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十二話 反逆者 前

 ラルフはとぼとぼと森に入っていく。ドラキュラ城に入る前に設置した野営地に戻るためだ。先程の店主とのやり取りを考えていた。あの後もいくらか交渉したが、契約満了後の一点張り。


(無理だ……)


 今日の飯代すら換金できず食べ物を仕入れられなかった。ミーシャにはご飯の約束があった。これは諦めてもらう他ない。換金代の山分け、ミーシャは正直その辺杜撰なのでご飯さえどうにかなれば何も文句は言わないだろう。


 任務については(……黙っとく、と裏切り行為か?)


 冷静になって考えれば人類と魔族は敵同士。ミーシャは不可抗力というやつで助けてしまったが、イルレアンの騎士どもに現在の情報を渡せば今まで通り人類の味方で金を得られる。

 しかしそれはミーシャの第二の裏切り行為。ミーシャが退治されるその時まで延々命を狙われる。自分の知る”(みなごろし)”の逸話を考えれば考える程に計り知れない強さだ。死にかけていた事実を考えれば事実とは少し異なるのかもしれない。だがそれでも吸血鬼より強い。今回派遣される騎士が死んだら次の犠牲者は間違いなくラルフだ。


 ではイルレアンの任務を反故にしミーシャ側につく。


 逸話通りの強さなら世界と喧嘩できる。吸血鬼の最後の生き残りも味方につく。最強を絵に描いた魔族が味方というのは子供心をくすぐる。


 だがそれは文字通り世界が敵だ。人類も魔族も敵。今後、素通りしていた人類の国家、人族の領地で敵視され、攻撃にあうだろう。それは魔族もしかり。こっちは単純に生活基盤の崩壊を意味する。


 ラルフは考えがまとまらないまま野営地の近くまで到着する。ふと自分の設置していた鳴子が解除されていることに気が付いた。大木に結びつけた鳴子の紐を切り、地面に置いている。


(切り口は刃物か?)


 この辺の魔獣の切り口ではない。ラルフは身をかがめ草むらに隠れる。野営地に近寄ると荷物を荒らしまわっている騎士の姿が見えた。連中こんな森の奥に馬鹿正直に鎧を着こんで入ってきている。全身を黒い鎧で覆う姿は威厳はあるが、湿気の多いこの辺で重装備はジメジメして気分が悪いだろうし単純に暑いだろう。それに黒い鎧は暗闇に紛れる事が出来るが今は明るいし音は誤魔化せない。”消音魔法””隠ぺい魔法”を使用する奴でもいるのだろうか?にしては無防備に姿を晒し、ガチャガチャうるさい。


 探索系のスキルや隠ぺい系スキルを持ちえない騎士の連中はこういう作業にはとことん向かない。ラルフの虎の子の缶詰などをひっくり返されるのを見ると段々ムカッ腹も立ってくる。ラルフはこの騎士団を知っていた。イルレアンの任務も考慮すればおのずとこいつらに結び付く。


「見ろよこれ」


 缶詰のラベルには魚の煮物を意味する絵がついている。


「安物だな……こんなもの食ってんのか?」


 荷物をひっくり返すたびに笑いあっている。


(ほっとけ。黒曜騎士はさぞうまい飯を食ってんだな……)


 頭の中で皮肉る。黒曜騎士団と言えば、イルレアン国将軍のお抱え騎士団。かなり高給を貰っているのだろうが、聞く話では馬車馬の如く働かされている。(給金を使う暇なんてあるのかよ?)という意味でだ。


「見る限り人の食い物ばかりだ。その上アルパザの商店で売っていた果物の皮と種、張り巡らせた罠、野盗か冒険者のどちらかだろう」


 鎧に独特な文様を入れ、赤いマントをする明らかに隊長格の青年は自分なりの推理を披露している。ここにいた何者かは小細工を弄し、人の町で売買が可能な生き物。少なくとも魔族ではないと断言している。全てラルフの持ち物から断定しているので当然だが。


「団長!これを見てください!」


 血だらけの包帯が草むらにて発見される。


「!……これはまさか、考えたくはないが……そうなのか?」


「おそらく……」


(……いや、なんだよ!)


 煮え切らない思いがラルフに襲う。先程の青年の推理を抜粋するなら野盗または冒険者パーティーがケガをした仲間を手当てした。一人分の荷物のみを考慮するならば、ケガをした荷物所有者の包帯であることも考えられる。

 気付いたラルフは内心ほっとする。状況証拠では魔族は出ない。つまりミーシャは必然外れる。その様子を見ていた騎士の一人が声を上げる。


「まさか、人が魔族の手当てをしたと?」


 ドキッとする。


「嘆かわしいことだが……その可能性が高い。人から反逆者がでるとは……」


(んな馬鹿な!)


