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第二十話 同情

 ラルフは内心ウズウズしてしょうがなかった。それというのも、やはり藤堂とオロチの存在だ。この炭鉱跡のギミックに関わっているのは間違いない。何を目的として作られたのか結局藤堂は何をしたのか。

 サトリは超常の者。それが警戒するなら藤堂も超常である可能性は高い。サトリに言われたから出来ないというのもあるが、質問した途端に突如ブチキレて殺されるかもしれない。そう思えばこそ迂闊に喋りかける事も出来なかった。鞄の中を整理しつつ悶々と考えていると、ベルフィアが話しかけてきた。


「らしくないノぅラルフ」


「は?何が?」


「”何”じゃと?そちは気にならんノか?あノ輝く石、でかい蛇、みすぼらしい男。こノ炭鉱ノ存在といい、役割といい……そちが一番気になル奴じゃろうが。まだ寝ぼけとルんか?」


 心を読んだように話しかける。気にならないなんて事はない。当然気になるが、こちらにも事情というものがある。


「……世の中には知らなくていい事があるんだよ。俺はここで死にかけたんだぞ?とっとと出たいぜ」


 ラルフ以外のメンバーはウィーが齧られたくらいで命に別状はない。ラルフがトラウマを抱えてしまったのではと、ベルフィアは哀れみの目で見下した。


「弱いとはとことん罪じゃノぅ……同情してやろぅ……」


 半笑いで言ってくる。これは同情ではなくただの侮辱だと確信する。「性根の腐った奴だ!」と心で罵るも口には出せないので無視した。


「ラルフさん!帰りはトウドウさんが案内してくれるそうです!やりましたね、ものすごい近道ですよ!」


 ブレイドが少し遠めから声を張り上げる。藤堂とオロチに交渉していたのだろう。向こうも早く出て行って欲しいのか協力的だ。過程はどうあれブレイドが言う通りものすごい近道だ。なんせ山脈を迂回することなく、または越えることなく真ん中を突っ切る事になるのだ。しかも大体半日くらいで。


「ほんとか!そいつはありがたい!」


 ブレイドは親指を立ててグッドサインを送る。それに手を振って応えると、ブレイドとアルルは藤堂と会話を始めた。かなり打ち解けているのか会話の合間に笑顔が見える。他に目をやるとミーシャはジュリアと何やら話し合っている。十中八九イミーナの事だろう。ラルフが目覚める前にも話し合っていたというのに、裏切り者への情報収集は余念がない。

 ラルフは左足の感触を確かめるように立ち上がる。難なく力が入る事に喜びを噛みしめつつ、藤堂の元に向かった。側にいたウィーとベルフィアも合わせてついてくる。


「トウドウさん」


 その声に振り向くとラルフがすぐ傍まで来るのが見えた。


「おぉ。何だい?」


「いや大したことじゃないんだけど、お礼に良かったらこれでも……」


 と言って鞄から缶詰を取り出す。


「おぉ!缶詰じゃないか!!」


 その驚きの声の中には喜びの感情が混じっている。缶詰を受け取ると上へ下へひっくり返したり耳元に持ってきて缶詰を振り、中の音を確認した後遠い目で缶詰を眺める。


「あぁ……懐かしいなぁ……この世界にも缶詰があったんだなぁ……」


 しみじみと呟く。


「こいつは魔牛缶だ。缶切りはやれないけど……」


 腰に佩いた一本の投げナイフを取り出す。


「こいつで開けてくれ。意外に簡単に開けられるから」


 ナイフを受け取ると、不思議な顔でラルフを見た。


「……牛だって?この世界の牛は気性が荒い上に強すぎて狩れんから、食卓に出んと聞いたが……。時代が変わったって事か?」


「今でも変わらないさ。昔より保存の技術が進歩したから、魔牛の余った部分とかを食品加工して普通より安く売ってるんだ」


 型落ちの型落ちを缶詰にしていると聞き「そんなもんだわなぁ……」とうんうん頷く。


「魚とかもあるぞ。もし魔牛が嫌なら……」


「何の話してるの?」


 後ろからミーシャが声をかけた。壁際での話はもう終わったようだ。ジュリアも追従してやって来た。ベルフィアが牙を剥き出しにして威嚇するが、ジュリアは一瞥するだけで相手にもしない。


「おーミーシャ。今トウドウさんに缶詰をあげようと……」


 そこまで行ったときに藤堂の目から一筋のしずくが零れ落ちた。


「本当に懐かしい……戦争に行ってからこっち……家に帰る事だけを夢見てきた……俺ぁ親不孝もんだぁなぁ……帰りてぇなぁ……元の世界に……」


 缶詰を見て懐かしさのあまり、悲しみから涙を流す。


「……会いてぇなぁ……おふくろぉ……親父ぃ……」


 缶詰とナイフを握りしめてへたり込む。ずっと忘れていた元の世界への帰省の夢が再燃した。いわゆるホームシックである。ここは監獄。彼を閉じ込める為に作られた彼だけの監獄。

 出る事も出来ず、ただ虫にむさぼられるだけの自生したキノコの様な生活を強いられ、それが自分の犯した罪だと受け入れたつもりだった。でもそれも一瞬で…単なるきっかけ程度で瓦解する強がりだったに過ぎない。それを藤堂自身も認識した時、他人の前だろうと涙を見せてしまった。

 藤堂から話を聞き、それを知っている面々は哀れみの目で見る事しか出来ない。話についていけないのはウィーとラルフくらいだろう。ただウィーは泣いている姿を見て同情している。サトリから注意を受けているラルフはこの藤堂の反応を見て、若干冷ややかな目で対応していた。結局悪い事をしたから、それが罪となって降りかかっているだけなのだ。薄情な事を言えば自業自得という奴である。

