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第二十一話 光の柱

 突如夜空に燦然と輝く光の柱。星よりも月よりも明るいその光は美しく凄まじい。その光は山から立ち上る。真上の空にゆったり漂う雲を晴らし、星や月を光で隠し、まるで昼の様に明るく大地を照らす。その衝撃は遥か彼方の世界の端まで届く。


「……なんだぁ……ありゃぁ……」


 船の上で夜風に当たっていたガノンはその光に驚いた。世界の終わりを見ているような光景は自分では抗うことの出来ない理不尽さを感じさせる。白の騎士団という名誉を賜る最強の人間の彼が。魔王と戦える戦力の一人がだ。この光に曝されて無意識に心の底から屈服していた。


「これは十中八九、奴の仕業だろう……」


 そう言って意味深に現れたのは同じ定期便で海を渡るゼアル。


「……んだ手前ぇ……これが誰の仕業だって言うんだ……?こんなこと出来る生き物なんて存在するのか……?」


 あり得ない。火山の噴火か、地殻変動か、はたまた空からの飛来物か。そういう自然現象じゃないと納得出来ないレベルの話だ。もしこれを可能にするなら”古代種(エンシェンツ)”という未知数の化け物くらいだ。人間には無理として、魔族にだって出来やしない。だがゼアルは「……ああ」と一言で肯定する。それを聞いたガノンは懐疑的な表情で腕を組むと未だに光続けるその場所に目を向ける。


「フンッ!……こんな芸当……魔王にだって出来るはずが……」


 と言った時、ふと魔王の名が頭を(よぎ)った。最近ゼアルが負けた事を思い出す。そして、当の本人から「奴の仕業」とくれば考えうるのはただ一柱。


「……まさか手前ぇ……これを(みなごろし)のせいだとか言うつもりかよ……?」


 現魔王最強でその名が上がるだけで撤退を余儀なくされると言われる”鏖”。最強である事を吹くのは勝手だが、”撤退を余儀なくさせる”など流石に眉唾。いや、どの魔王にしても”白の騎士団”を結成する前は強すぎて人類では手も足も出せなかったはずだとガノンは思っている。

 つまり一昔前まで人間種では魔王はおろか一般魔族にすら手が届かなかったと見るべきであり、”撤退を余儀なくさせる”とは、全ての魔王に共通する事だと考え、その名残を今の時代に鏖だけが受け継いだと見るのが妥当な線だろう。

 一応、白の騎士団誕生以前から個々で魔族を圧倒し、魔王をも倒した英雄達の伝説があるが所詮は伝説。(おおやけ)の形で支持されているのは白の騎士団であり、ゼアルが成した魔王討伐も一役買って、今や白の騎士団の名が上がれば魔族が逃げる程にもなった。つい数時間前に見た第八魔王”群青”もあそこに集まった三人なら倒しきれるとまで思ったくらいだ。


「私はこれに似た光をアルパザで見た。奴の実力は最早異次元の領域。相手をする事の方が間違っている」


 ガノンはゼアルにいつもの憎まれ口を出そうとするがそれを飲み込む。同時に鏖に対する恐怖が漏れ出そうだったからだ。が、到底隠しきれるようなものではない生唾を飲み込むような仕草はガノンが心底恐怖している事をゼアルに教えた。



 天に上る光はアルパザにも届いていた。


「何よ……あれ……」


 アルパザからの出立を前に片づけをしていたエルフのグレースは宿の窓から差し込んだ光に驚いて外を見ていた。


「グレース!」


 バンッと慌ただしくやって来た同じくエルフのハンターは、グレースの身を案じ黒曜騎士団の練習場から飛んできた。


「ハンター、見てこれ。何の光だと思う?」


 グレースは不思議そうな顔でハンターを見た後、光の方を見る。変わりない姿を確認したハンターはホッと一息つくとグレースの側に立つ。


「……自然発生した光ではないね。こんなの見た事ないよ」


 グレースとて同じ意見だ。文献を読み漁った頭でっかちですらこの事象に該当するものを導き出す事が出来なかった。神々しいとさえ言えるこの光には何の感情も浮かぶ事は無い。万が一にもこの光の影響で世界が滅亡するとしてもどうする事も出来ない。力無き者はただ呆けて見るだけだ。


「……ハンター。ウチ決めたわ」


「ん?なにを?」


 ハンターの目を見据える。その目には覚悟が宿っていた。


「あの光を追うわよ」


 その言葉に呆れ顔を作る。


「言うと思ったよ。あれに関わるとタダじゃすまないと思うけどな……」


 と言いつつ否定はしない。分かっているからだ。こうなったグレースは止められない。


「明日出発だから。朝遅れないでよ?」


「……はい。仰せのままに」



 アルパザ内にこの光がピンとくる人物はただ一人。今日は婚約を決めた服屋の彼女と愛を確かめ合い、ベッドで寄り添って寝ていた。この光に世界が包まれるほんの少し前に妙な胸騒ぎで目が覚めると光が射しこんだ。立ち上る光の柱を見た時、あの時の事を思い出す。


