第三十二話 激突
黒影の分身は先行したインビジブルキャッチャーとバーバリアンの下に向かった。かなり広い範囲に徐々に進む部下に追いついた時、薄暗い森を明かりが照らした。それは温かな光でも希望の光でも、ただの明かりでもない。冷たく広がる針の筵の様な鋭利な殺意。
それを感じた時、約十体のインビジブルキャッチャーと一体のバーバリアンが消失、それを見届けた瞬間分身の一体も消失した。
「……正面突破か」
別に驚きもしない。彼女ならやるだろうと確信があったからだ。そしてその高出力の光の柱は真正面にいた魔王達の下へと手を伸ばす。第二魔王”朱槍”はその光に手を差し出すと赤い魔力がその行く手を遮った。
ギャギィィィッ
金属とガラスの表面を同時に引っ掻いた様な耳につんざく音が響き渡る。
「相変わらず大雑把な攻撃だ事……」
少し力を加えると光の柱は打ち消された。パキィンという澄んだ音が響き魔力が霧散する。綺麗な粒子が辺り一面に広がり幻想的な様相を呈す。光の放たれた中心部に立つ最強の魔王”鏖”。
「イミーナァァァ!!!」
簡易椅子を蹴り倒し立ち上がる第四魔王”紫炎”。その顔は再会の喜びに満ちていた。
「待て!ミーシャ!!」
ラルフの制止はミーシャの耳に届かない。何故なら既に動き出しているから。ミーシャの移動は全てを置き去りにする。イミーナの手前5mの距離、魔力の壁が出現しミーシャを止める。電気が走ったようにそこらかしこに光をまき散らす。珍しく歯を食いしばって魔力の壁を突破しようとしている。
「あああああ!!!」
魔力の壁に指を突っ込む。本来であればその指は消えてなくなる所だが、ミーシャの指は頑丈だ。ミーシャは小細工を嫌う。何よりミーシャは脳筋である。
「まったく……少しは学んだらどうですか?ミーシャ様」
イミーナはその名にふさわしい朱い槍を魔力で出現させる。一点突破。ミーシャに大ダメージを与えた最強の攻撃。それに気付いたミーシャは寸での所で魔力の壁から飛び退く。その槍の矛先が壁からにょきっと生える様に思いっきり突き出た。
「よう”鏖ぃ”待ってたぜ?てめぇを殺せる機会をなぁぁ!!」
第七魔王”銀爪”もぬるっと立ち上がる。それには紫炎が手を出して制する。
「んだコラ!」
それに噛みつこうとするが、紫炎の爬虫類じみた目で本気で睨まれた時、まったく動けなくなった。息を飲んだ銀爪はそのままストンと椅子に座った。その様子に第六魔王”灰燼”はほくそ笑んだ。
「久しぶりじゃのう。もう何十年ぶりか?」
ミーシャはそこにいる魔王達を見渡す。懐かしい顔ぶれに最近会った雑魚、そして裏切り者。
「ははっミーシャ!二年ぶりだな俺を覚えてるだろ?ドレイクだ!」
「ドレイク……お前に用はない。黙って下がっていたら殺しはしないぞ。お前らもだ執事、アンデッド、そしてチンピラ。イミーナを残して引き上げろ」
「つれないな、一緒にバカやった仲じゃないか……。戻ってこいミーシャ」
手を差し伸べる紫炎。
「儂は失礼させてもらおう。鏖のお言葉に甘えてな」
灰燼は杖を持ち上げて地面を二回つつく。コンッコンッと小気味いい音を鳴すと黒い渦が背中に出現する。その渦に飲まれると椅子事消えてなくなった。灰燼は空間転移を利用してこの場から去った。
「……他は良いのか?」
黒影は無表情で銀爪は怒りにまみれた顔つき。紫炎は頭を抱えてイミーナは冷ややかに笑う。
「なるほど、私を前に言い度胸だ。ここで死んでも文句言うなよ?」
ミーシャが飛んで行った後、ラルフ達は急いで走っていた。速すぎて全く追いつかないどころか、移動の瞬間すら見る事が出来なかった。
「走れ走れ!追いつかれるぞ!!」