 これは何も藤堂だけに言える事ではなく、間接的に関わってしまった事が罪になる場合もある。例えるなら、報酬として受け取ったものが盗品で、お金に換金しようとしたらそれが国宝だった。そのせいで盗んだ犯人に仕立て上げられ、国際指名手配にされるパターンとか……。無知は罪ということだろう。


 この例えは理不尽という他ないが、多分藤堂が犯してしまった罪はこれに該当すると個人的に思っている。ラルフも同じ立場だからこそ諦めるしかないと傍観を決め込んだ。


「……そうか、お前には帰る場所があるんだな……」


 ミーシャはこの監獄に入れられる事になった話こそ聞いていたが、藤堂の口からここまでハッキリと元の世界への未練を感じれたのは今が初めてだった。見ていると悲しみから手を差し伸べたくなる。自分には帰る国がないからこそ余計にそう思えた。

 ジュリアから聞いた話では、イミーナは黒の円卓に迎え入れられ、魔王の名前まで付けられたそうだ。最早”(みなごろし)”であった自分が否定されたも同じ事。故郷をも奪われたミーシャにとっては羨ましい事である。ミーシャはスッと目を閉じると、一拍置いて目を開けた。その目には迷い無き覚悟が宿っていた。


「……おいミーシャ?何を考えてる?」


 不安になったラルフが尋ねる。ミーシャは小さく呟いた。


「私はこの人を元の世界に帰してあげたい」


 それにはブレイドが口を開く。


「それは……難しいんじゃないでしょうか……?だってトウドウさんはこの炭鉱から出る事が出来ないんですよ?」


 ここは藤堂が出ることの出来ない様、色々な呪術で塗り固められている。ミーシャの言葉は単なるわがままでしかない。しかし、これにはアルルが反論する。


「でもでも、帰してあげたいのは皆の総意でしょ?私たちは後は出るだけなんだし、時間はあるんだから、少し知恵を絞って出る方法を考えても良くない?」


 アルルは何とか出来ないか提案してみる。


「何とも出来んじゃろ。どうすルというんじゃ?無駄な事はせずとっとと先を急ごうではないか」


 ベルフィアは薄情だが、一理ある。ミーシャはその議論を無視してオロチの所に歩み寄る。


『……何か用か?小さき巨人』


 キョロキョロ周りを見渡した後、ジロッとオロチを見る。


「……この場所を形成しているのはお前の後ろの魔鉱石だな?」


 チラリと後ろの魔鉱石を見てフンッと鼻を鳴らす。


『これは付属品に過ぎない。これだけを破壊した所でどうにもならないが……破壊されるのは我が困る。それと話し合っている所申し訳ないが、ここから彼が出る術など存在しない』


 藤堂が小さく丸まって泣いている。ラルフはこの場所が藤堂を縛るための場所だったのだと気付くとミーシャに近寄る。


「何をしたかは知らないが、こうなったのには訳がある……。俺達が口を出せる事は無いんじゃないか?」


 キッとラルフを睨む。出会った頃の様な鋭い目だ。ラルフがその目に委縮し、情けない顔を見せると、すぐにその鋭さが消える。「ふーっ」と細く長い息を吐き、ミーシャは落ち着きを取り戻す。その後すぐにオロチに目を向けた。


「……私はそうは思わない。この男には元の世界に帰る権利がある」


 腕を組んで浮き始める。


「おい……何をする気だミーシャ」


 ミーシャはラルフを一瞥するとフッと笑う。


「神だか何だか知らないが、私を前に理不尽を振りかざすとは良い度胸だ……」


 体から魔力があふれ出す。無尽蔵とも呼べる魔力は空気を振動させる。ゴゴゴゴゴッと地面も揺れ出した時、アルルに向かって走り出す。


「シールドを張れ!!山が消えるぞ!!ジュリアも近くに寄れ!」


「ム……?分カッタ」


「あっ……は……はい!」


 アルルは槍を構え詠唱を始める。


『無駄だ。ここを消せるほどの魔力など到底……』


 そこまで言って黙る。空気や地の振動など取るに足らないと思っていたが、電池代わりにしていた無限の魔鉱石の出力を大幅に超える魔力が感じられた時、今まで感じた事も無かった焦りを呼んだ。


『そんな馬鹿な……こんな事……あり得ない』


 ミーシャはその焦りを感じるとニヤリと笑った。


「”古代種(エンシェンツ)”を相手にする事を思えばこんな事、造作もない」


 絶対に無理だと思いながらも、本当にやれるかもしれないと思えば気が気でなくなった。


『やめろ!無駄だというのが分からないのか!』


 オロチが我慢出来ず攻撃を仕掛ける。牙を剥き出しにして、ノーモーションで齧り付く。しかし、その攻撃は寸での所で弾かれた。一瞬でシールドを張りオロチの攻撃を完璧に防ぐ。


「……何を焦る?無駄なのだろ?神が手ずから創造した場所なのだろう?ならば、お前の神を信じるがいい……」


 ミーシャは力を溜め続ける。この山を消滅せしめるだけの魔力を、自分の考えうる限りの精一杯で。


『……お、お前は……一体何者だ?』


「言ったじゃないか。まったく物覚えの悪い蛇だ」


 クロークを翻し、ミーシャはカッコつける。


「我が名はミーシャ!神に仇なす最強の魔王だ!」


 その姿に戦々恐々とするオロチ。ミーシャは手を上にかざすとニヤリと笑う。


「……手始めにこの場所を消すとしよう」

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