第三十一話 谷の向こう
「本当にここで待っていれば奴は現れるのだな?」
「ええ、間違いなく……」
ラルフ達が進む森を抜けた先、谷の向こう側に陣取る頂点の魔王達。第二、第四、第六、第七の四魔王。それと第一の代理、黒影。先日招集された面々が一同に介していた。
煌びやかな衣装で身を包む竜魔人。第四魔王”紫炎”は簡易椅子に座り、肘掛けに人差し指をとんとん弾ませながら落ち着かない雰囲気を見せる。
「慌てるでない紫炎よ……待つ事も肝要ぞ?」
無骨な杖に手を預けるその姿は単なる老人。しかし、所々白骨化したアンデッド。第六魔王”灰塵”は焦る紫炎に物申す。紫炎は肘掛けに人差し指の爪をコンッと立てた。
「貴様のあの部下は使えるのか?」
「”不可視掴み”と言うてな、幽体すら掴みとるその手から逃げ延びる者などいない」
灰塵は誇らしげに、そして嬉しそうに声をあげる。
「他にも”処刑人”や”リーパー”。儂が開発したアンデッド達も連れてきている。抜かりなど無いわ」
「私も微力ながら軍を出させていただいてます。虫一匹逃しはしません」
赤いドレスに身を包む優雅な女性。第二魔王”朱槍”。元第二魔王”鏖”を追い落とし、その座に着いた反逆の女王。
「ふんっ……鏖を前に頼もしい事だな。どこまでやれるのか見物よ……」
紫炎は皮肉を言いつつ薄ら笑いを浮かべて鼻で笑う。
「おい、俺にも聞けよ」
紫炎に比べれば一段劣る銀色の輝き。見た目こそただのチンピラだが、その実力は魔王そのもの。第七魔王”銀爪”。自信ありげだが、何か特別な戦力でも投入したのだろうか?紫炎はチラリと銀爪に目を向ける。
「よかろう。貴様はどうだ?」
「悪いが今回俺は手を貸せねぇ。最近一軍を滅多打ちにされてな。老人会がビビって戦力を国の警備に当てられちまったからなぁ」
ケタケタ笑いながら小馬鹿にした態度を取る。聞いた事を後悔しながら喉をグルルと鳴らす。
「おいおい、怒んなって。ほんの冗談だ。あんたこそ何か軍を出してんのか?」
銀爪は前のめりに紫炎に聞く。紫炎は舌打ちをして肘掛けに頬杖をつき、頬を乗せる。
「我の支配地から遠い。戦闘の為に来たわけでは無かったでな……有事の際は我が供回りを向かわせる」
すぐ傍に控える供回りの竜魔人達はそれを聞いてコクリと頷いた。それを見てニヤニヤ笑い、銀爪は椅子に背中を預ける。四つの椅子にそれぞれの王が座る中、王の代理の立場である黒影は椅子も用意されず立たされていた。他が魔王達で自分が執事という立場上、文句を言う事は無いが陰湿が過ぎる。銀爪は肩越しに黒影を見るとフンッと鼻を鳴らすと話しかけた。
「で、お前は~?まさか何もしないつもりか?」
銀爪だけには言われたくないセリフである。しかし、ここで何もしないわけにはいかない。黒影は自身の影を引き延ばす。そこから黒影の形をした分身が五体出現する。黒影が一言「行け」と言うと分身はそのまま地面に溶けて消えた。
「んだそりゃ?あんなもん何の役に立つ?」
「そうですね……私の目となり耳となる分身ですから、いち早く情報を収集するのに長けていますが戦闘となると……ちょっと……」
黒影は言葉を濁す。つまり偵察に長けていると言いたいようだ。既に灰塵の部下と朱槍の部下が先行している所に行かせるのは監視程度の役割しかない。
「じゃやっぱし使えねーな。そいついかせたらどうだ?」
血の騎士を指差す。
「……失礼ですが銀爪様。指を差さないでいただけますか?」
「なんでだ?」
手をくるくる回しながら指を差し続ける。血の騎士は黙って立っているが、その背中からは負のオーラが立ち上っている。一拍置いて手を下ろすと、訝しい顔で血の騎士を見る。
「お前確か結構な戦績を持っていたよな?戦えば鏖を殺せなくても他の連中は殺せるだろ?何で行かない?」
「我が命は黒雲様、ひいては黒影様の為に使われるもの。黒影様の剣となり盾となる……有事の際は逝きましょう」
血の騎士は黒い剣を手から出現させる。勢いよく出た剣は振り下ろして突き刺したようにガギンッと音を響かせた。
「……あっそ」
銀爪はもう興味を失ったとばかりに前を向いた。その時、森が騒がしくなる。魔鳥が飛び、木々が揺れる。
「始まったぜぇ……」
銀爪は見る間にニヤリと笑う。その言葉に魔王達は各々の気を発し始める。その気は柱となり天に立ち上る。
「さぁ勝負です……私のミーシャ……」




