第十八話 協議を終えて
「この度はありがとうございました。ゼアル様がいなければ、今頃どうなっていたか……」
居住区域”ジュード”の議長たちは第八魔王との間に決まった停戦をすぐに書類にまとめ協議に参加しなかった議員他、それぞれの長達に情報を共有した。居住区として建国以来、初の領土拡大に疑わずにはいられなかったが、魔断のゼアルが証言したことにより皆一様に納得した。
「今回の件に関しては裁量を任されてたので、ある程度は口を挟ませていただいた。我が国と共に”ジュード”を盛り上げていこう」
「イルレアン国が付いて頂けるのは心強いです。ガノン様、アロンツォ様、アリーチェ様並びに黒曜騎士団の方々、大変お世話になりました。謝礼の方は今ご用意しておりますので、もう少々お待ちください」
アロンツォは優雅に前に出る。
「報酬は今すぐには持ち帰らん。かさばるのは飛ぶのに難儀だ。報酬の内訳を羊皮紙にまとめて渡すが良い。同胞が後日取りに来る」
「あ、はい。了解いたしました。すぐに手形を発行いたします」
商人長はすぐ様返答する。
「フッ、頼むぞ」
アロンツォは言う事言ったと踵を返し、壁際の備え付けソファにゆっくりと腰かけ、優雅に占領した。
「他に何かあれば何でもお申し付けください。良ければこちらでお待ちいただければと……」
「了解した」
ゼアルが返答し、議長達は退室した。残された面々は各々の行動をする。団長や白の騎士団の方々に粗相の無いよう必要な動き以外を排して機械的に動くゼアルの部下たち。堪えられなくなった部下は早々に退室し、広い室内には最低限の人数が残る。
ガノンは壁際にもたれ掛かって苛立ちを募らせていた。アリーチェは備え付けの飲み物の前に陣取り、残った騎士の分も飲み物を注いでいる。
「おいゼアル……ちょっと来い」
ガノンはゼアルを呼びつける。不躾な態度だが、ゼアルも特に逆らう事なく壁際に寄る。
「なんだ?」
「手前ぇが魔王に負けた話がまだだったからな…詳しい事を教えろ。暇潰しにゃ丁度いい……」
失礼極まりない言い回しだが、暴れまわる事が出来なかったのでストレスが溜まって仕方がないらしい。ガス抜きの為にもここは話をする事にした。
「何という事は無い。相手が悪かったとしか言いようがないからな……」
「……相手はあの”鏖”だって言うじゃねぇか……噂通りの強さって事か?」
この会話は多少危険を孕んでいる。室内は全て身内とはいえ士気にも関わってくるからだ。本来なら迂闊に話す事が出来ない一件である。実際この会話に参加こそしていないが室内の全員が聞き耳を立てているのだから。
「……いや、噂以上だ」
だからこそ敢えて話す必要がある。鏖の力は常軌を逸している。敵わないならこれ以上の犠牲を出さない為、恐怖を植え付ける事で近付く事すらさせない様に縛る必要があった。
「手前ぇはあの銀爪を殺した……それとは比べ物にならねぇって事か?」
ゼアルは魔剣の柄に左手を置くと、鏖に止められた一撃を考える。ほとんど止まった時の中で剣を止める瞬間を、見る事はおろか知覚する事すら出来なかった。
「あれは次元が違う……」
しかし、魔剣の効力を説明するわけにはいかない。ゼアルは一拍置くと口を開いた。
「私の太刀は一撃必殺。間合いに立てば否応なく頭と体を泣き別れにする。銀爪には見切る事が出来なかった。それだけだ……」
「……かぁーっ……ダッセェなぁ……銀爪もそうだが、手前ぇも手前ぇだぜ…情けねぇ……」
そのセリフに色めき立つ部下達。幾ら最強の一人とは言え傲慢が過ぎる。ここに口を挟んだのはアロンツォだった。
