィンッ
剣が見えなくなるほど速く、正確に槍の峰の部分を狙って弾き続ける。一体、何本あるのか?土煙が上がってから見えない所でせっせと槍を、この為だけに作り続けたのだろうと直感で理解する。何せ魔力の練り方が尋常ではない。ミーシャは一瞬目をブレイドに向ける。左手を切った傷が最も大きいが、他はかすり傷だ。何とかこの攻撃に順応している事に気付いた。
(よしっ!ここだ!!)
ミーシャは防御の手を一つ攻撃に替える。自分が一瞬撃ち落とさない事で、ブレイドの槍を撃ち落とす難易度が上がるが大丈夫だろうと認識する。目を向けた時に気づいたが、ブレイドの手はほんの少し黒ずんでいる。追い詰められた事で半人半魔の血が覚醒しているのかもしれない。ミーシャが手を抜いても任せられるだけの強さがある。
ドォンッ
針の穴を通すような精密な攻撃。槍に当たれば打ち消されるし、掠れば射線が変わってしまう。真っ直ぐイミーナを撃ち落とすなら槍と槍の隙間に魔力砲を潜らせなければならない。そしてそれは上手くいった。障壁を張ったイミーナの胸を貫通したのだ。完璧な一撃。だが、イミーナの攻撃は止まらない。
「……馬鹿な!?どうなってる!!」
完璧にイミーナの胸を撃ち抜いた。この猛攻の中とは言え練り上げた魔力は紫炎の鱗すら貫通出来る一撃だったはずだ。
「まさかっ……!?」
もう二発イミーナに向かって撃つ。今度はそこまで練り上げていない。軽く速度だけを重視した指弾の様な攻撃。一発は槍に弾かれたが、もう一発は上手い事イミーナに向かっていった。障壁ごとイミーナの体をすり抜けた時に確信した。
「”幻影”……!?」
イミーナは紫炎がやられている最中に魔法で幻影を作り、得意の槍を根限り生成した。これは全て囮である。とすれば……。
「……ラルフ!!」
イミーナの本体はラルフの方に行ったに違いない。この待ち伏せがラルフ殺害の為に企画されたというのは既に看破したつもりだった。紫炎を殺した事で一気に闘争の空気が薄れ、ラルフを殺そうとしたブラッドレイとメギドを下がらせたから終わったものだと勝手に思い込んでいた。
が、イミーナは陰湿だ。
全体攻撃を仕掛けると脅しをかけて槍に集中させる。攻撃で撃ち落としている最中にラルフを殺す。ラルフならインビジブルキャッチャー程度でも殺せるというのに、魔王自らが行くとは破格の戦力だ。絶対殺すという気概を感じる。その瞬間、槍がミーシャの足に刺さる。
「うあっ!!」
貫通まではいかなかったが今日一番と言えるダメージが足に入った。油断すれば串刺しとなってしまう。
「くっ!このぉっ!!!」
魔力砲を出鱈目に撃ちまくる。しかし、それでは槍は止まらない。
「ミーシャさん!危ない!!」
ブレイドの後ろで頭を抱えていたアルルがアスロンを投げる。すぐ傍まで迫っていた槍の一本を防ぐ事に成功する。それによりミーシャは我に返り、素手で槍を一気に撃ち落とした。
「ミーシャさん!この槍を防ぎきらないとどうしようもありません!後ろにはベルフィアさんもいます!ラルフさん達を信じてください!!」
ブレイドは目が金色に光り、顔に黒い模様を浮き立たせながら弾き続ける。血管の様に浮き出した模様はブレイドの身体能力を向上させ、槍を崩壊させるレベルにまで進化した。この猛攻の中で喋れたのも覚醒したからだろう。それでも防ぐのに精いっぱいなのはイミーナがどれ程この日の為に研鑽を積んできたのかがよく分かる。
「くそっ!くそっ!くそぉっ!!イミーナァァァ!!!」
ミーシャは燻る気持ちを抑えながらもどうしようもない気持ちから叫びを止められない。
そんな三人の必死な状況を他所に、ラルフは後方でウィーを抱えてミーシャが起こした土煙の方に気を取られていた。(何も見えないな……)と呑気に考えていたが、朱い槍がぬぅっと見えた時ヤバいと直感する。だが観察していると、自分の所に飛んでこないと見るやホッとした。
束の間、赤いドレスの金髪美女がすぐ目の前に降り立つ。心臓を指された様な殺気と戦慄が走る。赤いドレスの金髪耳長美女は金色の目を剥き出しにして亀裂が走った様な笑顔を見せた。
「初めましてラルフ。私は第二魔王”朱槍”と申します」
「は、初めまして?何で俺の名前を……?」
ラルフは困惑気味に聞く。それはそうだろう。この魔王の狙いはミーシャだ。自分も一応狙われていたが、二の次だと思っていた。「ついでに殺しとけ」みたいな感じの奴。
「ああ……殺せる……やっと殺せる……お前のせいで……お前のせいで!!」
頭を抱えてヒステリックに叫び出した。ビリビリと体を震わせるほどの怒声は怖いの一言だ。そんな声もピタリと止む。ふっと冷静になったかと思うと、髪をかき上げてラルフを見た。ぺろりと唇を嘗めて湿らすと、静かに言葉を発した。
「ラルフ、ここで死んでください」