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第十九話 ジュリア

 ラルフが目を覚ますとそこは、ミーシャの膝枕の上で何故か明るい場所だった。


「おはようラルフ」


「おう……おはよう……」


 辺りを見渡すとブレイドとアルル、ウィーとベルフィア、変な鎖まみれのおっさんと大蛇、そしてジュリアがラルフを見ていた。


「良かった。いつ起きるのかドキドキしてました。危うく死ぬ所でしたよラルフさん」


「ほんとそう。心配してたんですからね」


「虫如きにやられルなんぞミーシャ様ノ供回りとしてなっとらんなぁ。恥を知れ恥を」


「ウィー!」


 心配してくれる奴、罵る奴、無関心な奴。この小さな空間の中でも様々な感情が渦巻く事に若干の新鮮味を感じつつミーシャの膝から起き上がる。自分にもこうして一喜一憂する仲間達が出来たのだと改めて再確認した。


「俺は虫に齧られて動けなくなったが……どうやって助かったんだ?」


 ミーシャがジュリアをチラリと見る。それだけで誰が助けたのかは想像がつく。


「ジュリアが助けてくれたのか、ありがとな。お前に助けられたのはこれで三度目か?」


 ドラキュラ城とアルパザ近郊。そしてここ炭鉱跡。


「二度目でしょ?」


 ミーシャはドラキュラ城の一件を知らない。いや、ジュリアとラルフ以外知る由もない事。そのことにハッと気づき急いで取り繕う。


「あっ……そうか二度目かぁ。なんか何回も死にそうになってる気がしてたわ。はははっ……」


 実際何度も死にそうになっている。ベルフィアは呆れ気味にため息を吐く。


「……それだけ迷惑をかけとルことを自覚せい」


「あ、すんません……」


 軽く謝罪すると、キョロキョロ再度辺りを見渡す。


「……ここは……なんだ?」


 炭鉱の中にしては明るい場所。しかし、岩肌と天井がここを野外である事を否定する。


『ここは中心。ここに辿り着いたものは本来なら我の腹の中に収めて死ぬまで苦しみを与える所なのだが、今回は気が変わったでな。この場所を他言しないという約束の元、お前を完全に回復させた』


 聞きたい事を先々終えてくれた。(助かるな)と思いつつ、分からない事がまだまだ多々ある。しかし、それこそ今回は尋ねる事は出来ない。サトリから口止めされている事を思い出し、その途端にこの大蛇の存在に気付いてしまった為だ。


(こいつがオロチで……となるとこっちがトウドウか…)


 見た感じはただのおっさんだ。サトリが藤堂に関してかなり警戒心を抱いていたが、言うほど危険なのかと疑問を抱く。


(いや、やったことがヤバいんであって外見なんて関係ないか……)


 例えば「死にかけの魔族を助けたら、それが史上稀にみる最強の魔王でした」とか。藤堂に自分を重ね、フッと自嘲気味に笑うとすくっと立ち上がる。


「そりゃどうも炭鉱の主さん。そこの人もこの大蛇に関係している人か?世話になったな」


 ハットのつばをチョンッと持って、軽く会釈する。あいさつ程度に感謝をすると、藤堂は笑ってラルフを見た。


「死なんで良かった。ここにあんたの様な普通の人が入ればすぐに虫に食われちまうんだが、本当に運が良かったなぁ」


 気持ちのいい笑顔だった。他人だというのに無事だった事を喜んでくれている。正直ベルフィアと交代して欲しいと思える程に心が温かくなった。


「ああ、ありがとう。全員いるか?」


「馬鹿。そちだけおらんかっタんじゃぞ?全員おルわ。余計な奴を入れてな」


 チラリと見るとジュリアがプイッとそっぽを向いた。


「おま……そんな事言うなよ。ジュリアがいなきゃ俺は死んでたんだぞ?感謝こそすれ除け者はないだろ」


 壁にもたれかかったジュリアはスッと壁から離れるとラルフに向き直る。


「アタシハ何故オ前ヲ殺セナイノカ……ソノ理由ガ分カッタ様ナ気ガスル……」


 その真剣な眼差しは覚悟を決めた戦士の目だった。それを見た時ラルフは心で身構えた。3m程の距離。ジュリアなら一息で常人を殺せる完全な間合いだ。あのギリギリを助けたというのだから殺す事は無いだろうが侮れない眼光だった。