「鏖だ……」


 守衛のリーダーを務める彼はアルパザ最大の危機に生き残った町の英雄的存在の一人だ。黒曜騎士団団長、魔断のゼアルと肩を並べて戦った栄誉は語り継がれる事だろう。その人物の知るこの光は、光量こそ違えど鏖によるものだとハッキリ分かる。


「わぁ……凄い光……」


 目をキラキラさせながらさっきまで寝ていた彼女がベッドから出て彼に寄り添った。彼女は光を見て震える彼の手を取ると唇まで持って行き、軽くキスをする。


「まるで私たちを祝福しているみたい……」


 光に照らされた彼女の顔は高揚し、うっとりとした目で彼の横顔を見ている。その目を正面から見据えると二人はキスをする。


「ああ……そうだな……」


 幸せそうな彼女の夢を壊さぬよう笑顔を見せる。この世界は近い内に滅亡するかもしれない。なら悔いの残らぬよう精一杯生きよう。彼女を抱きしめ、光に目を向ける。彼女は抱きしめ返し、幸せを噛み締める。この時間が永遠になるように祈りながら。



「なんだと!巫女が……!?」


 その知らせを聞いた森王は天樹のうろに急ぐ。祭壇が置かれ、神聖で、且つ儀式を行うのに適した場所である。そこで世界の危機を知らせる”天樹の巫女”が半狂乱になり手が付けられないと伝えられた。立ち上る光の柱をここ”エルフェニア”でも観測していたが、規模がでかすぎて、沈んだばかりの日がまた昇ったのかと錯覚する程に混乱を極めた。

 そんな折、この情報が上がってきた。森王は(無理もない……)と心で感じる。常人の数十倍以上の知覚能力があり、天樹との接続率も高い彼女が普通でいられるはずがない。この光は彼女にとっての毒なのだろう。祭壇に近付くと、女性の奇声が響き渡る。少し遠いものの、女性が髪を振り乱し、頭を抱えて狂う姿が目に見える。

 侍女達が必死になって抑え込むが、その度に弾かれてその場に尻もちをつく。それが幾度か続いたのか、疲弊して座り込む侍女の方が多い。


「森王様!」


 元巫女であり、現在はそのほとんどの力を失った祭司である彼女が普段見せることの無い焦った表情で森王と合流する。


「何をしている!さっさと取り押さえよ!」


 それには頭を振る。


「出来ません。何らかの力場が発生し、巫女に近付けば弾かれてしまいます。森王様も注意してください」


 言っている意味が分からなかったが、とにかく近付いてみると、


『サ……ト……リィ……サトリィ……トリ……サトリィ!!』


 と何処から声を出しているのか分からない程濁った声を出しながらのたうち回る。男ではないかと錯覚させるほど低い声は、何かに取り憑かれたように「サトリ」という言葉を連呼している。


「……なんだ?何の事を言っている?」


「それが……我々にも何を言っているのか分からず……ただ、森王様に話があるとの事ですぐさまお伝えしました。それ以降はずっとこの調子で……」


巫女を呆然と眺める森王と周りの面々。巫女は爛爛(らんらん)とした目を森王に向ける。その目はただただ怖いの一言だ。しかし、森王を見て落ち着いたのか奇妙な行動は抑えて、ゆっくりと立ち上がった。


『森王レオ=アルティネス……貴様……何故守護者(ガーディアン)を使わない……貴様がもたついたせいで世界が崩壊の危機に瀕している……守護者(ガーディアン)を放ち、鏖を消滅させよ……』


 その命令口調の声で気づく。


「貴殿が……神か?」


巫女は肩で息をするように揺れると、体を仰け反らせ、見下す様に森王を見る。


『長い長い間……貴様らの愚行を見てきたが……貴様ほど我が真意を汲み取らない馬鹿は初めてだ……。今すぐ貴様を亡き者にし、別の物を上に立てても良いのだが……我は寛大だ。貴様を使ってやる…我が前に平伏しろ』


「何を……」


 その言葉を聞いた時、体に力が抜ける。その場のエルフ達皆が跪いた。大抵は片膝をついて平伏するが、先ほど巫女の狂乱を止めようとした侍女達は疲れからか四つん這いで這いつくばっている。


「馬鹿な……こんな事が……」


 一切力が入らず、顔を上げる事すら出来ない。巫女はゆっくりと近寄ると、床を見る事しか出来ない森王の顎を持つ。スッと上に持ち上げると、怯えた表情を見せる威厳の無い男の顔がそこにはあった。その顔に愉悦を感じた巫女は普段では見せる事の無い邪悪な笑みを見せる。


『二度と我に逆らうな……貴様の矜持、王の誇りなぞ知らん。民を守り、国を存続させたければ我に従え。貴様らが生きていられるのも、我が生かしてやっているだけなのだと知るがいい』


「き……貴殿は……一体……」


 それに対し、少し考えるような素振りを見せる。そして、嬉しそうに笑うと森王に向かって顔を近付ける。


『名前などどうでも良いと思っていたが……これも良い余興だ……。我が名は”アトム”。創造神アトムである。世界を救え、森王。貴様にその栄誉を与えてやろう……』

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