第十六話 補足
ミーシャがラルフを連れて戻って来るまでそこまで時間は掛からなかった。
「ラルフさん!」
ブレイドとアルルが駆け寄る。オロチと会話していたベルフィアはすぐさま後方を確認する。見るとミーシャが傷だらけのラルフを背負い、後ろには藤堂、ウィー、ジュリアを引き連れている。
「人狼……」
牙を剥き出しにしてベルフィアはジュリアを睨みつける。しかし、手は出さない。ミーシャが指示すれば一瞬で攻撃に転じる。ジュリアもその雰囲気を感じて怯える事は無い。変に刺激しない様に壁際に寄って、一行に近付かないようにする。
「これは一体……」
ブレイドはラルフの傷だらけの体を見て動揺する。全身打撲、虫による齧った跡が足を中心に無数に存在する上、意識不明に追いやられている。正に満身創痍。
「回復材は持っていなかったのか?」
「いや、持ってたら使うと思うよ?」
そりゃそうだ。これはアルルが正しい。ブレイドはウィーですらここまで傷ついてないので酷く混乱しているようだ。アルルはおもむろに魔法を使って触診し始めた。
「外傷の他に毒が体内に入っている。傷自体は私の治癒魔法で回復は可能だけど、毒までは……」
「毒ぅ?なんだ?虫に毒があったのかい?」
藤堂は初めて聞いたとオロチを見る。
『ここの虫どもは侵入者を逃がさない様に改造されている。万が一出られても虫に噛まれれば麻痺毒でじわじわと体の自由を奪い死に至る』
「!……そんな!!」
それを聞くやミーシャは狼狽える。
『案ずるな。今回は特別に我の力で直してやろう。但し、この場所を忘れ、誰にも語らぬようにする事を誓うのだ』
「そんな事で良いなら誓おう!すぐにラルフを治してくれ!」
オロチはミーシャのその必死さを見て頷くと、後ろの魔鉱石が一層輝いてラルフの体が光に包まれる。光に包まれた体は浮遊感を持ってミーシャの手から離れていく。
「凄い……毒が吸い出されてる……」
アルルはその様子に釘付けだ。ミーシャは安心からホッと胸を撫で下ろした。藤堂がいなければ間に合わなかったかもと思うと、案内人がいて良かったと感謝するばかりである。ブレイドは藤堂に向き直る。
「トウドウさん。本当にありがとうございました。貴方がいなければどうなってたか……」
「いやいや、俺なんてそんな役に立ってねぇよ。この男を救ったのはあの獣人だ。それにごぶりん?がいなけりゃ出会うことすら出来なかったろうからなぁ……」
ミーシャは光り輝くラルフから目を離す。
「謙遜はよせ。お前がいなかったらそれこそラルフには会えなかっただろうから感謝している。それにジュリア。お前はラルフの命を助けてくれた。お前にも感謝している」
ミーシャの言葉にジュリアはスッと頭を下げた。そんなジュリアにズケズケと近寄るベルフィア。
「ぬしは誰ノ味方なんじゃ?妾達を追いかけて、ちょっかいかけてはラルフを助けル。こんな所まで追いかけてきて、やっタことはラルフノ救出。ヨもや”ミーシャ様ノ命が欲しくて”などとは言うまいな?」
交換条件でもなければ信用出来ないほどに不可解な動きだ。ラルフは言うなればミーシャの唯一の弱点。ミーシャの死がラルフの命と引き換えであれば重すぎる代償といえるが、今のミーシャならラルフの為に命を手放しかねない。
「アタシモ……ヨク分カラナイ……」
ジュリア自身も混乱している。
「あぁ?」
「よせベルフィア。そんなのは後で良い」
そんなやり取りを他所にアルルが「あっ」と気付く。
「そういえばウィーが噛まれていたけど、大丈夫なの?」
ウィーは自分の噛まれた場所を擦る。特段何とも無いようだ。オロチはラルフを治しながらウィーを眺める。
『ふむ……そ奴は問題ない。既に耐性を持っておる』
ウィーはゴブリンの丘で日頃食べていた物のおかげか、通常のゴブリンより毒に対する耐性が遥かに高い。物理攻撃と魔法には弱いが、お腹を壊さない強い胃袋と、毒や病気に強い体を有していた。
「なら良かった……すごいなウィー。でもむやみやたらに食べようとするなよ?お腹すいたら先に言ってくれなきゃ……」
ブレイドはウィーの頭を撫でながら注意する。ウィーもそれについては虫に噛まれた事を思い出してしょんぼりする。一時の沈黙。ベルフィアはしばらくかかりそうなラルフの治癒の合間を縫ってミーシャに報告を始めた。
「ミーシャ様。こノ蛇から色々聞き出しましタ。こノ炭鉱跡はこやつを閉じ込めル為に作られタ監獄であルと言う事。蛇はこノ炭鉱ノ環境保全と、こやつノ見張りに駆り出されタ神ノ使いであルと言う事です」