「な……なんだよ……」


 その眼光に密かに鞘を握るブレイド。アルルも魔槍アスロンを握って警戒している。ミーシャとベルフィアは別段警戒していない。藤堂とウィーはきょとんとしている。そんな中、ジュリアは歩いてラルフとの距離を詰める。


「……止まれ。不敬だぞ雌犬。ミーシャ様にそれ以上近付くノは(わらわ)が許さん」


 ベルフィアはミーシャの側に立ち、流し目で警告する。その視線に委縮してか、そこで止まるつもりだったのかピタッと歩みを止め、ミーシャに向かって跪いた。


「アタシヲ……」


 ゴクリと生唾を飲む。


「アタシヲ……一緒ニ連レテ行ッテ下サイ」


 何の心境の変化なのか。ずっと命を狙ってやって来たジュリアは突然仲間に入りたそうにこちらを見ている。


「何じゃおどれは……ミーシャ様、(わらわ)は反対です。こやつは信用足りえません。寝込みを襲われタら面倒です」


(それお前が言うんだ……)という顔でラルフはベルフィアを見る。結構自分の事を棚に上げる事が多いと苦言を呈したいところだが黙っておく。ミーシャも「う~ん」と唸って考え込む。


「確カニ突然信用シロナンテ虫ノイイ話デショウガ……何卒(ナニトゾ)……」


 跪いたまま頭を下げる。生殺与奪を委ねたこの姿に判断が鈍る。この姿勢にラルフが前に出た。


「どうして突然寝返ろうと思ったんだ?」


「……寝返……!……マァ、ソウダガ……」


 ラルフの言い方にちょっと引っ掛かるものがあったが、その通りだと飲み込んで頷く。一拍置いた後、話し始めた。


「アタシハ今マデ投ゲラレタ物ヲ何デモ取ッテクル子狼(コロウ)ト同ジ……言ワレタ事ナラ仲間ノ為ト割リ切ッテ、何デモコナシテ来タ。今回ノ任務モ、ソノ延長線上ダッタ……」


 早く一流になりたくて兄の下で任務をこなしてきた。仲間に頼られたくて、兄に認められたくて、祖国の為と自分を犠牲にしてきたのだ。


「アタシハ兄ノ付属品デアリ、仲間ノ為ニ動ク便利ナ道具デ良カッタ。ソノ悉クヲ……アタシノ存在理由ヲアナタ方ハ奪ッタ……」


 ミーシャによって殺された仲間達、吸血鬼によって生死を彷徨う兄、そしてこの炭鉱の虫如きに殺されかけたラルフに生殺与奪を握られる自分。自信を砕かれ、仲間を奪われ、家族をも傷つけられ……戦争の怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖を知った。


「皆ノ仇ト意気込ミ、イミーナ様ノ命令ダト自分ヲ騙シテ邁進シテタケド……」


 イミーナの名前に眉をピクリと動かすミーシャ。


「デモ、オ恥ズカシイ話、ミーシャ様ニ勝テル ヴィジョン ガ見エマセン。命乞イト捉エテイタダイテモ結構デゴザイマス。コノ不毛ナ戦イニ終止符ヲ打ツ為ニモ、アタシニソノ機会ヲイタダキタク……」


