第三十四話 分割
ベルフィアは内心混乱していた。この老人は相当な実力者であるに違いない。ミーシャが突っ込んでいった場所に感じた強者達の雰囲気をこの灰燼と名乗った男から感じる。相手はミーシャを除けばあった事もない実力者だ。
ミーシャが抑えていたはずなのに何故ここにいるのか?答えは簡単、転移魔法だ。さっきまで前方で鎮座していた魔王の一柱が回り込んで挟撃したと思われる。炭鉱跡の一件がなければ、単純な身体能力を駆使して、目にも止まらない早さで動いたと錯覚していたかもしれない。あの罠に関して面倒な事ばかりだったが、経験して損はないとベルフィアは感じた。彼女はまじまじと灰燼を見る。
フード付きマントを羽織り、杖をつく見た目でいうと完全に魔法使いのそれだ。奇妙だったのは生き物の臭いがしない事だ。ベルフィアは血が通ってない事を瞬時にかぎ分けた。後、香水か何かの香り付けで臭いを誤魔化している。(これは……微かに腐敗しタ臭いが混ざっとルノぅ)それ即ち、
「不死者か?死して尚、魔族繁栄ノ為に生き続けルというノか?」
灰燼はベルフィアの言葉に一瞬驚いた様な挙動を見せた後、くつくつと笑った。
「分かるか?やはり貴様には……しかし、勘違いされては困る。儂の目的は魔族繁栄などではない。儂自身の繁栄だ」
灰燼は杖を地面に二回突く。(何かノ合図?)ベルフィアは周りを見る。隠れた敵が現れると思っての事だ。
「賢いな。しかし、見るべき所が違う」
ベルフィアの足元から手が出現した。土で出来た無数の手はまず足首を掴むと、徐々に膝付近まで掴まれる。太ももまで掴まれた時、流石にベルフィアもキレた。無数の手を破壊する為に右腕を振り上げる。しかしその腕を横から現れたインビジブルキャッチャーに捕まれた。「ぬっ!!」驚いたのも束の間、左腕も別のインビジブルキャッチャーに捕まれる。意外に強い力にベルフィアは腕も足も曲げられない無抵抗の状態となる。
「くっ……それほどノ力を有していて拘束とは……妾と戦うノがそんなに怖いノか?」
「儂にその手の挑発は無意味じゃ。貴様は成す術もなく儂の研究材料として解体されるのじゃからな。箱詰めが良いか瓶詰が良いか選ばせてやろう……」
その言葉を聞き、ビキビキと青筋が立つ。
「嘗めルなぁっ!!」
吸血身体強化で纏った”血の棘鎧”を発動する。体全身から赤い液体を凝固させた鋭利な棘が無数に生え、掴んだ敵全てに致命の一撃を食らわせた。足を掴んでいたのは魔法に寄る捕縛だったようで、一定以上のダメージを受けて崩れ落ちる。インビジブルキャッチャーはその自慢の手をズタズタに引き裂かれ、肉塊となってその場に倒れ伏す。ベルフィアは猫の様にしなやかに走り出すと灰燼に突撃した。
その時、灰燼がまた杖を地面に突く。杖が輝き、薄い膜の様な柔らかい魔力の壁にベルフィアは包まれた。
「なっ!?」
魔法使いは詠唱が基本だ。その力は大地を焼き尽くし天を穿つ。そして面倒な事に魔族は得意な魔法であれば詠唱を短縮、若しくは無詠唱で発動可能。生まれた時から魔力をおもちゃの様に扱える魔族ならではと言える。その為、魔族と一対一の魔法戦は人類が圧倒的に不利である。
しかし、それは人類との戦いに限られると言って過言ではない。威力の大きい魔法はその分詠唱にも時間がかかるし、魔力を溜めているのも一目で分かる。ミーシャでさえ魔力砲を放つのに溜めが入る。便利ではあるが、何かをしようとするのは一目瞭然だし、身体能力が他の生物より遥かに高いベルフィアなら、放つ前に邪魔する事も出来ると思っていた。だがそれは大きな間違いだ。そんじょそこらの魔族なら通じる理論も超常の者を前にすれば全て覆される。
「こノっ……!!」
薄い膜を破ろうと拳や蹴りを放つがビクともしない。灰燼が目の前で踊るベルフィアに気を良くしてくつくつ笑う。ベルフィアの怒りが頂点に達し、また新たに吸血身体強化を発動させた。その力は手刀の形に変えた右手に血管が浮き、尖った爪が硬質化されていく。バーバリアンで蓄えた血をすべて吐き出し膜に抜き手を放つ。
吸血身体強化コスト20、一点血掌。
ドオンッ
それはいつぞやジュリアに放った抜き手。しかしあの時の貧困なコストとはわけが違う。十倍の威力で穿ち抜く。穴をあけるかと思えた一撃は薄い膜がその分伸びて威力を完全に殺した。大半の魔族を殺せるであろう一撃は空しく受け止められた。
「かっかっか……強いのぅ。まさか目の前まで伸びてくるとは思わなんだぞ?」
「……そんな馬鹿な……!?」
出来れば温存しておきたかったが、ここでやられては元も子もない。今一度範囲攻撃”ブラッディエクスプロージョン”を使わざるを得ない。この膜から突破出来ればここでガス欠になっても、この辺りの生き物で血を得られる。態勢を立て直し、ブレイドやアルルと合流出来れば勝てる見込みはある。
ベルフィアは手刀をそのままお腹に刺そうとする。が、判断が遅かった。薄い膜の中にガラスの様な魔力の壁が突如出現し、ザクッという音を立てベルフィアの腕をそぎ落とした。薄い膜の中が魔力の透明な壁で二つに区切られる。
「しまっ……」
これは単なる捕縛用の網ではない、脱出不可能の拷問器具なのだ。それに気づいた時、切り分けられた右腕がさらに三分割された。その右腕に気を取られていると、ザクッ。足の膝から下が分割される。切られた事を認識した瞬間ザクっと左手も泣き別れにされる。
吸血身体強化には切り離された手足を自由に動かせる”五感剥離”という術があるが、”ブラッディエクスプロージョン”に全てを賭けていたので使用していない。つまり、切り離されれば動く事は出来ない。ダルマ状態となったベルフィアは手足の動かせぬ恐怖に喘いだ。
「ふぅむ、平気そうじゃのぅ」
首を傾げながらベルフィアを見る。その目は既に研究者の暇潰し程度の冷たい目だった。
「おどれぇ……絶対にころ……」
といった所でザクッと首を切断される。「ぐっ」と呻く。
(喋らせないつもりか?)