ベルフィアの報告に少しの間思考を巡らす。藤堂とラルフを探しに行った時に説明を受けた事の補強になった。それを掛け合わせた上で気になる事がある。
「……神とは何だ?」
ミーシャはオロチに質問する。
『神とはこの世界を創造した創造主だ。陸を作り、海を作り、空を作り、植物を生やし、生物が生きるのに必要な環境を創造した後、生き物を作った。精霊、動物、人類の順で徐々に創造していった』
「……ふむ、つまりこの世界は一部の超常の者が作った箱庭と言うわけか?」
『そうだ。その表現こそ正しい。神はこの世界を思うままに創造し、思うままに管理していた。神は思考し言葉を解する人類を重用し神の存在を広め、伝記にまとめさせた。自分たちが作ったのだと知らせたかったのだろうな。ある日、人は神との交信が出来るように星に願った。それを面白がった神は交信の為の送受信を可能にする樹木を作成した。それこそ天を穿つ樹”天樹”。その樹を一つの種族が占拠し、自分たちを神の次に偉いと世界に発信した……』
その種族とは十中八九エルフだろう。
「何ノ話だ?ミーシャ様が聞いていルノは神とかいう不届き者であり、それ以外は……」
「いいんだベルフィア。せっかくだから全部聞こうじゃないか」
ベルフィアはその言葉を聞くなり「はっ!」と言って一歩下がった後、さらに次を話せと言わんばかりに顎をしゃくる。不遜な態度だが、オロチは気にすることなく一拍置いて続きを語り出す。
『連中は天樹の使い道に新たな側面があることに気付き、それを実行。長寿であるが故、少数しか増えない自分たちを何とか傷つけることなく守る方法を探した結果、異世界から他の生き物を召喚する事にした。対等の存在ではなく奴隷としてな。しかし、知性ある存在を無碍に扱う事の危険さを知らなかった愚か者どもは反乱まで予見していなかった。それと同時に元の世界に帰りたいという当然の事もな』
「なるほど考えられないほどの馬鹿どもだな。その種族とはそこまで愚かな種族なのか……」
『傲慢なのだ。神に最も近いと勘違いした誇りや気位だけで生きていた彼らにとって、汚れ仕事は何に変えてもやりたくない事だった。結果的に神の創造物とは違う異世界の生き物を召喚した為に世界の均衡が崩れるに至った』
藤堂はそれを聞いて表情が暗くなる。
「なるほど……さっきこの男から聞いた事と相違無いな。しかし、人ですらないお前がどうしてその種の内情を知りえる?」
『単純明快だ。神が我に知識を与えた。それだけの事よ……そしてトウドウは元の世界に帰る為、この世の最果てにあると言われる異次元の扉を開き、大罪人となった』
この話を知るミーシャにとって藤堂の話の補足にしかなってないものの、ブレイドやアルル、ベルフィアには突飛な話だ。もちろんウィーは理解していない。
「天樹?異世界からの召喚?異次元の扉?言ってることがちんぷんかんぷんなんだけど……」
「つまりトウドウさんはこの世の住人ではなく、エルフに連れてこられた被害者で帰ろうとしたらそれがダメな方法でここに幽閉されたわけ……か。いたたまれないな……」
その話を静かに聞いていたベルフィアがフッと静かに笑った。ブレイドとアルルがその笑みに目を向ける。
「いやなに、こノ話に一番興味あルだろうラルフが一人聞けてないノは可哀そうだと思うてノぅ……」
可哀そうという割にニコニコ笑いが止まらないベルフィア。陰湿という他ない。光り輝いていたラルフは徐々に光を弱めていき、浮遊していた体も徐々に地面に落ちてきた。ミーシャは待ってましたと落ちてくるラルフを受け止める。すっかり回復して幸せそうに眠るラルフが腕の中に納まった。
『傷はついでに回復させた。手間が省ける』
「助かる」
御姫様抱っこで壁際に持って行き、膝枕をする。ベルフィア達も揃ってミーシャについていき、周りを囲んだ。ジュリアはミーシャ達からもう少し離れようとするが、ミーシャはジュリアに声をかける。
「お前もこっちに来い」
「……ミーシャ様、危険です」
ベルフィアはミーシャに耳打ちする。ブレイド達もその様子に警戒を強めるが、ミーシャは首を振る。
「いい。話を聞きたい。今すぐ来いジュリア」
ジュリアはその命令にビクッと反応する。魔王然とした物言いはジュリアを動かすのに効果的だった。逡巡したものの、鏖に逆らう事など出来ない。ジュリアは諦めた顔でミーシャの元に行く。自分のやった事がどんな事に繋がるのか、その答えを求めて。