 その様子を見てブレイドとアルルは警戒を解く。自分を卑下するジュリアを前にして、ミーシャはスッと立ち上がると、腕を組んで偉そうにふんぞり返る。


「……良いだろう」


「!……ミーシャ様?!ヨろしいノですか?それでは敵ノ間者を入れルも同義でございます!」


 ベルフィアは多少強い口調でミーシャの決定に異議を唱える。


「来るもの拒まず、去るもの追わず、向かってくるものは皆殺す。それが私の流儀だ」


 豪胆で豪気な物言いだがラルフは思う。(いや、聞いたことないな……)ベルフィアを納得させる為に、今思いついたのかもしれない。水を差すのはどうかと思ったので黙っておくことにした。


「な……なルほど……全て承知ノ上でございましタか。出過ぎタ真似をお許しください」


 ジュリアはミーシャの許しを得た事を噛み締め、両膝をつくと、両拳を地面に突き、頭をこれでもかと下げた。土下座のような形で声を張り上げる。


「アリガトウゴザイマス!」


「うむ!我がために存分に働くが良い!」


 ミーシャは久々の魔王ロールプレイに満足している。


「あ、ジュリアちょっといいか?」


 新規メンバーの加入に水を差したのはラルフだ。ミーシャもせっかく気持ち良くなっていたのに、これには苦言を呈したくなる。


「ちょっとラルフ。今いい所なんだから……」


「空気を読まんか馬鹿者!」


 いつもの様に注意を受ける。


「もう良いだろ別に……俺はもっと聞きたい事があるんだよ」


 三人は他を置いてけぼりにして自分たちの世界で色々言い合っている。このテンションについていけないブレイドとアルルは二人で視線を合わせてお手上げのポーズをとる。


「とにかく!ジュリア。お前に聞きたいんだが、俺達についていくって事は俺達の敵を相手にする事になるがそれは大丈夫なのか?その敵の中にはお前のお兄さんもいるんだけど……」


 単純な話だ。敵に寝返ると言う事は国はおろか、肉親すら裏切る事になる。一時の感情で決めてしまっては迷いが生じる。「やっぱこいつらの味方やーめた」とか突然後ろから攻撃されたんじゃたまったもんじゃない。なんせラルフとウィーはほとんど無力な存在だ。後ろから金属をこじ開けられる爪でガリッといかれた日には命がいくつあっても足りない。ミーシャの流儀からすればそれも受け入れてしまうわけだが、こっちはそうはいかない。


「……覚悟ノ上ヨ」


 本当に何があったのか聞きたくなる。自分の命が何より大切だというならこの炭鉱で死んだ事にして雲隠れすればいい。身体能力が高いのだからどこでだって生きていける。


「……イヤ、確カニ重要ナ事デハアルワネ…ラルフカラ言及ノアッタコトニツイテ、一ツ、オ願イシタイ事ガゴザイマス」


 またミーシャに向き直る。


「ん?何?」


 ロールプレイを忘れた少女の返答だが、構わず続ける。


「アタシノ兄、ジャックスノ説得ニ行カセテイタダキタイノデス。断ラレレバ潔ク諦メマス。一度カサブリアヘノ帰還ヲ許シテイタダキタイデス」


 その都合のいい願いに業を煮やしたのはやはりベルフィアだった。


「おどれは馬鹿か?そノ様な事を許すワけがないだろう。ミーシャ様。やはりこやつはタだノ間者です。ここで殺す事も視野に入れルべきかと……」


 この反応は当然だ。もし、この反応を予想出来なかったのならただの間抜けである。


 ”ラルフ達の仲間に入るけど、家族が心配だから一旦帰るよ。敵の陣営で、国の中に入る為にあっちの仲間のフリしなきゃいけないけど許してね”なんて虫が良すぎる。これを手放しで許した時、敵に情報を流す恐れもあり、目的地がバレればそれこそ待ち伏せされるかもしれない。