「言うではないか狂犬。そなたが魔断に勝つ姿が幻視出来んのだが……さて、それはどう見れば良いか?」
もたれかかった壁からスッと離れる。
「……なんだ?俺の実力を見たいのか?」
筋肉が隆起し、空気が震える。魔力とは違う何か凄まじい気配。この気配を敢えて形容するなら闘気。空間がまるで蜃気楼のように歪む様はホラー映画のワンシーンだ。さっきまで色めき立っていたゼアルの部下達も委縮し、部下達は逆に気配を消そうと縮こまった。
「アロンツォもガノンも落ち着け。ここで喧嘩して何になる?」
誰もが止めることの出来ない空気の中、平然と二人を窘める。ガノンが不服そうに振り向く。ゼアルとアロンツォの顔を交互に見た後、ガノンは舌打ちして定位置に戻ってきた。
「まぁ……確かにな……手羽先如きにキレるなんざやりすぎた……反省するぜ……」
ガノンの考えうる最大級の侮辱だったが当のアロンツォは涼しい顔だ。今日は比較的機嫌がいいらしい。とは言ってもどこでスイッチが入るか分からないので目は離せないが……。
「とにかく鏖は強すぎる。手を出してはいけないモノがこの世にいるんだと思い知った……。貴様たちも自分の強さを過信せず、戦争の規定通り”鏖”の名が出たら逃げろ。死にたくなければな……」
ガノンはギラリと瞳を輝かせる。その目には期待の色があった。(そんなに強いのか?)とうずうずしている。しかし、その喜色の目を隠してフンッと鼻で笑った。
「……手前ぇが手玉に取られたからって俺らにまで押し付けんじゃねぇよ……。戦うか否かはその時に決める……せいぜい縮こまって隠れてろよ腰抜け……」
ギザギザの歯を剥き出しにしてニヤニヤ笑う。既に頭の中は鏖との戦闘で一杯だ。
「弱い犬程良く吠える。先人は物事を良く見て言葉選びをしているのが分かる一幕であったな」
「ああ?……どういう意味だぁ、鳥公……」
ソファで足を組み替えつつ、背もたれに左腕を乗せる。
「自分の実力を棚に上げ、味方への警告を日和った言動だと捉える。実に浅はかよなぁ……」
「……手前ぇやっぱ喧嘩売って……」
「はいはいストップストップ」
その喧嘩の仲裁に今度はアリーチェが口を挟む。
「ガノンはアロンツォさん達の顔見る度に喧嘩吹っ掛けないでよね。アロンツォさんも面白がって挑発しないでよ。沸点低いんだから」
それを聞いて、アロンツォからアリーチェに狙いが切り替わる。
「うるせぇ!」
その一言の後、ガノンは黙った。辺りに静寂が流れた頃、今度はアロンツォが口を開いた。
「そう言えば最近、そなたらの種族内で大きなネズミが現れたとか……確か名は……ラルフ?だったか?あの小人共が豪くご立腹のようだが、何をしたのだ?」
その名が出た時、ゼアルの顔が大きく歪む。奥歯をギリッと噛んだが、細い息を吐いて自分を落ち着ける。壁側に向いていたのでアロンツォは見えていないが、ガノンはその変化をしっかり見ていた。
「貴様は理由までは聞いてないか……つい最近の事だが、ゴブリンの丘を襲撃したそうだ。何の為かは知らないが、そのせいでゴブリンの鍛冶の技術が失われたそうなんだ。山小人の王はそれに腹を立ててな……」
アロンツォは目を細めてゼアルを見る。
「歴史的に見ても懸賞金は三桁くらいではないかな?どんな大罪人か知らんが、ヒューマン如きに金貨千枚とは気前が良い。しかし、これほど破格の値を与えられるヒューマンだというに、全く情報が開示されていないのは何故だ?」
その質問に答える事は出来ない。確かに鋼王の名で懸賞金が懸られているが、値段を吊り上げたのはマクマイン公爵である。当初三桁の懸賞金を四桁に釣り上げたのは公爵の私怨であるからだ。
