第三十話 偵察
ラルフ達はペルタルク丘陵を目指し、先を進んでいた。行けども行けども森ばかり。ちっとも進んでいる気がしない。しかし、地図を見れば大分近付いた事がよく分かる。後はこの先にある谷を越えればぺルタルクはすぐそこだ。地図や絵画では見たが本物を見た事は無い。世界で最も美しい地とも称されるぺルタルクが拝めるとあって怖くもあるが楽しみでもある。
その時ウィーが立ち止まる。キョロキョロするのを見て何かを感じ取ったのを確認する。
「……敵襲か?」
ラルフがウィーに尋ねる。ウィーは困った顔でこちらを見ている。この顔は敵なのか把握しきれない顔だろうか?言葉を解すが喋れないというのは難儀なものだ。
「偵察に行きましょうか?」
ブレイドは進んで前に出る。ラルフは手を出して止める。
「まぁ待て。偵察に向いているのはこの俺だ。俺に任せておけ」
「そちが行くというノか?」
ベルフィアの問いにコクリと頷く。その顔は得意気である。
「危ないよラルフ。そんな見栄張って死んだら元も子もないんだよ?」
「そうですよ~ラルフさん。一度死にかけてるんですからあんまり無茶しない方が……」
ミーシャもアルルもラルフの見栄を見破ってやめるように説得する。
「俺はおじいちゃんか!……大丈夫だよ。隠密に関しては俺の右に出る奴はこの中には居ないぜ」
フンッと胸を張る。何だか知らないが自分の能力を誇示しようと躍起になっている。ベルフィアとの話し合いのせいかもしれない。このチームの中で最も役立たずである事を払拭しようというのだろうか?だが会話を聞いてないミーシャ達にはここで急にハッスルするのは疑問でしかない。
「大体お前らが行くと”勝てそうだから”で戦う事になりそうだしな。俺が行って避けるかどうか精査して来る。ウィー、どこから感じる?正面か?後方か?」
無用な争いを避ける為だと言ってこの会話を切ろうとする。確かにミーシャやベルフィアはラルフの言う通りだろう。「あ、これ勝てそう」くらいのノリで戦おうとするに決まっている。
ミーシャは邪魔だという理由で。ベルフィアは戦闘狂でいつも血を求めているから。この二人は論外だとしても、ブレイドもそんなに変わらない。強弱の区別がついても、一騎当千の力を持つ男の子にはどんな敵でも五十歩百歩だろう。詳細な物差しを期待する方が可哀そうというもの。その点ラルフは経験もあり戦いを避け続けてきた。この世界は戦うものほど重宝される。金や名誉の為に死んでいく若者が多い中、逃げ続けたラルフはぶっちゃけ臆病者だ。生きる事に関しては、より切実である事は間違いない。ラルフの問いにウィーが正面を指さす。
「よっし!お前らはここで休憩だ。アルル、もしもの時の為に回復魔法の準備を……」
「は~い」
アルルの反応を確認するとラルフは得意のスニーキングを駆使して音を最小限にさっさと行ってしまった。アルルはすぐ傍の木の根っこに腰を掛けて休みだす。ウィーもアルルの側に行き地面に座った。ブレイドは眉を八の字にしてベルフィアを見る。
「ラルフさん……大丈夫でしょうか?」
「好きにさせとけ。どんな風ノ吹き回しか知らんがやル気になっとルしな」
ベルフィアはどこ吹く風だ。しかし、ミーシャはそわそわしている。万が一を考えたら心配でならないのだろう。
「……やっぱり私も……」
このチームの要が心配から動けば「ならば妾も……」となる。二人が動き始め、ブレイドも行くべきかどうか考え始めた頃、アルルが口を挟んだ。
「ラルフさんを信じてあげましょうよ。あんまり過保護にするとそれこそ離れて行っちゃいますよ?」
それを聞いた途端、動きがピタリと止まる。まさしくその通り。これでは子供に一人で買い物に行かせられない保護者である。本当に子供なら行かせるわけもないが、経験もあり自信もあると出て行った大の大人を信じてあげないというのは、子供以上にいじけてしまう事だろう。ラルフがいじけた様子を幻視し、ミーシャは腕を組んで黙った。ブレイドも同様に腕を組む。ベルフィアもミーシャの様子を見ると動く事がないと悟り、後ろに手を組んで待機する。ベルフィアがアルルに目を向けるとパチリとウィンクした。行くのが面倒だったのかアルルの対応はベルフィアには嬉しかったようだ。ミーシャ達は結局、ラルフ帰還までの間、待機を選択した。
