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第三十五話 技量

「……何だ?」


 ラルフは背後に妙な気配を感じる。そして何となく嫌な喪失感も。二年前に、ある遺跡で草臥れたハットを落として二、三日被ってなかった時を思い出した。それを感じた時、頭に手を伸ばす。ハットがある事を確認すると何でこんな気持ちになったのか不思議になる。


「……ベルフィア?」


 殿を買って出た吸血鬼の顔を思い出した。(まさか……)と思い後ろを振り返る。少し離れているが、ベルフィアが戦う所は見えるはず。しかしそこにいたのはベルフィアではなく、知らない団体だった。これだけ遠いと顔の判別は難しいが、見た感じエルフの団体だ。不安に駆られたラルフはブレイドに伝える。


「何かおかしい。俺はウィーを連れて後ろに下がる。ここを任せても良いか?」


 ブレイドは前を向いたまま静かに頷く。アルルはボソボソと詠唱を始めた。ラルフはそれを確認すると背中を向けて走り出す。


「……逃がさん」


 ”血の騎士(ブラッドレイ)”はラルフを追って走り出す。しかし、視線を遮る形でブレイドが前に出た。


「退け、ヒューマンの少年よ。ここで死なずとも他で死ねば良い。あんな情けない奴の為に散るなど、死んでも死にきれんぞ?」


 それに対してフッと笑う。


「それは俺が決める」


 剣を正眼に構える。その構えを見てブラッドレイは苦笑した。


「なんだその構えは?少年、貴様の師は誰だ?」


 ブレイドは一瞬手元を見て敵を見る。


「師はいない。我流だ」


「そうか、なら死ぬ前に学ぶが良い。我が剣技を」


 腰を落とし、脇を閉め、真っ直ぐブレのない堂にいった正眼の構えを見せる。それを見ればブレイドは素人同然。脇は閉めず、腰は少し落としているが、それが微妙すぎてへっぴり腰に見える。一見、剣の重みに耐えられず、何とか持ち上げたような情けない印象だ。空中で魔力砲を軽く弾いていた事を考えれば当然とも言えるが、やはり技量の差がハッキリ出ている。


「……だからどうした?それはお前に勝てない理由にならない」


 剣を握る手に力が入る。竜魔人を切り裂いた時同様の凄まじい力で叩き斬れば殺せる。途中で銃形態に切り替えれば、戦い方に幅が出て、勝ちの目も増える。それに……。


「それに俺は一人じゃない」


 アルルを肩越しにチラリと見る。竜魔人のメギドはそれを見て苛立ちを覚える。ブレイドの言動はつまりブラッドレイとの二対一を想定しているような口ぶりで、メギドの事など眼中にないと言ってるも同じ。ブラッドレイから魔法使いを頼まれた手前、抑え込まねば竜魔人の名が廃る。何よりグースを悼んでヒューマンに復讐しなければ気が治まらない。

 メギドは息を目一杯吸い込み、スキル”炎の息”を発動する。ゴゥッと空気を焼く音が鳴り、赤い火がブレイド達の眼前を埋め尽くす。


「出でよ!円盾(ラウンドシールド)!!」


 アルルは既に詠唱を済ませた”円盾(ラウンドシールド)”を形成する。魔力の障壁は火を防ぎ、熱を防ぐ。その瞬間にメギドは一息に燃え盛る火に飛び込む。円盾(ラウンドシールド)に対して拳を叩き込んだ。


 ガツンッ


 いきなりの衝撃にアルルは驚く。自分で吐き出した火に飛び込んでくるとは思いも寄らなかった。火に対して耐性を持つ竜魔人は相手を火だるまにした後、追い討ちをかけることが出来る。そんな事を知らないアルルは驚いたが、ブレイドは冷静に銃形態に切り替え、竜魔人の頭に射線を向けた。メギドはすかさず火を吐いて視界を塞ぐ。ブレイドが構わず魔力砲を撃つが既にそこにはメギドの頭はなく、後ろステップで間合いを開けて戦闘態勢のまま隙を見計らう。魔力砲を放った衝撃で折角の円盾(ラウンドシールド)に穴が開いた。ブラッドレイはそれを逃さない。


(自ら障壁を壊すとは間抜けな奴だ)


 障壁に突撃を謀る。完璧な形を形成している障壁を壊すのは困難だが、ヒビの入った障壁はガラスの様に脆い。ズギャッという音と共に地面を抉り蹴り、円盾(ラウンドシールド)に突きを放つ。


 ギャギィッ


 突進の勢いと剣の鋭利さで刃先から中程まで剣の侵入を許した。だが、経験に無い堅さの障壁がその攻撃を阻む。運が良いことに寸での所で剣が止まり、ブレイドにはかすり傷すら負わない理想とも言える形となる。

 ブラッドレイは剣を引き抜こうとするが、ブレイドの方がそれより速く動く。銃形態から円を描くように体を反転させると、斧で薪を割るようにブラッドレイの剣の峰にガンブレイドを振り下ろした。


 パキィンッ


 凄まじい威力に耐えきれずブラッドレイが生成した剣は為す術もなく叩き折られる。ブラッドレイは剣を手放すとすぐさま両手斧を出現させる。黒く滲み出たような斧は血で錆び付いたように禍々しく、そして怪しく光る。

 斧を振り上げて円盾(ラウンドシールド)ごと叩き斬ろうとするが、ブレイドは即座に体を反転させて銃形態に切り替え、ブラッドレイの頭を狙う。瞬間、ブラッドレイも攻撃を諦めて斧を手放す。手を前に突き出すとカイトシールドが出現し、そのまま魔力砲をカイトシールドで防いだ。

 バギギ……と不穏な音が鳴り、魔力砲を防ぎきる前にカイトシールドは粉砕した。ブラッドレイは体を捻って射線からギリギリ避ける。後ろに飛び、バク転とバク宙を駆使して間合いを取る。


「チィ……なるほど……強いな」


 無駄な動きこそ多いが、取捨選択と状況判断が少年のそれではない。その上、隣の魔法使いの技量は今まであってきた中でもかなり上の部類だ。どちらも少年少女という若さでだ。もしこれ以降も生き残れるならもっと力を手にする事だろう。


「惜しいな……殺したくないが仕方ない。本気で行くぞ?」


 言うが早いか、ブラッドレイの体から無数の武器が出現する。ジャキィッと刃が複数擦れる音が鳴り響き、触れたら切れそうと思えるほど危険な外見になった。メギドも負けずに牙を剥き出しにし、ブレイド達に威嚇する。


「アルル……ここは俺が請け負う。お前は俺の強化に回って自分を守れ」


「でもブレイド……」


 ブレイドは二ッと笑ってアルルを見る。


「大丈夫。俺に任せろ」


 ブレイドはアルルから二歩前に出る。


「分かった。全力で支援するね」


 アルルは魔力を練り始めた。それに合わせてブレイドは肩を回す。


「終わらせよう。この戦いを……」

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