第二十四話 前を向け
藤堂はひとしきり哀しんだ後、アルルに火葬するように頼んだ。アルルは自分が習得する最大の炎系魔法を用いてオロチを焼き尽くした。その業火は肉を消滅させ、骨を灰になる一歩手前くらいにスカスカに燃やした。
「こんな魔法いつ覚えたんだよ……」
ブレイドは困惑気味にその様子を見る。ブレイドの困惑に彼女は鼻高々だ。
アルルの魔法は種類も豊富で攻撃は勿論の事、回復や強化や弱体化他と多岐にわたる。器用貧乏であり、特化型の魔法使いと比べると数段その威力は下がるが、痒い所に手が届く魔法使いでもある。
そして、アルルは大魔導師アスロンの孫であり、その遺伝を色濃く受け継いだお陰か魔力量も普通の人の倍以上存在するので、無駄遣いしても痛くはない。現に目の前で燃やした魔法は、アルルの渾身の魔力放出で火葬に丁度良い火力を捻出し実行した。大魔導師の再来とも言える。
とはいえ、毒消しや他にも習得できてない魔法が多々あるのと前述の通り特化型魔法使いと魔法勝負でもすれば負けてしまうのが難点である。藤堂はその辺の石っころをいくつか拾い積み重ねる。適当な石を積み重ね十個積んだ時、手を合わせて拝み始めた。
「トウドウさん。そいつは何だ?」
ラルフは(多分墓何だろうな)とは思いつつも聞かずにはいられなかった。
「こいつかい?こいつぁ弔いの石だよ。オロチとは長い付き合いだったからなぁ……。せめて苦しまねぇように地蔵さんにあの世に連れてってもらうのさぁ」
「墓とは違うのか?」
「あー、なんつぅんだ?地蔵和讃っつーご詠歌があってな?賽の河原で子供が石を……」
と説明に入った時に全員の頭に疑問符が浮かぶのが見えた。当然だ。専門用語が多くて理解出来るわけがない。ここで自慢げに全部話しても良いが、永劫の時があるわけもない。外に出たラルフ達はこれから旅を再開するだろうし、そんな暇はないだろう。
「いや、まぁ墓だよ。簡易的だが分かりやすいだろ?」
そこで理解の色が見える。
「墓とはいえ遺骸がここにある目印だけでなく、それぞれの思いや意味があるって事ですね」
ブレイドが自分なりにまとめる。それに対し「そうだね」とアルルも賛同する。それを聞いたウィーも藤堂の建てた墓の隣に石を積み始めた。初めて聞いた墓の存在に真似して四つくらいの石を積み上げて弔う。藤堂の真似をして手を合わせる。
「鬼が石を積むのか……」
ご詠歌の中では鬼が子供の未練を思い、折角積み上げた石を崩してしまうのだが、ウィーは違うようだ。自ら進んでオロチの供養をしてくれる。それを見た時目頭が熱くなった。
「決めたぜ……」
藤堂はスクッと立ち上がる。
「俺ぁ絶対元の世界に帰る」
その目には一度次元の亀裂を作った時など目じゃない程の覚悟があった。もう迷いはない。ブレイブがくれた感情を、その息子ブレイドがくれた感傷を、ウィーがくれた感動を、そしてミーシャがもたらした奇跡を絶対に無駄にしない。
「……水を差すようで悪いんだが帰る方法はあるのか?」
ラルフは当然の疑問を振る。
「ふーむ、最初に使った手はもう使えんだろうなぁ。多分対策済みだろうし、一からのスタートになるだろうが……何にせよ俺ぁ自由だ。地獄にいた時とは違う。それに俺ぁ不死身だ。例え海の中だろうが溶岩の中だろうが関係ない、そうだろ?」
藤堂はベルフィアを見る。ベルフィアは腕を組んでフンッと鼻を鳴らす。
「どれ程ノ不死性があルかまでは妾には分からん。限度を知らねばコロッと逝くぞ?」
「そりゃそうだなぁ。あんたの言う通りだぁ」
カカッと笑ってオロチを見る。出来るならオロチと旅をしたかっただろう。叶わぬ思いを馳せながら目を瞑る。
「トウドウさん。良ければ俺達と行動しませんか?どう思います?ラルフさん」
ブレイドはラルフに提案する。ラルフが口を開くより先に藤堂が口を挟んだ。
「いや、俺ぁ一人で行動しようと思う」
「そうなのか?俺達は別に良いんだぜ?」
ラルフは歓迎ムードだが、ベルフィアは難色を示す。
「妾を含めルな。これ以上増えルと面倒じゃ。それに幾ら死なんとはいえ、こやつノ実力も知らんノに入れて後悔すルヨうな真似は嫌じゃ。ウィーで手一杯じゃ」
ベルフィアは弔い終わったウィーが戻って来たので、その手をつなぎ主張する。
「お前なぁ……」
その様子に呆れかえるラルフだったが、藤堂は「いやいや」と手を振る。
「まさにこの人が正しい。俺も何年も引きこもって腕が鈍っているだろうし、今の世界の見識が浅い。まずはじっくり世界を回って常識から学んでいくとするさ」
快活に笑って見せる。
「うむ。何とも勉強熱心な奴だ。旅の無事を祈るぞ、トウドウ」
ミーシャも上位者アピールを忘れない。藤堂はミーシャに向き直ると頭を下げた。
「ありがとう、あんたのお陰だ。この恩は必ず……」
それ以上はもう言わない。藤堂はラルフ達とは別の道に行く。もう会えないかもしれない。でもそれも人生だ。
藤堂の後ろ姿を見失うまで見送ると、見計らっていたように全員の目がラルフに向かう。一瞬(なんだ?)と思ったが、ミーシャが「そろそろ行く?」と発言した時、ラルフの発言待ちだったことに気付く。すっかりこのチームのリーダー的扱いだ。ハッキリ言及したら一部から否定されるんだろうが……。
ラルフは真後ろの進むべき方角に振り返り、また皆に視線を戻す。
「月明かりだけで進むには森は暗すぎるからな。明日の朝出発って事で近くで野営だな。まだ虫っているのか?」
中心部から山を消滅させた事を思えば、九割方死に絶えた可能性があるがまだまだ油断は出来ない。遅効性の麻痺毒のせいで痛い目を見た。「えーっと」とキョロキョロ下を見渡した後、アルルが発言した。
「分かんないです……。あれだったらここからは離れません?」
アルルは危険も考慮して離れる事を打診する。
「それがヨかろう。そちをおんぶなんぞ嫌じゃしノぅ」
ベルフィアはニヤニヤしながら見下してくる。早速嫌味をぶつけてくる。
「……人が増えた方が俺への嫌味が減ったかもしれないな……」
詮無い事を考えぼそりと呟きながら歩き出す。
「これでやっとぺルタルクまで一直線だね。ラルフ」
ミーシャは嬉しそうに横に並ぶ。
「まだ先は長いぜ?まぁ最難関は突破したからそう思うのも当然だけどな」
不安を煽るような事を言うが、それもこれも行く先々で何か起こっているからラルフ自身が不安でいっぱいなのだ。
「うーん、何とかなるよ。私がいるもん」
その自信はラルフを笑顔にさせるのに十分だった。
「……そうだな。その通りだ」
この先何があろうが止まる事は出来ない。止まれば死ぬなら突き抜けるしかない。そう、この先何があろうとも……。