ラルフはそそくさと急ぐ。落ち着きがないのは焦っている証拠だろう。サトリに言われた台詞を思い出していた。”総合能力は小鬼以下”、”メンバーの中では最底辺”。ベルフィアも包み隠さずラルフが弱い事をぶつけてきた。サトリにガツンと凹まされ、ベルフィアに土を掛けられた形だ。それでも何も言えないのは事実だったから。ため息を吐きたい気持ちを抑えて気配を探す。
(……居た)
ラルフは身を隠すとそっと覗き見る。横一列に並んで徐々に歩いている魔族を確認した。大体3mくらいの間隔で配置された魔族達。その見た目は異様そのもの。針のような毛に覆われたアリクイのような見た目の魔族。小さく細い頭がずんぐりむっくりな体にちょんと乗っかっている。その体はムキムキの筋肉質なものだった。アリクイと決定的に違う箇所が二つ。顔の造形こそアリクイにそっくりだが、その細い口先から顎の付け根にかけて牙がビッシリ並んでいる。それが分かったのは口許の肉と皮が無い、剥き出しの状態だったからだ。そして最も異様なのは手だ。長い指の生えた見た目にそぐわない手。指一本一本の長さは20cmは下らない。
魔族の名前は”不可視掴み”。その手はゴーストすら捕まえる事が出来る捕獲に適した魔族である。誰を捕まえる為に差し向けたのかは知らないが、虱潰しというのがピッタリな横並び。山の中でのローラー作戦だとでもいうのか?
”不可視掴み”の後ろには屈強というのがピッタリのデカブツが練り歩いている。ボディビルダーの体の縮尺を単純に二倍の大きさに引き伸ばしたような体格、僧帽筋はその更に二倍。後ろから見たら頭が無いように感じる程大きい。肌の色は灰色で黒色の毛皮が所々に生えている。”不可視掴み”と同じく体格にしてはちょんと乗っかった小さい頭に、ねじくれた山羊のような角が生えていた。手にはその体格にあった鋼鉄の斧を携えている。
この魔族は”バーバリアン”。グラジャラク大陸で生息している力自慢で、オークより力が強いが腕力全振りの為、知能がほとんど無い。牛のように痛みに鈍く、反射神経もそこまで無い為、スピード特化の魔獣に翻弄されることもしばしば。ただ、無尽蔵と言われるほど体力があり、二日間斧を振り回し続けていてもその速度が衰えることはない。戦場では歩く要塞と言われ忌み嫌われている。”不可視掴み”と比べれば圧倒的に個体数が少ないので見える範囲で三体程度しかいないが、この森をくまなく探すつもりで派兵したなら少なく見積もって十体。
この軍団を命名するなら”小さい頭集団”だろう。”不可視掴み”で敵を固定し、”バーバリアン”で攻撃する。如何にスピードがあろうと捕まえられたらどうしようもない。本来なら過剰戦力だと言わざる終えない。
(まぁ”鏖”相手なら少ないくらいだが……)
それでも一列に並んだこの魔族達はラルフにとってあり得ない数である事は間違いない。しかも避けて通る事は無理そうだ。ウィーが訝しい顔をしたのもこの魔族達のローラー作戦のせいだろう。普段ではあり得ない移動方法に頭を悩ませたのだ。
(ミーシャに空を飛んで運んでもらうか……)
徐々にやってくる敵に対して後退しつつそんな風に考えていると、空を切る音が上から聞こえた。
「……まさか……」
その音の元凶を確認する為、急いで下がる。木の葉の隙間からその姿を見ると、黒い粒の様に小さい何かが空にチラホラ見える。子供の様な小ささ、餓鬼の様にポッコリお腹が出た見窄らしい体、真っ赤な目にポコポコたんこぶの様に生えた小さな角、背中から生えた蝙蝠の様な羽、ネズミの様な細長い尻尾の悪魔。
「小悪魔かぁ……」
見た目だけを取り上げたら、ウィーに羽を生やして尻尾を付けてペンキで紫色に塗った後、三つ又の槍を持たせて完成。こいつら単体ではそんなに強くはない。耐久力も一般人男性と変わらないので、戦場で見かけるとキルカウントを稼ぐ目的で昔から良く狩られている。こいつらが厄介なのは、空を飛ぶ事と死ぬ間際が盛大に騒がしい所だ。その断末魔は心の弱い者を恐慌に陥らせ、混乱を誘う。心の揺るがぬ者がまともに食らえば三半規管を狂わされる。これにより、インプの対策として殺す間際は喉を斬る、耳栓をするというのがある。今回の件で考えれば、空に逃げてもインプが邪魔をして居場所を教える手筈になっているのだろう。ここまで徹底して逃がさないようにしている所を見ると、こいつらを指揮する上位者も同伴していると考えるのが妥当な線だ。つまり……。
(こいつらは斥候か?)