 あまりに荒唐無稽。証拠が一切ない現状を見れば反逆者とかはないだろう。一国のお抱え騎士様がこんな妄想全振り野郎で勤まるとは……。


(いや大正解だけどな、高給貰ってるやつはやっぱ違うな……)


「お待ちください団長。いくら何でも突飛な解釈と思われます。まして現在は戦争中、これは単にパーティー内での治療が濃厚ではないかと」


 声を上げた騎士が一旦冷静になろうと示唆。団長の考察も視野に入れつつ一般的見解を挟む。脊髄反射で考えず、一旦整理し考えるやつがいるから無数の可能性と提案がでる。ラルフとしてもこの進言は嬉しかった。

 敵を逃がさないようにする為の手練手管はこういったところで生まれる。しかしそれは秘密にしているからこそ効果がある。逃げる側が逐一把握すれば、一度も遭遇することなく逃げ切れるのだ。

 さてどうしたものかと騎士団とラルフが同じように考えたその時。


「そちは何をしとルんじゃ?」


 首筋に冷気の吐息がかかる。


「おわっ!?」


 氷で撫でられたような冷たさにビックリして振り返るとベルフィアが目線の位置を合わせるようにしゃがんでいた。


「?……!?……ベルフィア……お前なぁ……」


 状況を把握すると同時に大声を出してしまった現状に後悔する。騎士たちの構える音がする。剣の柄に手をかける音だ。この上無く警戒している。


「誰だ!!」


(ヤバいな……)


 このまま隠れていてもどうにもできない。ラルフはメモ帳を取り出し走り書きでメモをしてベルフィアに渡す


「ミーシャに渡せ、ここは俺が何とかする」


 ジェスチャーを交えつつ小声でベルフィアに伝えラルフは颯爽と騎士の前に姿を現す。


「誰だとは不躾だな。俺の野営地を滅茶苦茶にしやがって」


 騎士たちを見まわし威圧する態度をとる。


「……お前は誰だ?」


「人に名前を聞くときはまずは自分からと教わらなかったか?黒曜騎士団様?」


 騎士たちはジリッと柄に手を添えた状態で、すり足で移動しつつ腰を落とす。


「まぁ待ちな、俺はハイネス(・・・・)。イルレアン国の仕事を持ってきたのはあんたら黒曜騎士団だったんだな」


 ラルフは偽名を使って当座の凌ぎとする事にした。バレても自分は裏社会の人間だから信用できなかったとかで誤魔化すつもりだ。ラルフはカバンから書類を出して両手で広げる。騎士の連中はそれぞれ視線を合わせて無言で確認し合う。書類に見覚えのあった団長は部下に目配せで警戒を解かせる。


「なるほどハイネスだな。荒らしてすまない、我らも探索がてら、この森に入ったところだ」


 騎士の一人が散らかした持ち物の片づけをし始める。


(味方と分かれば誠意も見せるか……)


 ラルフ、もといハイネスは野営地の荒らしっぷりを初めて見るかのように見渡し。


「俺たち(・・)も調査中だ。あんたらは正直邪魔になるんで、町に戻っていただけると助かるんだが?」


 まるで自分は一人ではないといった態度をとる。幾人かはやはりそうかといった態度だが三人くらいは訝しさが残る。ラルフ、もといハイネスを含め見える範囲で九人ここにいる。ハイネスの自己紹介が終わる頃、二人が後ろに回り込み逃げ道を断つ。正面に団長、団長の後ろに三人、ハイネスの両隣に一人ずつ。

 囲まれた。戦闘をする気は無いが良い位置取りをするのは騎士の自然な行動なのだろう。が、如何せん圧力を感じる。さっきの挑発が気に入らなかった奴もいるのか嫌な視線を感じる。


「やめろ、お前ら仕事仲間だぞ?失礼したなハイネス確かに我々は戦いはできるが探索は不向きだ。君の言いたいことは理解できる」


 団長はラルフの近くに歩み寄りズイッと顔を寄せる。


「だが君も礼を欠いていることは理解してほしい」


 戦いを生業とするだけあって気迫は凄まじい。ラルフはお手上げといったように両手を挙げて、


「悪かった、降参だ。あんたらと喧嘩するつもりなんてないよ。なんせ雇い主だ。だからこそ死んでもらうのは困る。俺らの中にも最近1人死人が出たんでな、警戒は大切なんだよ……」


 血まみれの包帯をチラリとみてハッタリをかます。先程の騎士たちの会話から逃げ道を探っていた。


「……なるほど……引き上げだ!」


 団長は部下に手ぶりで引き上げを命じる。騎士たちは号令を聞くとテキパキと行動をする。


「ハイネス、明日アルパザの宿に来てくれ。ここで会ったことと、現状を聞きたい。場所は”綿雲の上”という宿だ」


 アルパザ屈指の高級宿屋。こういうとこで高給を使うのか。


「委細、了解しました。団長殿。ではまた明日」


 ラルフは特に掘り下げられることなく回避に成功する。ベルフィアに邪魔されたと怒りはしたが、出て行った方がすぐ解決できた。褒められたものではないが心の中で感謝した。


「おい、1人足りないぞ?どこ行った?」


 騎士たちはその場でキョロキョロ周りを見渡している。確かにそうだ。8人いた騎士が7人になっている。団長の後ろに控えていた三人の内、死角になっていた騎士が消えている。捜索が始まるかと思ったその時、


「おい!あれを見ろ!!」


 皆の視線が集まったそこには騎士の兜を取り上げられた鎧をキシキシ鳴らす男が寝そべっている。体は病気のようにガクガク痙攣していた。その上に蝋燭のように白い肌の華奢な女が男を抱きかかえ見た感じ顔を首にうずめている。


「おい、なんだよ……おい!」


 その声に顔を上げる女。騎士の男をその場に投げ捨て立ち上がり様に振り向く。口元は血で濡れ、異様に伸びた犬歯が光る。男の首元は血まみれで致命傷。失血のせいで白目をむいて痙攣が収まらない。痙攣が収まった時は、男がこと切れた時だ。女は口が裂けるほど笑ってその血の余韻を楽しんでいる。黒々とした目は瞳の部分が朱く輝いていた。


「……吸血鬼だと……?」


 その場の騎士たちがあまりの唐突さに恐怖する中。ラルフは頭を抱えていた。

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