「……アタシハ裏切ラナイ」


「そノ保証がどこにあル?」


 返答の代わりにジュリアはバッと右手を突き出す。その手を口許に持って行くと親指の肉球を噛み切る。ブツッと肉をかみ切る音が聞こえるとその肉球から血がしたたり落ちる。その血を首元に持って行くと、首をグルッと一周するように血を付けていく。その様は赤い首輪をした狼だ。


「それは……まさか”血の契約”……?」


 アルルは知識の中でその契約を知っている。これを一度結べば、主に定めた者がその契約を破棄するまで主従の関係となり、その者のいいなりとなる絶対忠義の証。契約には従属を決めた者の自らの意思が必要となり、強引に結ばせる事は出来ない。


「血の契約?そんなものがあるのか?初めて知ったぞ」


 ミーシャは百年以上生きてきたが、そんなものがある事すら知らなかった。それはチームの中で一番知識を蓄えて来たであろうラルフですら初耳だった。


「世の中にはそんな変な契約があったんだな。まだまだ勉強が足りないな……」


 ラルフがぼやくとブレイドが前に出た。


「……それだけ本気って事ですよ……。ねぇ、ベルフィアさん……」


 ブレイドはベルフィアに視線を向ける。その視線を受けてベルフィアも苦い顔をするが、すぐに鼻を鳴らして下がる。


「……また分からなくなったな。なぜそこまで……」


 ラルフはその覚悟にケチをつける。自分の退路を断ってまでラルフ達につこうとする意味が分からない。


「アタシハ ラルフ、オ前トミーシャ様ノ関係ニ未来ヲ見タ。アタシガ言ッタ不毛ナ戦イトハ、今マデ続ク人魔大戦ノ事ヲ指シテイル。魔族ト人ハ和解出来ル。初メテ自分ノ事以外デ戦イタイト思エタ。ダカラ……」


 それ以上は言わない。もう自分の事は話したと、血の流れる右手を差し出す。それを見てミーシャはスッと手を差し出すが直前でピタッと手を止める。


「フンッ!こんなもの私には必要ない。忠義を形で受け取るなど魔王のすべき事ではないからな。手を下げろジュリア」


「シ、シカシ……ソウイウワケニハ……」


 ジュリアは頑なに右手を差し出す。


「お前が私を思う気持ちは受け取った。ならばこそこんな事は許さない。部下になるのであれば態度で示せ」


 ミーシャはジュリアに再度命令する。


「手を下げろジュリア」


 その言葉に渋々手を下ろした。


「それでいい」


 藤堂はその様子を見てミーシャに感心する。


「ほう……なるほどなぁ。上に立つ器だぁ……」


 うんうん頷いているとラルフが前に出た。


「それ、ミーシャが結ばないなら俺が結んでも良い?」


 その言葉に空気が凍る。


「は?なんで?」


「いや、だって折角だし。こういう契約とかって興味あるし?」


 初めての事にワクテカしているラルフ。ちょっと興奮気味だ。


「……あんた本気かぁ?……今の話を聞いとったろぉ?」


「サイテー……」


「ラルフさん。そんな人だとは思いませんでしたよ……」


「おどれはミーシャ様ノ決定にケチをつけルつもりか?」


 口々にラルフに対する軽蔑の言葉が飛ぶ。ジュリアも恥ずかしそうにしてジトッとラルフを見ている。特に何かを言うつもりもないが、その視線は痛々しいものを見る目だ。


「な、何だよ……言わば知的好奇心だろ?それに俺に忠実なら殺される心配もないし……」


 それに関しては一理ある。弱すぎるラルフを守る為だけなら契約も良しとしただろうが、この契約は絶対忠義の証。仮にも女であるジュリアの体を仮にも男であるラルフが好きに出来るとあっては、他意があると思わざるを得ない。ミーシャは慌てふためき焦りながらも何とか契約出来ないか考えるラルフを見て言い放つ。


「ラルフ!メッ!!」


 子供を叱りつけるような言葉だったが、それが一番効いたのかラルフはしょんぼりして下がった。

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