面倒な事になった。魔族側がとうとう本気で来たというのが分かる。バーバリアンはグラジャラクの生物である事から第二魔王も本格的に動き始めたようだ。光の柱が立ち上ったのを確認し、ここに来る事を確信したのだろう。派手な攻撃は敵を委縮させるのに使える分どこに居るのかバラしている事に繋がる。改めて考える必要はないが、この森は戦場になる。
(正面突破……ベルフィアには無理だな。アルルも厳しい。もちろん俺とウィーは論外としてミーシャなら可能か……ブレイドもガンブレイドで正面の敵を抹消可能。この面子だけを考えた時バーバリアンさえどうにか出来たら……いや、不可視掴みは”吸収”のスキルがあったな。囲まれたら力を吸われて死ぬ。インプも制空権がある分厄介。それにこいつらが予想通りの斥候なら本隊は後ろで待ち構えているか……)
ラルフはサッと移動をし始めすぐさまミーシャ達と合流した。
「ラルフ!」
「おう、ただいま」
ミーシャはラルフに駆け寄る。ベルフィアも後ろから近寄り声をかけた。
「首尾はどうじゃ?」
ラルフは見るからに疲れたような顔でため息を吐く。
「ヤバいな。魔族が本格的に攻めて来たぞ」
それを聞いてブレイドの顔が強張る。
「魔族……」
アルルは割と平気そうな顔で首を傾げて尋ねる。
「内訳はどんな感じです?」
「不可視掴み、バーバリアン、インプ。つまり特殊魔族、重戦士、制空権持ち……見える範囲は、な」
「それはつまり……」
「十中八九、斥候部隊だ」
ウィーの顔が暗くなる。これから起こる戦闘を感じ取ったからだ。アルルはそんなウィーの頭を撫でた。
「大丈夫だよ~。絶対切り抜けられるからね~」
「……ウィ~……」
ミーシャは少し考える素振りを見せた後。拳と掌を合わせる。景気よくパンッという音が鳴る。
「うん。じゃ、殺しますか」
出来れば避けたかったがこれを避けるには元来た道を戻るしかなくなる。そんなダサい真似は他でもないミーシャが許さないだろう。でも一応聞いてみる事にした。
「あのさ、一旦下がって別ルートから行くってのは?どうだろうか……」
「腰抜けが。おどれには誇りはないノか?」
「……生きる為の戦略的撤退ってやつだよ」
ベルフィアと額を突き合わせて睨み合う。その間にミーシャが入る。
「ラルフの言いたい事は分かるけど、私は前に進む。私を敵に回した事、身をもって教えてやるから」
その目に殺意という名の黒い炎が見える。そのセリフを聞いてブレイドが二ッと笑う。
「俺にとっても丁度いいです。一度でいいから全力で戦ってみたいと思ってました」
アルルも立ち上がり、ブレイドに寄り添う。
「私も全力で支援します。正直我儘でしかないですが……行きましょう。正面突破」
全員やる気満々。ミーシャの闘気が皆を鼓舞する形となった。ラルフは渋々了承する。
「……分かったよ。但し、無用な殺しは避けろ。特にベルフィアは一人で勝手にどっか行くなよ。目的はあくまで正面突破だ。こっちが疲弊したらそれで終わりなんだからな」
「ラルフ心配しないで、私は第二魔王……いや、もう違う」
ジュリアから聞いた話ではイミーナが跡を継いでいる。第一魔王”黒雲”も認めているとの事だ。
「……黒の円卓から独立した唯一王ミーシャ。この戦いは私の初陣になるの。逆らうものは皆殺しよ」
それを聞いて即座に反応したのはベルフィアだ。
「唯一王万歳!」
一瞬変な空気が流れたが、ラルフが咳払いして一旦空気を戻す。
「ゴホンッ!とりあえず敵の特性を知っておいた方が何かと便利だろうから手短に説明する。分からない事があったら聞いてくれ……」