「……なんとも言えないな。それだけ重要な技術だったのだろうとしか……」
「ふぅむ……余の国の誇る空王、並びに将軍がこの事についてかなり興味があるようでな。知っていれば教えてほしかったのだが……仕様の無い事よな」
アロンツォは手をひらひらさせて質問を切り上げる。
「……昔の俺の懸賞金を軽く超すような奴だ……突然変異種か……はたまたでかい盗賊団とかの長か……いずれにしても国を脅かせるほどの実力者である事は想像できる……」
ガノンはゼアルの反応といい、懸賞金の額といい、無視できない事が多数ある事から想像を膨らませる。特に「強ければいいな」と心の内で思っていた。
「……奴は……ただの……」
ゼアルはポツリと呟くが、あまりに小さすぎて聞き取れなかった。
「……あ?」
ゼアルの顔色と、話したくなさそうな空気を感じていたが、ガノンは無遠慮に聞き返す。(こいつは何かを知っている)そう思っての聞き返しだったが、ゼアルは露骨に話題を変える。
「……ちなみに貴様の懸賞金はいくらだったんだ?」
その質問に「……うっ」と何か詰まった声を出す。言うべきか逡巡した後、諦めたように口を開いた。
「……金貨150枚……」
枚数の差が恥ずかしかったのかそっぽを向く。千枚に比べたらかわいいものだが、単独で150枚はやはり破格だ。ある国で国家転覆を謀った歴史的大罪人、反乱軍のリーダーが金貨70枚だったことを思えば何をしたのか気になる所。因みに反乱軍は白の騎士団の登場で壊滅した。その時金貨70枚を得たのは、当時内外に全面協力を売り出し中だった森人族の”光弓”だったと記憶している。ゼアルが次の質問をする前に部屋の扉が叩かれた。
「……来たか。待ちくたびれたぞ?」
アロンツォは優雅に立ち上がる。それを確認したゼアルはやって来たであろう使者に返事をする。
「……入れ」
その返事に答えるように扉が開いた。
「お待たせいたしました。報酬の用意が整いましたのでどうぞこちらへ……」
すぐに行く事を伝えると、ガノンに向き直る。
「私達は午後の定期便で出るが貴様はどうする?」
「……俺も予定が詰まっている……同じ便に乗るぞ」
「なるほど」と納得すると今度はアロンツォに視線を移す。
「貴様は飛んで帰るのだろう?旅の無事を祈る」
「ふっ……そなたらもな……また近い内に会おう」
アロンツォは上着を翻し、さっさと歩く。
「……今度会ったらボコボコにしてやる……それまで死ぬんじゃねぇぞ」
その言葉を聞いてか後ろでに手を振って行ってしまった。
「……貴様らは仲が良いんだか悪いんだか分からんな。もっと素直になったらどうだ?」
ゼアルは呆れたようにため息を吐く。
「……うるせぇ」
ガノンはそれだけ言うと室内から出て行った。
「隊長。我々も……」
団員達が急かすが、ゼアルはふっと微笑んで「先に行け。すぐに行く」と室内に一人残った。最後に話に出たラルフの事を考える。鏖、吸血鬼と共に旅をするただのヒューマン。あの時の屈辱は今でも頬にその感触が残るほどだ。無防備の時に叩かれた頬の痛み、その感触。考えるだけで殺意が湧く。
(……貴様は今どこで何をしている)
素手ならとっくに血が出る程、拳を握り締め苛立ちを抑える。
(許さん……必ず息の根を止める。それが例え誰の手であろうと構わない。だが、その機会が私に訪れたなら、一も二もなく寸断する……もはや慈悲は与えん……)
魔剣の柄に手を置くと少し落ち着きを取り戻した。「自分にはこの武器がある」そう思い気持ちに余裕を持った。どうせすぐにどうにか出来るわけもない。今後の事を考えて、ラルフの事は一時的に記憶の片隅に追いやり、部下達を追ってゼアルも退室した。