後ろからは正面以外で配置されていたインビジブルキャッチャーとバーバリアン、そしてインプが襲って来ていた。他にもよく分からない全身黒マントの大鎌を携えた宙に浮かぶ怪物や、骨を外骨格として鎧の様に浮き出た大剣を携えたアンデッドなどが追いかけてきている。
「ラルフさん!これは逃げきれません!!俺が殿を務めます!!先に行ってください!!」
ブレイドは剣を引き抜くと後ろに向ける。アルルも魔槍を握りしめる。
「ダメじゃブレイド!妾が殿を受け持つ!前方ノ敵に妾は足手まといじゃ!そちノガンブレイドなら戦えル!!」
言うが早いかベルフィアは足でブレーキをかける。
「ベルフィアさん!」
「止まるなブレイド!ベルフィアに任せるんだ!」
ウィーを抱えて走るラルフはハァハァ息を吐きながら何とかそれだけ叫ぶ。ベルフィアは吸血身体強化を発動させる。索敵、身体強化、そして体の表面に”血の棘鎧”というカウンターアーマーを発動する。
(変な魔獣が十七体、デカブツが二体、小さき浮遊物が二十体、幽体が一体、不死ノ戦士が二体。久方ぶりにあれをやルか)
ベルフィアは右手で手刀を作り、自分のお腹に抜き手を放つ。土手っ腹に穴を開けると吸血身体強化を発動させた。
範囲攻撃”ブラッディエクスプロージョン”。
自分の保有する血の大半を使用して使う数ある範囲攻撃で最も強いものを選択する。開けた穴から赤い衝撃波が放たれる。血の衝撃波はインプはもちろんインビジブルキャッチャーと幽体を死滅させた。バーバリアンと処刑人は元々の堅い体のお陰で耐える事が出来たが、体力の大半を削られた。
バーバリアンは生き残るだろうと踏んでいたので問題ないが、警戒すべきはアンデッドでも体の堅い処刑人だ。バーバリアンは疲弊が見てとれたが、処刑人にはそれが見えない。体力がどの程度残っているかで戦い方も変わってくる。
(いや、まずは補給が大事じゃな……)
ベルフィアは強化した体でフラフラのバーバリアンに突撃する。そんな状態でも斧を振り下ろす。軌道のブレた斧など怖くもない。スルリと躱して後ろに回り込むと、逞しい僧帽筋に噛みついた。
「ヴォォォ!!」
牛の喉を潰したような低い声で唸る。本来ならベルフィアくらいの大きさの魔獣では傷つけられないのだが、ベルフィアは別だ。その牙で軽々と皮膚を貫き血を啜る。側にいたバーバリアンの仲間が斧を振り上げる。処刑人も同様にベルフィアが張り付いたバーバリアンに攻撃を加え始めた。ベルフィアは意に介す事無く吸い続け、バーバリアン一体を干上がらせると次のバーバリアンに飛び付いた。バーバリアンも抵抗したがまったく意味がなかった。すぐにもう一体も干上がり、ベルフィアは口許の血を拭き取る事無く、ぬうっと立ち上がる。
「次は誰が相手かノぅ」
舌舐めずりまでして挑発する。処刑人は挑発に乗ったのか、はたまたアンデッド特有の死ぬ事を恐れない性質か、ベルフィアに剣を振りかざす。
「やめよ」
その言葉が響き渡ると処刑人はピタリと止まる。その声を辿ると進んできた道に突如老人のように杖をついた男が歩いてきた。
「……おどれがコイツらノ親玉か?」
「お初にお目にかかる。儂の名は第六魔王”灰塵”。貴様を手中に納める。諦めて体を差し出せ。嫌ならふん縛ってでも連れてゆくぞ?」
光る目が輝きを増した時、ベルフィアは気持ち悪くて殺したくなったが、これだけは言いたかった。
「妾を選ぶとは良い趣味じゃな。じゃが妾ノ体は安くないぞ?そノ命をもって支払うが良いワ」
灰塵はそれを聞いてくつくつ笑う。
「傲慢な女よ……まぁよい。永劫の存在となるための試練よ。この一時は我慢してやろう」