だが関係ない。ベルフィアは頭だけでも喋る事が出来る。ギロリと灰燼を睨みつける。
「首を切られても死なん、か。やはり不死身というのは真実だった……しかし、とすればどうして”鏖”に滅ぼされかけたのかが謎じゃな」
灰燼は手をかざすと、胴体の真ん中に魔力の壁が出現する。ベルフィアの体を真っ二つにし、大切な心臓を切り分けられた。
「かはっ」
か細い息を吐いてベルフィアの目がグルんと白目を向いた。ドクンッドクンッと脈を打ちながら血を輩出する。
「ほっ、なるほど。この臓器が貴様の弱点か」
自分の欲しい反応を貰った子供の様に喜ぶ灰燼。
「……やめろぉ……」
苦しそうに渾身の力を込めて抵抗しようとするが、全く意味がない。灰燼はベルフィアの心臓をさらにザクッと区分けし、四つに分解した。ベルフィアはその責めに耐えきれず気絶した。
「他愛ない……。だが、まだ死んでおらんな……この臓腑を細分化された程度では死なんのんだろう……とくればこの臓腑を消滅させれば死ぬのか?いや、焦るな。簡単に消滅させては研究が出来ぬ……もう一匹いれば試せたが、こいつが最後の一匹と考えるのが妥当だろう。持ち帰ってゆっくり研究するのだ。永遠の命の探求を……」
灰燼は杖を地面に突こうと杖を微かに持ち上げる。その時、背後から殺気を感じる。瞬時に振り返ると矢が飛んできていた。即座に杖を地面に突き、魔力障壁を発動させると高速の矢を叩き落とした。
「酷い事するね」
そこに立っていたのはエルフ。毛並みが柔らかくサラサラの金髪で肩甲骨まで伸ばした髪を三つ編みで結い、左肩にかけるように乗せている。長い右耳にピアスを付けお洒落を気取る。鼻筋が通って細面でシュッとした顎、唇は少し薄いがそれがその顔に合っている。目尻が下がり優しそうな目元で女性を魅了する。弓の腕はエルフの里ナンバー2。その名は……。
「ハンター!」
後ろから女エルフやその他大勢がやって来た。ハンターは矢筒から二本、矢を抜く。番える瞬間が分からない程に早く矢を射出する。灰燼は目を赤く光らせ苛立ちを見せる。
「儂の邪魔をするなエルフ風情が!!処刑人ァァ!!」
大声で喚き散らすとアンデッドが三体、森の陰から猛スピードで灰燼の前に立った。後を追う様にインビジブルキャッチャーやバーバリアンが姿を現す。インプも加勢に飛んできた。そしてハンター達を丁度囲う様に幽体のリーパー達がやって来た。同時に灰燼は杖を地面に二回突く。灰燼の背後に黒い渦が出現するとベルフィアを連れてさっさと転移した。
「あーあ、逃がしちゃったか。もうちょい早く着けば勝負出来てたかもしれないのに……」
ハンターは呑気にため息を吐く。
「何言ってんの?!こっちの方が危険だっての!!」
グレースは恐怖からヒステリックに叫び始めた。頭を抱えて蹲りそうなグレースの近くに瞬時に寄って囁く。
「大丈夫。こっちには守護者の方々がいる。ですよね、マサタカ様」
呼ばれた男はズイッと前に出て舌なめずりをする。
「やっと暴れられるぜ……。おいテメーらぁ!!こんな所で暴れるからこんな森を走ったんだぞ!?なんで俺らがテメーらに合わせなきゃならねぇんだよコラァ!!」
久々の運動だったのか、肩で息をしながら喚き散らす。特に反応もなくジッと動向を眺める魔族達。正孝は額に血管を浮かばせながら指をポキポキ鳴らす。
「決めたぜ……全殺しだ!!」